【完結】推し活アラサー女子ゆっこのちょっと不思議な日常

日夏

文字の大きさ
上 下
9 / 29
一章

-9- 出会い

しおりを挟む
「那智───すみません、ご迷惑をおかけしました」
「いいえ」

うっわ、これは……想像以上だ。
長身ですらりとしたモデル体型の男性から突如声がかかった。
時間にして十五分程経ったところだった。

てっきり車で迎えにくるとばかり思っていた私は、三十分以上はかかると思っていたから油断した。
三十分以上かかるというのは、最寄駅から錦糸町までが大体三十分ちょっとかかるから、だ。
ペーパーな私は車を運転しないから、ついさっきどの程度かかるか調べたのだ。

「早かったですね」
「職場、ここから近いから」
「そっか。なちさんなちさん、怜司さん来たよ」


なちさんのスマホに連絡は来なかったけれど、彼、怜司さんの片手にはスマホが握りしめられているから、分からなかったら連絡するつもりだったんだろう。
上質なコートの下にスーツ姿なのを見ると、仕事が終わってそのまま迎えに来たはずだ。
なちさんが近くに住んでいるとはいえ、相手がそこからくるとは限らなかった。

にしても、これは。
よくもまあ壮絶美人な生き物に、壮絶イケメンな生き物がついたものだ。
なちさん一人でも十分目立つが、怜司さんと並んでいたらより目立つだろう。
私からしたらよりテンションが上がる要素でしかないが、美形とイケメンが一緒になるなんて一般的な女性からしたら勿体ない、という感情が沸き上がるかもしれない。

「帰るぞ」
「んー……」
「おい」

わあお。
怜司さんが慣れたようになちさんの身体を支え立たせようとしたところで、なちさんの腕が私の腰に回った。
随分好かれたものだ。

「っほんと、すみません!何やってんだ那智、いい加減にしろよ」
「ゆっこもー……」
「あー、はいはい。私も帰ります」

私が立ち上がらないとなちさんが立ち上がらないだろうと立ち上がる。

通常、初対面の男性が腰に手を回して来たら私だってびっくりするし、そんな輩がいたら冗談交えて払い落とす。
けれど、なちさんからやられたところでびっくりすることもなかった。
何故かを考えたが、下心が一切ないからだろう。

ふたりしてようやく立たせて、足元のおぼつかないなちさんをかかえるように歩く怜司さんは少し困惑気味だ。
十中八九、なちさんが私にかなり懐いているからだろう。

「那智が女性にここまで気を許すのははじめてだよ」

エレベーターに乗り込むと同時、ぽつりと怜司さんが呟いた。
困惑と疑い、両方が交じり合ったような視線を向けられる。
迫力のあるイケメンからそんな視線で見おろされると、少しだけ怖気づきそうになる。
だが、怯んではいけない。
私は今後もこの美しい生き物と交流を持つ気でいるからだ。

「そうかもしれないですね。他の女の子たちは軽くあしらってるように見えました」
「ゆっこはちげーよ!」

ちゃんと聞いているのかが怪しいけれど、なちさんが怜司さんの背中をこぶしで叩いた。

「多分最初から私が、異性としての好意を持たなかったからだと思います」
「……なるほど?」

「だけじゃねーよーゆっこのおかげで、盛られなくて済んだしー……」
「はあ?!……っ」

エレベーターを降りたところで、怜司さんがぎょっとして声をあげた。
電話で『ゆっこのおかげで』云々言っていたが、薬を盛られそうになった話はしていなかったようだ。
一瞬立ち止まるも、すぐに怜司さんは足を進める。

「とりあえずタクシー待たせてるから行くぞ」
「ゆっこもー……」

片手を怜司さんの腰に回したまま、片手を私の腕に回してくるなちさんの様子に、怜司さんの眉間に皺が寄る。
迫力あるイケメンがこういう表情をするとより迫力が増すので、ちょっとやめて頂きたい。

「俺ら千葉方面に向かうけど、ゆっこさんどのへん?良ければ途中まで乗って」
「えっと、多分、なちさんとご近所とまではいかないけれど、最寄り駅は一緒かな」
「え……あ、いーや、じゃあ、とりあえず乗って」
「はい」

なちさんの腕を私から無理矢理引きはがした怜司さんから、『乗って』と言われて一番最初にタクシーに乗り込む。
言われるがままに乗り込んでしまったが、扉から一番遠い席で良かったのだろうか。
そう思うも、押し込んできたなちさんを支えて、ついで怜司さんが乗り込むので、まあいいか、と諦めた。

少なく見積もって三十分ちょっとだが、金曜日のこの時間帯だ。
道が混んでいたら一時間ちかくかかるだろう。

「とりあえず船橋方面に向かってください。で───俺等と最寄り駅一緒って?」

タクシーの運転手に向かう場所を告げた怜司さんは、私に話しかけると同時、なちさんを引き寄せた。
うん、まだ警戒心を持たれたままだ。
ちりりとした疑念を抱く視線に、苦手意識を全く感じないと言ったら嘘になる。
だがそれよりも、断然萌えが勝った。

壮絶イケメンな彼が、こんな平々凡々の私相手に、壮絶美人な恋人を渡さないとする独占欲を見せたのだ。
これに萌えない人がいたら、お目にかかりたい。

単体でときめきを感じることはないが、この二人がいちゃいちゃしてたらものすごくときめく。
あからさまな態度でも、ちょっとの独占力が垣間見えただけで、萌えを感じたのだ。
もっといちゃいちゃしてくれたら、きっと私の中の何かがより沸き起こるはずだ。

まさか三次元で萌えるとは思わなかった。

二次元で萌えることはあっても、三次元は無理だろうと思っていたのだ。
BLの実写化で萌えたことは一度もないからだ。
どんなに原作が良くても、実写にすると萌えを感じず微妙だった。
実写と漫画は別物、実写は萌えない、そう思っていた。
どの作品も役者に無理があったからかもしれないが、所詮三次元と二次元の差はとてつもなく大きい。

三次元のBLで萌えを感じることはない───……や、一人いた。
身近過ぎて別物化していたが、弟の侑斗の恋人である一縁いより君は、侑斗と一緒にいると、より可愛さが引き立つ。
や、あの子はあの子単体で可愛い生き物だった。
現に、侑斗から一縁君に対して萌えを感じたことはない。
……自分の弟に、萌えは無理か。
一応他人から見たら侑斗もイケメンなカテゴリーに分類されるようだが、その姉からしたら正直首をかしげる。
まあ、所詮その程度、ちょっぴりなイケメン具合なのだろう。
それにあの子たちはゲイではなく、ちょっと特殊な関係だ。
お互いなるべくしてなった、というか……。

ともかくそういうわけで、三次元でカプ萌えする、という感情が沸き上がったのは初めてと言っていい。
このふたりとこれきりになってしまうのは非常に勿体ないことだ。

「スマホ渡された時に、免許証がっつり見えちゃって」
「それでか。さっき那智が言ってた盛られなくて済んだっていうのは?」

『それはですね───』と、順序立てて説明をする。
ここで誤魔化したり隠したりしてもしょうがない。
なちさんが自分から盛られそうになったことを発言したのだから、私に非はない。

怜司さんは、まだ私に対して警戒心を持ってるようだけれど、話を進めるにつれて少しずつ和らいでいく。
なちさんが自分の腕の中にいるのもあるかもしれない。

なにそれ、可愛い。

萌えを感じている私は、ある種変態だ。

あからさまに態度に出さないように気をつけながら、私はレモンサワー事件を伝えるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件

石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」 隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。 紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。 「ねえ、もっと凄いことしようよ」 そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。 表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

暴走族のお姫様、総長のお兄ちゃんに溺愛されてます♡

五菜みやみ
ライト文芸
〈あらすじ〉 ワケあり家族の日常譚……! これは暴走族「天翔」の総長を務める嶺川家の長男(17歳)と 妹の長女(4歳)が、仲間たちと過ごす日常を描いた物語──。 不良少年のお兄ちゃんが、浸すら幼女に振り回されながら、癒やし癒やされ、兄妹愛を育む日常系ストーリー。 ※他サイトでも投稿しています。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...