【完結】推し活アラサー女子ゆっこのちょっと不思議な日常

日夏

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一章

-11- 出会い

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「あ、部屋どこ?」
「ん?二階の一番奥だよ、二〇五」

一番最初に乗り込んだタクシーを一番最初に降りるので、当然皆して一旦タクシーから降りる羽目になった。
アパートの駐車場は建物の前、左右に分かれて駐められているため中央がひらけている。
当然タクシーはそこに停まった。
引っ越しのトラックも配達のトラックも停められる広さがあり、コンクリートで整備されているのでタイヤも痛めない。
部屋数が八あるうち、六台しか置けないがすべて埋まっていた。
今は、四台しか埋まっていないので、金曜のこの時間出かけている人もいるようだ。
因みに、四という数字は除かれていて、二〇三の次が、二〇五である。


あれから車内の会話は話題が途切れることはなかった。
もっと話したいという思いは、私だけじゃなくなっちゃんもだった。
だから、なっちゃんからの飲みの申し出は、非常に嬉しかったのだ。
この美しい生き物とサシで飲めるのだ、嬉しくないはずがない。

ちかさんとの電話が終わった後、『のないから来週飲みで!今日のお礼に奢るから』と告げたなっちゃんに対し、『お前はもう少し相手の都合も考えろ』と諫めたのは怜司君だ。
呆れながらも手の甲を置くようになっちゃんの頭をこつんとする怜司君の所作がやたら萌えた。

お礼なんてタクシー代で間に合ってると伝えると、『遊ぶ口実が欲しいだけだから』と言われて、ならばのらない理由なんてないではないか。
や、お礼を抜きに飲もうとしていたが、最初の口実というものが相手には必要だったらしい。
私のためでもなっちゃんのためでもなく、怜司君のためにだろう。

そうそう、先ほどからなっちゃん、怜司君、と呼んでいるが、呼び方は本人から『那智で良い』と言われて、『なら、なっちゃんで』と返したのだ。
なんとなく、私がなっちゃんを呼び捨てにするのは、いけない気がした。
『その呼び方、懐かしー』と言いつつも、笑って了承してくれた。
なっちゃんは私のひとつ上だったが、怜司君は私のひとつ下だった。

怜司君からは、『プライベートまで敬語使うの疲れるからお互い気軽に』とも言われ、『ならば遠慮なく』と、さん付けから君付けになり、敬語もとく。
なっちゃんとはまた違った距離の詰め方で、実にスマートな対応だった。

侑斗からは、営業職寄りのメンテを引き受ける部署だと聞いているが、きっと仕事も出来るんだろう。
大体、男の俺から見てもかっこいい、と言うくらいだ。
仕事が出来ていなければ、そうは言わないはず。

そんなこんなで、混んでいて五十分かかった帰り道もあっという間の時間だった。


「ゆっこさん、こいつに部屋番号なんて教えたらいきなり突撃するよ?」
「はは、本当にしそう」
「……」

怜司君が、困ったような顔で黙る。
冗談じゃなく、怜司君は本気で言ったのかもしれない。
とはいえ、冗談でなくても別に構わない。

私のアパートは、現在五人の駆け込み寺状態で、急に訪ねてこられることには慣れている。
弟の侑斗に、そのパートナーである一縁君、妹の遊香ちゃん、そして、高校からの親友、麗子と梨々花の計五人だ。
既にひと通り鉢合わせしてるが、毎回意気投合してるので問題ない。
駅から少し離れてるにも関わらず、何故だか好き好んで来てくれる。
みんな普通にくつろぎすぎるくらいだから、居心地は良いのだろう。
これといって遊ぶものもないのだけれど、帰るころには笑顔になってくれている。
実に喜ばしいことだ。

なっちゃんと鉢合わせしたところで問題になりそうな人もいないから、まあ、五人が六人となったところで特別変わることもない。
色んな意味で、大丈夫だろう。

今住んでいる二階建てのアパートは約一年前に引っ越したところで、南東の角部屋に位置し、日差しがたっぷり入ってくるところがお気に入りだ。
以前は駅近くのワンルームに住んでいたけれど、隣が煩過ぎて耐えられなくなり引越したのだ。
同時期に、問題の部屋を挟んだ向こう隣りとその上の、計三部屋の引越しが決まって貸しに出ていたので、同じ理由だろう。
ショッピングモールから歩いて三分、JRの駅まで歩いて五分というとても便利な場所だったが、壁が薄く木造だったため、プライベートは筒抜けだった。
ある程度お互い様だと思うが、許容範囲というものがある。

今のアパートは、ローカル線の駅から徒歩十五分と、通勤には少々不便だ。
けれど、鉄骨構造でしっかりしているし、2DKの間取りはひとり暮らしにしては広めな造りで、防犯もきちんとしている。
具体的には、前の駐車場に向けて監視カメラ一台が設置されているし、録画付きのインターフォンに、二重の鍵、人感センサーのライト、シャッター等。
住民は男女半々くらいだと思うが、女性でも安心できる造りだろう。

二人暮しには到底狭いので、ひとり暮らしの人達ばかりだし、以前のところに比べたらプライベートが確保されていて静かで快適だ。
部屋の造りはリフォームされて1LDKの部屋もあり、同時期にも出されていたけれど、収納の多さと家賃の安さ、何より日当たりの良さで2DKのこの部屋を選んだ。

ちなみに家賃は管理費込みで五万八千円。
築十年を過ぎたところで新しいわけじゃなかったが、脱衣所と独立洗面台があって、自動で予約が出来る広めなお風呂もあれば、安い方だろう。

とりあえず、急に来られても大丈夫なくらいに片付いてはいる……はずだ。


「じゃあまた来週、よろしくなー」
「ゆっこさん、ほんと、ありがとうね」
「ううん、こちらこそ。送ってくれてありがとう。また来週ね、おやすみなさい」
「おやすみー」

直ぐに発車するかと思ったけれど、私が階段を上り玄関の鍵を回して扉を開いたところで車が動いたのが分かった。
タクシーだから言わなければ待ってはくれないだろう。
ちょっとばかり、こそばゆく感じてしまう。

「ただいまー」

誰もいない玄関ホールに入ると、自動センサーの電気がパッとつく。
最初は玄関を通るたびに電気がつくのでひとり暮らしには勿体ないな、などと思っていたが、慣れてしまうと暗闇の中手動でつけるのが面倒になり、結局二十四時間自動で任せている。
お風呂もだが、玄関も自動だと、次に引っ越した先も自動を求めてしまいそうだ。
当分引っ越しする予定はないが、習慣というものは恐ろしい。


にしても。
すごく濃く有意義な一日だった。
人との縁は、何かしら自分で行動しないと繋がらないものだと思っているけれど、こんなに喜ばしいのは久しぶりかもしれない。
折角繋がった縁だ。
切れないように、より太く、頑丈なものになるよう大切にしよう。

コートを着たまま手を洗い、お風呂の栓をして、電源と自動ボタンを押す。
『お湯はりします』という女性の声が流れて、お湯が流れ出てくる音を背にコートと荷物を置きに一番奥の寝室へと足を進める。

途中、エアコンの暖房を入れて、加湿器をつける。
お風呂を上がるころにはすこしは部屋の温度も上がるだろう。

ベッドに上半身を預けて天井を見上げる。
とたん足がむくんで肩がこってるのが分かった。
久しぶりに初めて会う人たちばかりで、思った以上に疲れもあるのかもしれない。


お風呂が沸く五分前のお知らせが入るまで、私はそのまま天井をぼんやりと見上げていた。
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