腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

Alanhart

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〈5 錯綜クインテット〉

ep82 ちなちゃんとお話①

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 ――ねぇ、なにかいてるの?

 大きな瞳が、わたしの絵を覗き込む。わたしは、その子と目を合わせるのが恥ずかしくて、自分の描いた絵に視線を落とした。

 ――むにきゃら

 おずおずと、当時好きだった子供向けアニメのタイトルを言うと、その子の瞳がぱぁっと輝いた。

 ――すごい! ちなにもかいて!

 ――……うん、いいよ

 これがわたしとちなちゃんが交わした、はじめての会話。幼稚園の頃、みんなが外で遊んでいるのを眺めながら、ひとりで絵を描いていたあの時、友達がいなかったわたしに、はじめてちなちゃんが声をかけてきてくれた。

 ちなちゃんは、小さい頃から、すぐに誰とでも仲良くなれる子で、友達がたくさんいて、いつもみんなと笑っている、明るい子だった。

 あの頃は小さかったから、お互いの趣味がどうだとか、学校でのポジションだとか、会話が続くか続かないかとか、そんな難しいことを考える必要なんかなくて、ちなちゃんがくれたその一言だけで、その日からわたしたちは親友になったのだ。





 新島くんと近所の公園で待ち合わせをする。待っている間、暗記カードをめくっていると、待ち合わせ時間丁度に、新島くんがやってきた。

「おはようございます」

「おはよ」

 挨拶もそこそこに、わたしたちは歩き始める。
 新島くんと一緒に学校へ通うようになって、3日目。毎朝、公園で待ち合わせして、放課後も一緒に帰って、さすがに多少は仲良くなっているだろうと思われているかもしれないが、実際はそんなこともない。お互い、微妙な空気を漂わせたまま、大した会話もなく学校へ向かう。

 新島くんと一緒に歩いていることへの気まずさに、ひたすら英語の暗記カードをめくりながら歩いていると、いつのまにか女の子たちが新島くんを取り囲んでいて、わたしは輪の外へと追いやられているのだ。だれも、わたしに気づいていない。新島くんの人気ぶりを、輪の外から眺めているだけのモブとして、特に何の問題もなく学校に到着する。
 目立たなければいいのだ。遠藤さんにも、他の女子たちにも。わたしという人間のことなんて認識しなくていい。そのほうが、わたしはいつだって平和に暮らせる。


 今日も、暗記カードを捲りつつ歩いていると、突然ぐいっと腕を引っ張られた。

「うわっ」

 驚いて声を上げると、横を自転車が通り過ぎていった。

「あ……すみません」

 多少手荒くとも、自転車にぶつからないよう腕を引いてくれた新島くんにお礼を言う。新島くんから怠そうに「それ危ないからやめろ」と注意されてしまった。

 歩きながらの勉強は確かに危ない。自分では周囲に気を配っていたつもりだったけど、今日は集中しすぎていたようだ。わたしは言われた通りに、暗記カードをカバンの中にしまった。

 どうしよう、現実逃避するものがなくなっちゃった。

「明日、体育祭だな」

「え、あ、そうですね」

 話しかけられて、まごまごしながら答える。普段、会話はしないのだが、何の気まぐれか、たまに新島くんから話しかけられることがある。

「津田さんの選択科目、なんだっけ」

「ムカデ競争です」

「練習、順調?」

「まぁ、そこそこですかね」

「へー」

 興味があるのかないのか、曖昧な相槌をされた後、また気まずい無言の空気が流れた。居た堪れなくなって、わたしも必死で話題をさがす。

「えっと、新島くんは100メートル走でしたっけ?」

「ん」

「タイムって、どのくらいなんですか?」

「10秒は切るかな」

「10秒! 早いですね!?」

 さすが、アンカーに選ばれるだけある。今年は新島&篠原コンビが揃ってるから絶対に勝つって、クラスの男子たちが騒いでたもんなぁ。

「どうしたら、そんなに早く走れるんですか? 不思議です」

「ガキの頃から普通に足早かったし、何でって聞かれても困る」

「……そうですか、それはすみませんでした」

 結局才能かぁ。新島くんといい、篠原くんといい、神様のえこひいきがすぎるな。

「つーか、なんでそんな遅いのか逆に疑問なんだけど」

「……走るのは、その……苦手でして……」

「単純に重いからでしょ」

 新島くんからのチクチク言葉をまともに受けてダメージを負い、その後、大して会話が盛り上がることも無く、気付いた時には集まって来た女の子たちによって隅に追いやられていた。



 遠藤さんは、あの日以来わたしに絡んでこなくなった。物に嫌がらせをされることもなくなり、たまにすれ違うことがあっても睨まれるだけで何もしてこない。
 遠藤さんのことはまだ怖いけど、何事もなく過ごせているのは、新島くんのおかげだった。


 その日も何事もなく学校を終え、帰路についていると、学校から十分離れたところで、わたしは歩みを止めて新島くんの方を向いた。

「今日はここまでで大丈夫です。これから用事があるので、ここで失礼します」

「用事? どっか寄るの」

「はい、ちなちゃんの家に行く約束をしているんです。それではまた明日」

 新島くんにお辞儀をして、ちなちゃんの家へと向かう。新島くんといる気まずさから解放されて、わたしはほっと一息ついた。


 ちなちゃんの家に着くと、一足先に帰っていたちなちゃんが、制服のまま出迎えてくれた。ちなちゃんの部屋に入ると、世界的に有名な夢かわなキャラクターのぬいぐるみが、ベッドの上から出迎えてくれる。女の子らしい、とても可愛いお部屋は、わたしの雑然としたオタク部屋とは全く違う。

「ちなちゃんの家に来たの、ひさしぶりだなぁ。小学生以来だっけ?」

「うんっ! あの頃は、よくお菓子を食べながら学校のことを話したりしたよね」

 懐かしい思い出話に花を咲かせながら、邪魔にならないところにカバンを置く。ちなちゃんが飲み物を用意してくれた。

「なるちゃんが会いに来てくれて嬉しいよ! 学校だとなかなか会えないもんね?」

「うん。なんか、学校だと遠慮しちゃって。ちなちゃん、友達多いし、わざわざ邪魔する必要ないかなって……」

「そんなことないよ! ちな、なるちゃんが会いに来てくれたらうれしいよ!」

 ちなちゃんが可愛らしく笑うのを見て、心の奥がほっこりする。嫌がらせのことで心配していたけど、元気そうで安心した。やっぱり、篠原くんが守ってくれているおかげだろうか。

「ちなちゃん、前より可愛くなったんじゃない? やっぱり恋してるから?」

 わたしが茶化して笑うと、ちなちゃんは頬を染めて「そ、そんなことないよ! 全然変わってないもん!」と焦ったように声を上げた。

 そんなやりとりが楽しくてふたりで笑い合う。のろけ話は、今度ゆっくり聞かせてもらおう。

「本当はずっと、ちなちゃんのことが心配だったんだ。ちなちゃんは大丈夫って言うけど、嫌がらせは、まだ続いてるでしょう?」

「うん……。黒板に悪口書かれたり、机に落書きされたりとか目立ったいやがらせは、大騒ぎになっちゃったからさすがになくなったんだけど、時々持ち物が無くなるし、悪口が書かれた手紙とかが机の中に入ってたりするの。手紙は全部、篠原くんに渡しちゃうんだけど……」

「そうなんだ……。ちなちゃん、すごくつらかったね……」

 聞いてるだけでも、つらすぎてこっちまで泣きたくなってくる。本当に、わたしに出来ることは何もないのだろうか。

「多分、篠原くんと付き合ってるから、嫉妬されてるんだって友達が言ってたけど……稚奈もそうだと思うの。篠原くんに憧れてる子はいっぱいいるし、敵も多いかもって」

 人気の男の子と付き合ったら、どうしても他の女の子からの嫉妬は避けられない。ちなちゃんも分かっていたことなんだ。だからといって、嫉妬してるから嫌がらせしていいなんてことは絶対にない。こういうことがあるって分かっていても、傷つくものは傷つくのだから。

「でもね、稚奈、憧れてた篠原くんと付き合えて、今本当に幸せなんだぁ。篠原くんがいつも一緒にいてくれるから、嫌がらせされても全然辛くないよ。だから、なるちゃんは気にしないで?」

「……そっか。良かった……」

 幸せそうに笑うちなちゃんに、わたしは少しだけほっとした。篠原くんがちなちゃんの、精神的な支えになってくれているのだとしたら、ちなちゃんはきっと大丈夫だ。いやがらせになんかに、負けたりしないってわかる。

 ほっとしたのもつかの間、ちなちゃんは少しだけ表情を曇らせると、言いにくそうに手をもじもじさせた。

「……実はね、稚奈、いやがらせしてくる人に心当たりがあるの」

「心当たり?」

「うん。前から、ちょっと怖いなって思ってた子がいて……」

 ちなちゃんの嫌がらせは、未だに誰がやったのか分かっていない。早朝や放課後、移動教室の間など、誰もいない隙に嫌がらせをしてくるからだ。トイレのドアを蹴られた時も、怖くて外に出られなかったと言うし、犯人の姿を確認する余裕なんてなかっただろう。
 そんな卑怯なやり方をする犯人に心当たりがあるとすれば、それは貴重な情報なんじゃないだろうか。

「それってだれなの?」

 わたしが真剣にちなちゃんに尋ねると、ちなちゃんは躊躇うように目を泳がせた後、下唇をすこしだけ噛んで、意を決したように言った。

「……4組の、山口さん」
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