政略結婚だからって愛を育めないとは限りません

稲葉鈴

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「お気遣い、感謝する」
「お気になさらないでくださいな。父も似たようなもので、よく母に怒られておりますもの」
「アハマニエミ卿が?」
「ええ。家では外向きの気遣いはしたくない、といつも仰っておいでですわ。いえそうではなく」

 ついうっかり、お父様の話題になってしまった。共通の相手の話題は盛り上がってしまうから、仕方のないことなのでしょうけれど。ごめんなさいね、お父様。
 ソファセットに向かい合わせに座って、談笑している間にお茶とお菓子が供される。グラスに入った暖かくはないお茶に、お花の形のクッキー。中央には、ジャムが盛られている。それも、色とりどりのジャムで、とても綺麗。フィルップラ侯爵家の料理人の方は、とてもきれいな感性をお持ちなのだわ。

「私は昨夜、父より陛下からの王命による政略結婚である、と伺いました。相違ございませんでしょうか」
「その通りだ」

 壁際に控えたハッリさんが息をのむ声が聞こえた。あらいけない、ご存じではなかったのかしら。でもそれだと何と言ってわたくしを受けれたのか、とても気になるわね。ちょっと後でユリアにでも聞いてみましょう。

「特に問題がなければ、一週間後にお披露目式を行い、婚約者になるとの事です。不束者ではございますが、なにとぞよろしくお願いいたします」

 わたくしはそう言って、ソファの席に座ったまま頭を下げます。貴族の家に生まれたのですから、政略結婚は致し方のない事です。勿論できればフローラ様からお借りしている物語のようにいきたいですけれど、どうしてもお家の事はついて回りますから。
 それも含めて愛されるなんて、素敵ですけれど。

「貴方はそれで、よろしいのですか」
「ええ。今現在婚約者もおりませんし」

 いたら陛下だって、ご下命を下しやしないでしょう。いない少女の中で、選ばれたのだと思っております。いくらなんでも、陛下の友人であるお父様の娘だからなんてことは、そうそうないとは思うのですけれど。

「特に恋い慕う相手もおりませんから、ダーヴィド様を愛することが出来ればよいと、思っております。それともダーヴィド様には、想うお相手が?」

 例えば地位の低い方であるとか、娼婦であるとか。だから結婚をすることが出来なくて、わたくしに身代わりというのは違いますわね。表向き? の妻になれ、というのであればお断りしたいところですけれど。

「いや、私の方もそういうことはないけれど、あなたぐらいの年頃であれば、縁談も沢山来るでしょう」
「以前は来ておりましたけれど。その」
「お伺いしても?」
「ええ、お伝えしないのは、よろしくないですわね。父が、お断りの連絡をしてしまうようなんですの」

 数年前までは、よくお茶会をしていた。お姉さまたちのお茶会に参加することもあったし、お母様たちのお茶会に伺うこともあった。女性のみのお茶会の場合もあれば、特にお母様方の世代のお茶会に参加すると、そのお家の娘さんや息子さんに紹介されることが度々ある。
 フローラ様だってヘイディ様だって、そうやってできたお友達ですもの。偶然を装って、装えていないと思うのですけれど、ご子息に引き合わされたこともありますし、ちょっといい感じになったこともある。
 お手紙をいただいて、お返事をお送りして。それと同じくらいの時に、お父様がお断りのお手紙を送ってしまう。と、お母様が嘆いていらっしゃった。

「ここだけのお話ですけれど、王太子殿下のお妃候補だったこともあったのです。あの頃はみんな、誰もが、候補だったのですけれど」

 ふふ、と笑っておく。本当のお話ですもの。
 わたくしが王太子殿下のお妃さま候補だったのは五歳の時。特に王太子殿下と親しくなることもなく、一度だけお茶をして終わった。一緒にお花を見たわ。
 その後、確かわたくしが七歳くらいの時に、王太子殿下の婚約者がキーア・ヒーデンマー侯爵令嬢に決定したと伺った。キーア様にお会いしたことありますけれど、とてもいい方でしたわ。本当に、未来の王妃様に向いていらっしゃる方で。

「殿下の? じゃあその頃に、お会いしているかもしれませんね」
「そうでしたわね。あの頃は、皆で遊ぶ形式でしたものね」

 王城のプライベートスペースにあるお庭で、王太子殿下のお友達候補と、お妃候補がまとめて遊ぶ日、というのがあったのだ。わたくしも確かそれに参加した、のだと思うのですけれど。生憎、子供の頃の記憶はそれほど鮮明でもない。

「それでは、話を進めていただくように、伯爵にも連絡をしておきます。出来るだけあなたの要望にもこたえたく思いますが、ビルギッタ嬢のご尊父である伯爵と同じように、私も城に詰めていることが多い」
「はい。ですから選ばれたのだと思っておりますわ」

 帰って来ないことが当たり前で、勿論お体の心配は致しますけれど、浮気をしているのだとかそんなことの心配はしなそうな、お相手として。本当にお城にいるのかどうか、実家のお父様に確認すればいいだけですものね。

「ご理解感謝します。出来うるだけ、朝食と夕食は共に取りたいですが、無理な時には連絡いたします」
「ありがたいことですわ。別の場所で食べるにしても、必ず何かは食べて下さいましね」

 こちらに訪れる前に、お母様に入れ知恵をされている。邪険にされなければ、必ずそう言いなさい、と。
 正直なところ、現時点ではダーヴィド様の健康に興味はない。いい年をされた大人なのですから、それくらいご自身で判断できるでしょう。と思いますけれど、けれども、婚約者になる相手からの可愛いおねだり、だとすると、王太子殿下の側近の皆様もご飯にありつけるようになるかもしれない。とお母様に言われてしまえば、わたくしが泥をかぶるくらい問題ないと思ってしまう。

「そちらからは、なにか」
「三日後に、夜会がありますでしょう」
「ああ、クリスタ殿下の」
「わたくし招待を受けているのですが、ダーヴィド様がエスコートしてくださいますか? それとも一旦実家に戻りますか?」
「…………。私がエスコートいたしましょう」
「ありがとうございます。実家にはそのように手紙をしたためますわ」

 ダーヴィド様は少し考えこむ仕草をなされた。別にわたくしのエスコートをしたくない、と思っているわけではなく、単にご自身の業務状況を考えられたのだと思う。お父様もよくされるもの。
 ダーヴィド様がエスコートしてくださるのなら、実家からドレスを持ってきてもらわなければならない。それともやはり一旦実家に戻り、お迎えに来てもらうべきかしら?
 その辺りは、明日以降に決めればよろしいわね。

「あとその夜会に関しまして、父にお城で会いましたら、ダーヴィド様がわたくしをエスコートしてくださることになった、とお伝えくださるかしら」
「構いませんが、意図をお伺いしても?」
「母にも招待状が来ています。ご存じとは思うのですが、父は立場上陛下のお側に侍ることが多いでしょう。母はわたくしやお姉さま方と一緒に入場いたしますが、わたくしがダーヴィド様にエスコートされてしまいますと、一人になってしまいます」
「なるほど。お伝えしておこう」

 本当は父や陛下が配慮しなければいけない問題をまだ知り合いでしかない、お見合い相手のダーヴィド様にお願いするのはどうなの、と思うけれど。外野から問い合わせされて、慌てればよいのだわ。

「今のところは、そのあたりでしょうか」
「ありがとう。それではどうか、これからよろしく頼む」
「こちらこそ。よろしくお願いいたします」

こうして、初めての顔合わせは終わりました。
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