98 / 124
〈5 錯綜クインテット〉
ep67 とある暑い日、腐女子は見た③
しおりを挟む
「あの、篠原くん」
「んー?」
戸棚からガラスのコップを人数分だした篠原くんが、わたしに顔を向けずに声だけで応える。
「あの……篠原くんは……その……。……ちなちゃんのことを……どう思ってるんですか?」
緊張しすぎて判断が鈍ったのか、よほどお祭りのことが言いにくかったのか。気付いたら別のことを口走っていた。
なんでだろう。こんなこと聞くつもりはなかったのに。こんな話、ずっと避けてたのに。
あの後、ちなちゃんから、篠原くんに振られてしまったとLINEが来た。電話でちなちゃん、すごく泣いてた。ちなちゃんの篠原くんへの気持ちは本物だったから。
恋のあれこれに関しては、第三者ではどうにもできない。たとえ大切に思っている、親友だとしても。
「……あ……その……ごめんなさい」
聞くべきじゃないと、分かってたのに。
「別にいいよ」
そう言った篠原くんの声は、少しだけ固くて、全然大丈夫そうに聞こえない。こんなことを聞くくらいなら、お祭りに行きたいって、わがまま言った方がましだったかもしれない。
「津田さんは、本田さんのことが心配?」
「……はい。……すみません」
「そうだよね。仲が良いもんね」
篠原くんがコップに、冷えた麦茶を注いでいる。篠原くんの顔も見れずに、わたしは氷が浮かんだ琥珀色の飲み物をただ眺めていた。
「付き合って欲しかった?」
「えっ……、えぇっと、それは……」
「そう、ですね」と小さく答えてから、慌てて「でも、付き合う付き合わないは、篠原くんの自由ですし」と付け加えて――「いいよ、津田さん」
篠原くんに、遮られた。
「気を遣わなくていいから」
わたしは、ようやく恐る恐る、篠原くんと目を合わせた。篠原くんの瞳の中には、哀しみと諦観が混ざった、とても複雑なものが浮かんでいた。
「本田さんはいい子だと思うけど、友達としてしか見られないし、今は忙しくて恋愛どころではなかったから」
――津田さんは、気に病まないで。
篠原くんが言ってくれた言葉に、わたしへの気遣いが含まれていて、情けなくて泣きたくなった。
他人の恋愛ごとに土足で踏み込んで、終わったことを蒸し返してしまった自分の浅はかさに。篠原くんを言外にも悪者のようにしてしまったことに。ちなちゃんが可哀想で心を痛めながらも、100%ちなちゃんの味方でいられない、親友として中途半端で最低な自分自身に。最低だと自覚しながらも、わたしはふたりに何もしてあげられずに、こうして突っ立っているだけなのだ。
「……ごめんなさい、篠原くん」
ちなちゃんを応援するといって、付き合ってくれたらいいのに、って野次馬みたいにはしゃいだこと。篠原くんにとっては迷惑以外の何ものでしかなかったかもしれないけれど、ふたりには幸せになってほしかったんだ。
でもやっぱり、篠原くんの気持ちは、考えられていなかったから。
お祭りのこと、やっぱり言い出せないや。
遠くから視線を感じて目を向けると、今までのやり取りを見ていたのか、神谷くんはやれやれと肩をすくめた。
それから数日が経った。今日も気温は35度を超える猛暑日だ。どこからともなく、アブラゼミが命のかぎり喚き続けている。道の掲示板には、今夜開催される夏祭りの広告。ポスターデザインコンテストで採用された、小学生の描いたポスターが貼られている。
わたしはそのポスターには目もくれず、今日も今日とてクーラーを目指して篠原くんの家に向かっていた。
「おじゃましまーす!」
神谷くんと篠原くんの上下事件(わたしが勝手にそう呼んでいるだけだ)があってから、ちゃんと家に入る時は、大きな声でご挨拶するように意識している。っていうか、そんな常識、何度も篠原くんの家に来ているうちに忘れてしまっていたわたしが悪い。
リビングのドアを開けると、篠原くんは既に勉強道具を広げて勉強を始めていた。
「トンちゃん」
とんとんと肩を叩かれて横を見ると、神谷くんが何かを後ろ手に隠している。
なんだろうと首をかしげていると、神谷くんは「じゃーん!」と言いながら何かを広げて見せた。それはスーパーでこの時期売られている花火セットだった。
「あれから、どうしても行きてーってごねたんだけど、篠原の意思が固くてさぁ。絶対に行かねぇって言うもんだから。でも、さすがにトンちゃんだって、少しくらいは夏っぽいことしてーじゃん? だから今日は、勉強が終わったらみんなで花火でもやろうぜ」
「いいんですか? 篠原くん、本当に!?」
いつもなら、6時になった時点で速攻帰った後、寝るまでみっちりオンライン勉強会なのに。
「お祭りと天秤にかけたら、マシだと思ったんだ。遊びすぎて夜に勉強する分の体力を奪われることもないし、煙の少ないものを買わせたから、うちの庭でも出来ると思って」
クールな篠原くんは、問題集に目を落としたままどうでもよさそうに補足を加えてくれる。
なるほど、わたしに気を遣ってくれたのか。なんだか申し訳ないな。
でも、花火が出来るのは純粋に嬉しい。お祭りに行けるわけでは無いけれど、3人でやれば、きっと楽しいだろうから。
「んー?」
戸棚からガラスのコップを人数分だした篠原くんが、わたしに顔を向けずに声だけで応える。
「あの……篠原くんは……その……。……ちなちゃんのことを……どう思ってるんですか?」
緊張しすぎて判断が鈍ったのか、よほどお祭りのことが言いにくかったのか。気付いたら別のことを口走っていた。
なんでだろう。こんなこと聞くつもりはなかったのに。こんな話、ずっと避けてたのに。
あの後、ちなちゃんから、篠原くんに振られてしまったとLINEが来た。電話でちなちゃん、すごく泣いてた。ちなちゃんの篠原くんへの気持ちは本物だったから。
恋のあれこれに関しては、第三者ではどうにもできない。たとえ大切に思っている、親友だとしても。
「……あ……その……ごめんなさい」
聞くべきじゃないと、分かってたのに。
「別にいいよ」
そう言った篠原くんの声は、少しだけ固くて、全然大丈夫そうに聞こえない。こんなことを聞くくらいなら、お祭りに行きたいって、わがまま言った方がましだったかもしれない。
「津田さんは、本田さんのことが心配?」
「……はい。……すみません」
「そうだよね。仲が良いもんね」
篠原くんがコップに、冷えた麦茶を注いでいる。篠原くんの顔も見れずに、わたしは氷が浮かんだ琥珀色の飲み物をただ眺めていた。
「付き合って欲しかった?」
「えっ……、えぇっと、それは……」
「そう、ですね」と小さく答えてから、慌てて「でも、付き合う付き合わないは、篠原くんの自由ですし」と付け加えて――「いいよ、津田さん」
篠原くんに、遮られた。
「気を遣わなくていいから」
わたしは、ようやく恐る恐る、篠原くんと目を合わせた。篠原くんの瞳の中には、哀しみと諦観が混ざった、とても複雑なものが浮かんでいた。
「本田さんはいい子だと思うけど、友達としてしか見られないし、今は忙しくて恋愛どころではなかったから」
――津田さんは、気に病まないで。
篠原くんが言ってくれた言葉に、わたしへの気遣いが含まれていて、情けなくて泣きたくなった。
他人の恋愛ごとに土足で踏み込んで、終わったことを蒸し返してしまった自分の浅はかさに。篠原くんを言外にも悪者のようにしてしまったことに。ちなちゃんが可哀想で心を痛めながらも、100%ちなちゃんの味方でいられない、親友として中途半端で最低な自分自身に。最低だと自覚しながらも、わたしはふたりに何もしてあげられずに、こうして突っ立っているだけなのだ。
「……ごめんなさい、篠原くん」
ちなちゃんを応援するといって、付き合ってくれたらいいのに、って野次馬みたいにはしゃいだこと。篠原くんにとっては迷惑以外の何ものでしかなかったかもしれないけれど、ふたりには幸せになってほしかったんだ。
でもやっぱり、篠原くんの気持ちは、考えられていなかったから。
お祭りのこと、やっぱり言い出せないや。
遠くから視線を感じて目を向けると、今までのやり取りを見ていたのか、神谷くんはやれやれと肩をすくめた。
それから数日が経った。今日も気温は35度を超える猛暑日だ。どこからともなく、アブラゼミが命のかぎり喚き続けている。道の掲示板には、今夜開催される夏祭りの広告。ポスターデザインコンテストで採用された、小学生の描いたポスターが貼られている。
わたしはそのポスターには目もくれず、今日も今日とてクーラーを目指して篠原くんの家に向かっていた。
「おじゃましまーす!」
神谷くんと篠原くんの上下事件(わたしが勝手にそう呼んでいるだけだ)があってから、ちゃんと家に入る時は、大きな声でご挨拶するように意識している。っていうか、そんな常識、何度も篠原くんの家に来ているうちに忘れてしまっていたわたしが悪い。
リビングのドアを開けると、篠原くんは既に勉強道具を広げて勉強を始めていた。
「トンちゃん」
とんとんと肩を叩かれて横を見ると、神谷くんが何かを後ろ手に隠している。
なんだろうと首をかしげていると、神谷くんは「じゃーん!」と言いながら何かを広げて見せた。それはスーパーでこの時期売られている花火セットだった。
「あれから、どうしても行きてーってごねたんだけど、篠原の意思が固くてさぁ。絶対に行かねぇって言うもんだから。でも、さすがにトンちゃんだって、少しくらいは夏っぽいことしてーじゃん? だから今日は、勉強が終わったらみんなで花火でもやろうぜ」
「いいんですか? 篠原くん、本当に!?」
いつもなら、6時になった時点で速攻帰った後、寝るまでみっちりオンライン勉強会なのに。
「お祭りと天秤にかけたら、マシだと思ったんだ。遊びすぎて夜に勉強する分の体力を奪われることもないし、煙の少ないものを買わせたから、うちの庭でも出来ると思って」
クールな篠原くんは、問題集に目を落としたままどうでもよさそうに補足を加えてくれる。
なるほど、わたしに気を遣ってくれたのか。なんだか申し訳ないな。
でも、花火が出来るのは純粋に嬉しい。お祭りに行けるわけでは無いけれど、3人でやれば、きっと楽しいだろうから。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
【続】18禁の乙女ゲームから現実へ~常に義兄弟にエッチな事されてる私。
KUMA
恋愛
※続けて書こうと思ったのですが、ゲームと分けた方が面白いと思って続編です。※
前回までの話
18禁の乙女エロゲームの悪役令嬢のローズマリアは知らないうち新しいルート義兄弟からの監禁調教ルートへ突入途中王子の監禁調教もあったが義兄弟の頭脳勝ちで…ローズマリアは快楽淫乱ENDにと思った。
だが事故に遭ってずっと眠っていて、それは転生ではなく夢世界だった。
ある意味良かったのか悪かったのか分からないが…
万李唖は本当の自分の体に、戻れたがローズマリアの淫乱な体の感覚が忘れられずにBLゲーム最中1人でエッチな事を…
それが元で同居中の義兄弟からエッチな事をされついに……
新婚旅行中の姉夫婦は後1週間も帰って来ない…
おまけに学校は夏休みで…ほぼ毎日攻められ万李唖は現実でも義兄弟から……
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる