梟の雛鳥~私立渋谷明応学園~

日夏

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【本編】一章 bule drop(2年次10月頃~過去有)

bule drop -9-

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久我と姫坂が動いている時同じく同じ場所で、他の雛鳥が動いていた。



「ど、どうしようっ、真…、大我が消えちゃった!」

綾瀬伊織の護衛対象、沢城大我がちょっと目を離した隙に消えてしまったのだ。
目を離したのは数秒である。
あせって、綾瀬はパートナーの鷹司真たかつかさまことに無線で連絡を入れた。

『消えた?!…発信機は?』
イヤホンからは、鷹司の動揺した声が聞こえる。
無理もない、護衛の対象者が消えるなんて、今までなかった事態だ。
それもすぐ目の前に居たというのに―――。

「2つつけてるっ!大我のカーディガンと、それからテディベアに!」

『なら大丈夫だ、伊織は一度Aルートでポイント5地点まで戻ってくれ。
そこで合流しよう、足も用意してある』
「ごめんっ!頼むな、真!」


綾瀬伊織と鷹司真、彼らは“組織A・護衛班”である。
今回の仕事は、稀に来る他班を通さない単独依頼だった。

単独依頼は報酬が高い。
ここはなんとかして報酬を手にしたいところだったのだ。

綾瀬と鷹司は幼い時に組織の息がかかる養護施設で育った。
そのため、意思の疎通がずば抜けてよく、雛鳥となったのも姫坂よりも早い。
綾瀬は稀に見ないほど反射神経と動体視力に優れていた。
組織の勧誘人は、最初“綾瀬伊織”1人に目をつけたのだが、 綾瀬と一緒にいる鷹司の気配りのよさも買ったのだった。

2人の目的は一緒だった。
養護施設への寄付。
お世話になった『お母さん』に。
それからまだ小さい『兄弟』たちに。
みんなが少しでも楽しく暮らせるように組織の勧誘を受けたのだ。
育った養護施設が組織の息がかかっているとは、二人は知らないことだった。

合流した2人は画面を見つめる。
画面上に点灯している2つのオレンジ色の光は発信機の光である。
大我の居場所だった。
いつも手にしているテディベアも一緒に移動しているらしい。
速い速度で移動している。
通常出す速度ではないだろう、高速道路でもない一般道路である。
なんらかの事件に巻き込まれたに違いない。

「な、何だよ、これ!160は出てるじゃん!
誘拐かもっ!真ぉ……」

「っとにかく追っていこう」

2人は素早く単車に跨る。
クラッチレバー握り、チェンジペダルを押し下げた。
アクセルをひねり、慣れた様子でギアチェンジを繰り返していく。
癖がなく乗りなれた車種の単車は750。
正規の免許がどうの、なんて、組織では関係ない。2人はヘリやセスナすら操縦可能だ。

鷹司は、小さいトラブルなど幼少期から慣れていた。
しかし此処まで大きいトラブルは過去になかった。
基本心配性の鷹司は、胃が弱い。
久しぶりにキリキリと胃が痛んだ。




「駄目だ、出ない。
明日屋上にでも呼び出すか………」

久我が護衛班の2人に電話を入れる。
が、どちらも空振りに終わった。

あちらもあちらで仕事があるのだろうかと考え、久我は小さく舌打ちをした。
ちなみにここでいう屋上とは、私立渋谷明応学園の校舎の屋上である。
一般生徒は立ち入り禁止であるが、密かに雛鳥たちに開放されているのだ。
リーダー以外のやり取りである程度時間がかかるものや、表向きあまり交流のない雛鳥たちが使用している。

裏で組織とつながりのある学校は西に1つ、東に2つ存在する。
そのどれもが私立であり、表向き有名な進学校だ。
渋谷明応学園もその1つである。
組織に所属する者は学校を選ぶことが出来ない。
が、行けるだけましだと久我は思う。

繋がりがなければ俺の頭で普通こんなとこ受からないし、第一こんな金のかかるとこ受けもしない、そう言っていたのは護衛班の1人、綾瀬だ。
久我は、彼がどういった経緯で梟に入ったかは知らないが、後者に関しては同じ意見だった。


バンッ!
勢い良く開く扉の音ではっと我に返った久我は、そちらに眼を向けた。
よっぽど焦っていたのだろう、相手にしては珍しい扉の開け方だ。
暢気にも久我はそう思っていた。

「久我っ!大我君に発信機がついてた、2つも!
電源は落としたけれど、時間、大分経つよ」
「………」

気がつかなかった。
ワークルームは、自分たちの使う通信機や発信機以外の電波は遮断するつくりになっている。
けれども発信機がここで途絶えたことは相手に知れてしまうだろう。

さらに厄介なことが増えた、そう思いながらも久我は姫坂の手にしていた発信機を受け取った。
良く出来ている。
1つはボタン型で、見た目はただの4つ穴ボタンとしか思えないようなつくりをしていた。
もう1つは繊維状のものだ。
ぬいぐるみについていたのがこちらだ、なじんでしまいプロでも見つけるのは難しい。

だが、これほどまでに高性能のものを使う人間がいるだろうか?
このつくりは―――

「これ、どちらも組織のものに似ていないか?」
「……確かに」

久我の言葉に、姫坂は冷静さを取り戻した。
確かにこの2つは、自分たちが使うものと良く似ている。
よく似ているどころか、同じものではないのか?

「どうする?開発班に頼んでみる?」
「否、頼むとなると出所を聞いてくるだろう。
そうなるとやっかいだ。―――逆探知できるか?」

久我は開発班をあまり信用していなかった。
必要ならばデータを取るために、自分たちすらも実験的に動かされる、 その性格が好かないのだ。
久我がそれを口に出したことはないが、 姫坂は気づいていた。

「…やってみるよ」
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