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【本編】一章 bule drop(2年次10月頃~過去有)

bule drop -7- 1年前

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消灯後に部屋のインターホンがなった姫坂は、まさか、と思った。
今日来るとは聞いていた。聞いていたが、まさかこんな遅くに来るとは思っていなかった。
もう明日だろうな、と油断していた。
じゃなかったら、パジャマに着替えずに私服を身に着けてた。
こういうところが、油断するな、と立川に言われるところなのかもしれなかった。

言いたいことはたくさんあるが、ぐっと堪え、表情に出ないように努める。
何事にも最初が肝心なのだ。

「……こんばんは」
そう返事をしたら、相手からも同じ言葉が返ってきた。愛想はない。ないが。

(うわ、凄くモテそうなのがきた。…西園寺といい勝負かも)
久我が姫坂の容姿に驚いているとき、姫坂も姫坂でモデルじゃないかと久我を思っていたくらいだ。
久我は高い身長に、均整の取れた体系、鼻筋の通った綺麗な顔をしている。

姫坂と久我の思う“綺麗”は別物である。
が、この二人印象は全く異なるも、見目はすこぶる良い部類に属してるのは確かだ。

(目が、向日葵みたい。初めて見た)
久我は、髪が黒いし、日本人であろう顔なのだが、瞳の色が独特な色をしていた。
中心は濃い茶色で、その周りの虹彩は、金色から外側に行くにつれて青みがかっている。
姫坂には、久我の目が夏の空に咲いた向日葵みたいに見えた。

一度も仕事をしたことがない、雛鳥になったばかりだと立川からは聞いていた。
仕事に関しては自分が先輩である。

今度は続くだろうか?
相手からは性的な視線は感じなかった。
ただただ驚いている、といった様子であった。

仕事すらきちんとこなしてくれれば、互いの私生活がどうあってもいいと姫坂は思っている。
ただ、干渉されるのはまっぴらだし、逆もしたくない。
関係をもつだなんて、ふざけるのもいい加減にしろと言いたいところだ。

今まで姫坂の相方が定まらなかったのは、それが理由である。
姫坂はどうでもいい相手だと、それなりの愛想でこたえる。
その姫坂の様子に、大抵の人間は“優しい”と感じるのだ。
やっかいなことにその優しさを恋愛感情と受け取る者もいる。
造作と相俟って手を出してくる。

しかし、実のところ姫坂はかなり“いい性格”をしているのだ。
顔にも言葉にも出さないだけで、実際には結構なことを考えている。
うかつに手を出した人間はその本質を知り、 自信とプライドを失い、どん底に叩きつけられるのだ。

今まで外でのデータ収集を5回こなし、相方は5人。
他のデータ収集はパソコン1つあれば済んでしまうものだった。4人の人間が1つ仕事を終えると、自らパートナー解消の申請をとり、それが成立している。残り一人に関して言えば、リーダー命令での申請だ。
相方は申請したからといってそう簡単に代えられることはない。単に気が合わないだとか、仕事の質が低下しただとか、ミスがあっただとか、そのくらいの理由では通らないのだ。後者2つに関しては、場合によっては減俸や降格があるかもしれない。
が、姫坂の場合は全て受理されていた。

救護班の診察結果に精神的異常があるとでたからだろうか。

姫坂にとっては全てが嬉しくない話である。
とりあえず労いの言葉をかけて、どこから説明していこうかと考えあぐねたところだった。

「それ、やめてくれ」
「ん?それって?」
「その作り笑い、すごく気持ち悪いからやめてくれ」

姫坂は言葉を失う。
本心が違うところにあることを今まで見抜けたものなどいなかった。
びっくりしたのだ。

が、すぐに今度は怒りが湧いてくる。
相手の態度が気に入らないのは、理由が違うがこちらも同じなのだ。

「言いたいことがあるなら口にしてほしい。
そこまでは読みとれない。あと、俺は嘘が嫌いだから、同じ部屋でそういうことされるのは迷惑だ」

抑揚もなく淡々と口にする久我は本当に自分と同い年かと姫坂は思う。
しかも仕事上ではこちらが1年先輩なのだ。
相手が望むならば遠慮無く言わせていただこうじゃないか。
第一言われたくらいで立ち直れないようだったら、この先も続かないだろう。

「それじゃあ、遠慮無く言わせてもらうけれど。
普通初めて会って、しかもこれから一緒に暮らしていかなくちゃならないのだから、それなりの愛想を普通はするんじゃない?
相手の態度が気にいらないのはお互い様なんだっていうのがまず1つ。
2つ目は、消灯時間も過ぎてからくるなんて普通あり得ないから。君の行動は、非常識で迷惑だってこと自覚してる?
迷惑だって思ってるのも、お互い様だから」

「…そっか、安心した」
「…は?」

姫坂には久我が何に安心したのかがわからなかった。
これは過去に出会ったことの無いタイプの人間らしいというのが 姫坂の久我に対する答えだった。

「や、遅くなったことには反省してる。悪かったよ」
「………」
久我が、破顔に反省の色をのせて答える。
言いたいことはたくさんある。たくさんあるが。

(っなにそれ、そんな表情はずるくない?!)
自覚してるのかしていないのか、少し表情が緩むだけでとたんに印象ががらりと変わる。

「さっきも言ったけど、言いたいことは言ってくれよ?
俺からは、とりあえずそれくらいか。後はなんでもいい」

(――――前言撤回!)

「後はなんでもいいだって?
普通生活上の分担や仕事の面でどうするかを聞いてくるはずだろ?
それをなんでもいいの一言でかたづける、普通。
あぁ、久我…普通じゃないんだったね、君は」

「……随分いい性格をしてるんだな?」
「言いたいことは言えっていったのはそっちだろ?」

「その方がよっぽどマシ」

久我から呆れは見えるものの、 嫌悪やショックがあるとは見えなかった。
思ったことを最初からこれだけ口にしたのは初めてだったが、 変に気遣いしない分、楽だと姫坂は感じた。

一方久我の方はというと、他人と暮らすのが面倒と思いながらも、 自分を相手にこれだけずけずけと言ってくる人間は初めてで、 どこか新鮮だと思っているのもまた事実であった。
ただでさえ、独特な圧迫感を与える雰囲気をしているのだ。
本人にその気は全くなくとも、容姿、とくに瞳の存在感が強すぎて、子供でなくともこの雰囲気に圧倒されてしまうことが多い。

だが、容姿が華やかにも関わらず、性格は真面目。
容姿に関しては、本人に全く自覚がなかった。
最初に異性に好かれることが多くても、すぐその中身にガッカリされることが多い。
いたって本人は普通であり年相応だと思っている。
実際そうなのだが、見た目で期待値がものすごく高くなるのは仕方ないことなのかもしれない。

久我にとっても姫坂にとっても、この最悪な出会いが最良、いや、最高に変わるのだが、
それには、まだ少しだけお互いに時間が必要だった。
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