【完結】推し活アラサー女子ゆっこのちょっと不思議な日常

日夏

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一章

-2- 星の屑

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そんな彼とのデートの時、私は、出来るだけ女らしい恰好をするように心がけている。

普段良く着るのは、カットソーに、ウエストゴムのひざ下スカートやワイドパンツ。
仕事場所が都心のおしゃれなオフィス街なので、程よく流行を入れ、下手な恰好はしていないと自負しているが、楽さが重視だ。

それが、今日は、白地に小ぶりの向日葵が咲き誇る、ひざ下のAラインワンピース。
控えめな量の向日葵に、水色の小花が寄り添うように咲いているので派手さはなく、季節感と上品さを兼ねそろえている一枚だ。
が、後ろファスナーで、いかんせん着替えが面倒なのだ。

ちなみに、私の職場は、大手企業の健診センター事務である。
派遣から契約社員になって丁度一年半が経ったところだ。

土日祝日が休みで、残業とレセプトと会計と苦情の電話対応がなかったら、医療事務に戻ってもいい、などと、夢のまた夢のようなことを思っていたが、世の中探せばあるものである。

制服はないが、ナースエプロンとナースサンダルが義務付けられている。
仕事の内容は、主に健診の受付や予約変更、それから諸々のカルテ準備だ。
月の終わりに病名登録、月初めに氏名変更等の処理もある。

カルテの出し入れで思いのほかよく動くので、三日続けて五百円もするストッキングを駄目にして以来、ファッションセンターしもむらでストレッチのきいたズボン三着を購入し、出勤後にローテーションで履き替えていた。

いつもズボンだから、ワンピースを着ていたら当然目につく。
『今日どこか行くの?』と昼休みに聞かれた時には、あぁ、面倒でも上下着替えておけばよかったな、と思ったが後の祭りだ。
聞いてきた事務の先輩は、仕事も対応も丁寧で面倒見もある。
悪い人ではないのだが、噂話やゴシップが好きな上に、思いこみが少々激しいのだ。

「はい、仕事帰りに友達と飲みに」
「えーいいなー、どこまで?」
「たぶん、地元の近くで。お互い家が近いんです」
「何食べに行くの?」
「肉と日本酒って言ってました。毎回、お店決めてから誘ってくれるので、楽です」
「友達って、どっち?男?女?」
「…男性です」

嘘を言いたくなかったのだが、正直に言ってから後悔した。
彼女の目が爛々と、面白いもの見付けました、という目で見てくる。

「やっぱりー、えー、どこで知り合ったの?」
「知り合ったのは、カラオケサークルで、一緒になって。地元が近かったこともあって、友人になりました」
「えーいいなー、何回目?」
「何回?あー……えぇと、友人になったのが三、四カ月前なので……六回目、ですかね。飲みもですけど、後、甘いのも好きなのでケーキ食べ放題、とかもありますけど」
「えー、付き合ったりしないの?」
「ないですね、良い友人です」

切り上げたいが、どんどん掘り下げられてしまう。
そろそろ勘弁してほしい、と思ったところで、付き合う付き合わない、の方向に話が進んでしまう。

「えー、なんで?」
「恋愛にはならないですね、お互いに」
「そんなのわからないよー、何か嫌なところとかあるの?彼氏にしたくない理由とか」
「したいしたくないとかでなくて、本当に、単純に、趣味のあう、友人なんですよ」
「そう思ってるのは平さんだけかもよ?彼氏に出来ないくらいブサメンなの?イケメン好きなんでしょ?」

一瞬、イラッとしてしまうが、表には出さないでおく。
確かに私はイケメンは正義、と思っている。
例えば、イケメンが同じ職場の対面にいたら、おっさんが対面にいるより、仕事がはかどるし毎日楽しくなるだろう。
おっさんになら、あくびしていたって、姿勢が悪かったって関係ないが、イケメンだったらそうはしない。
付き合いたいか、ではなく、イケメン相手に良く見てせたい、ただの女としての見栄と意地である。

恋人の条件にイケメンでないと駄目、というわけではない。
それに、イケメンと付き合ったことはない。
外見は、みな、フツメンだった。
寧ろ、一般的な、背が高くて、スポーツマンで、といったイケメンが苦手だ。
リーダーシップがあったり、男らしい人は苦手である。

背は低い方が好みだし、外見は中性的な方がタイプである。
だから、通常の皆がいうイケメン像からは、私は好きなタイプが少し外れていた。

なっちゃんの外見がタイプかといえばタイプだ。
が、友人関係を無くしたいとは思わないし、恋愛よりももっと近いところで、彼とは長く付き合いたいと思っている。
それに、彼は美形過ぎて、近くで見て応援していたい、というファンのような心境になる。

「そんなことないですよ、寧ろ、振り向かれるくらいイケメンです」
「えー、じゃぁなんで付き合わないの?」
「言ったじゃないですか、単純に、趣味が合う、友人なんです」
「もったいないよー、意味あるの?」

女性の友人は意味があり、男性だと恋愛感情がないと意味がなくなるのか。

「私は、この年の男女間の純粋な友人って、貴重だって思ってます」
「向こうはそう思ってないかもよ?」
「例えば、この先私が彼を好きになったとして、彼が私に恋愛感情を抱くことは百パーセントないので」
「えー、それはわからないよー」

あぁ、もう、正直うざい。
いい加減にしてほしい。

「万が一ライバルになることはあっても、恋人にはならないですよ。彼、ゲイなんで」
「え……」

やっと、彼女の質問をとめることに成功した。
ぽかんと口をあけて、箸も止まっている。
野菜炒めの細いニンジンが、箸の隙間から一本落ちた。

「だから、恋愛抜きにして、安心して友人やっていけます」

私は満足してお茶を一口のみ、デザートの杏仁豆腐を手にとった。
のも、束の間。

「えー、ゲイ?いるのー、相手は?」
「ちゃんとパートナーもいますよ、かなりのイケメンでした」
「え、みたーい!写真ないの?」

写真はある。
が、興味本位で友達を売ったりはしない。

「あーないですね」
「えー残念。見てみたかったなー」

ここで、私は本日はじめての嘘をついた。
嘘をついたことで、その話題をようやく終えることができたのだから、正しい選択だったに違いない。
そこでその話題は終わり、彼女の興味も他に移ってくれたからだ。



ロッカーのカギを閉め、いつもより少しかかとの高いパンプスに背筋を伸ばした。
帰りの電車は、いつも始発で座っていけるので、朝のような覚悟はいらない。
エレベーターに乗り込み、高層階から一階を目指す。

私は、この先、なっちゃんに恋をすることはないだろう。
なっちゃんにもそのパートナーの怜司君にも、人としての好意はあるけれど、恋愛感情にはならないし、発展しない。

そういうのではないのだ、そういうのではない。
ふたりとも思い合っていて、一緒にいるのが自然で、互いにいい表情をしていた。
はしはしに、思い合っているのがわかったし、とても大事にしていることがわかった。
そういうものを目の当たりにして、いいな、と思えたのだ。

『んー、なんていえば伝わるかな、推しのカプを一番近くで応援していたい感じ、かな。だから、付き合う人は、それを理解してくれる人か、許してくれる人がいいな』と、怜司君に言ったら、『なんだそれ』と笑っていたけれど、その笑顔はとても嬉しそうだった。

なっちゃんは、家族にカミングアウトしたら、お前は人間の屑だと言われて家を追い出されたという。
しょうがないとあきらめたように薄く笑って、傷ついた顔をむけてきたことがある。

でも、ある人には“くず”に見えても、私には、星のように輝いて見える。
夜空に見える綺麗な星だって、その一つ一つは、くず、なのだ。

入り口の警備員に社員証をかざし、自社ビルを出ると、踏み出した足元から、外気の蒸し暑さが容赦なく纏わりついてくる。
自社ビルと駅ビルの間、その広場を闊歩していると、定時にも関わらず人の姿は多かった。

週の終わりの金曜日、皆、足取りは軽い。
時折、風を運んでくれるのが心地よい。
木々の揺れる音が聞こえて、その風の向こうに思わず目をやると、水色の空の奥が黄色く色づいていた。
そして、仲良く並んだ星が二つ。
まだ明るい空に負けることなく、ならんで綺麗に光っていた。

私も、あの星の一つになれるだろうか。
一緒にいるのが自然で、互いに良い表情をして。
誰かから見たら星のように輝いて、憧れるふたりみたいに。
そんな相手を、私も見つけたい。
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