腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

Alanhart

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〈5 錯綜クインテット〉

ep67 とある暑い日、腐女子は見た③

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「あの、篠原くん」

「んー?」

 戸棚からガラスのコップを人数分だした篠原くんが、わたしに顔を向けずに声だけで応える。

「あの……篠原くんは……その……。……ちなちゃんのことを……どう思ってるんですか?」

 緊張しすぎて判断が鈍ったのか、よほどお祭りのことが言いにくかったのか。気付いたら別のことを口走っていた。

 なんでだろう。こんなこと聞くつもりはなかったのに。こんな話、ずっと避けてたのに。

 あの後、ちなちゃんから、篠原くんに振られてしまったとLINEが来た。電話でちなちゃん、すごく泣いてた。ちなちゃんの篠原くんへの気持ちは本物だったから。

 恋のあれこれに関しては、第三者ではどうにもできない。たとえ大切に思っている、親友だとしても。

「……あ……その……ごめんなさい」

 聞くべきじゃないと、分かってたのに。

「別にいいよ」

 そう言った篠原くんの声は、少しだけ固くて、全然大丈夫そうに聞こえない。こんなことを聞くくらいなら、お祭りに行きたいって、わがまま言った方がましだったかもしれない。

「津田さんは、本田さんのことが心配?」

「……はい。……すみません」

「そうだよね。仲が良いもんね」

 篠原くんがコップに、冷えた麦茶を注いでいる。篠原くんの顔も見れずに、わたしは氷が浮かんだ琥珀色の飲み物をただ眺めていた。

「付き合って欲しかった?」

「えっ……、えぇっと、それは……」

「そう、ですね」と小さく答えてから、慌てて「でも、付き合う付き合わないは、篠原くんの自由ですし」と付け加えて――「いいよ、津田さん」

 篠原くんに、遮られた。

「気を遣わなくていいから」

 わたしは、ようやく恐る恐る、篠原くんと目を合わせた。篠原くんの瞳の中には、哀しみと諦観が混ざった、とても複雑なものが浮かんでいた。

「本田さんはいい子だと思うけど、友達としてしか見られないし、今は忙しくて恋愛どころではなかったから」

 ――津田さんは、気に病まないで。

 篠原くんが言ってくれた言葉に、わたしへの気遣いが含まれていて、情けなくて泣きたくなった。

 他人の恋愛ごとに土足で踏み込んで、終わったことを蒸し返してしまった自分の浅はかさに。篠原くんを言外にも悪者のようにしてしまったことに。ちなちゃんが可哀想で心を痛めながらも、100%ちなちゃんの味方でいられない、親友として中途半端で最低な自分自身に。最低だと自覚しながらも、わたしはふたりに何もしてあげられずに、こうして突っ立っているだけなのだ。

「……ごめんなさい、篠原くん」

 ちなちゃんを応援するといって、付き合ってくれたらいいのに、って野次馬みたいにはしゃいだこと。篠原くんにとっては迷惑以外の何ものでしかなかったかもしれないけれど、ふたりには幸せになってほしかったんだ。
 でもやっぱり、篠原くんの気持ちは、考えられていなかったから。


 お祭りのこと、やっぱり言い出せないや。


 遠くから視線を感じて目を向けると、今までのやり取りを見ていたのか、神谷くんはやれやれと肩をすくめた。




 それから数日が経った。今日も気温は35度を超える猛暑日だ。どこからともなく、アブラゼミが命のかぎり喚き続けている。道の掲示板には、今夜開催される夏祭りの広告。ポスターデザインコンテストで採用された、小学生の描いたポスターが貼られている。

 わたしはそのポスターには目もくれず、今日も今日とてクーラーを目指して篠原くんの家に向かっていた。


「おじゃましまーす!」

 神谷くんと篠原くんの上下事件(わたしが勝手にそう呼んでいるだけだ)があってから、ちゃんと家に入る時は、大きな声でご挨拶するように意識している。っていうか、そんな常識、何度も篠原くんの家に来ているうちに忘れてしまっていたわたしが悪い。

 リビングのドアを開けると、篠原くんは既に勉強道具を広げて勉強を始めていた。

「トンちゃん」

 とんとんと肩を叩かれて横を見ると、神谷くんが何かを後ろ手に隠している。

 なんだろうと首をかしげていると、神谷くんは「じゃーん!」と言いながら何かを広げて見せた。それはスーパーでこの時期売られている花火セットだった。


「あれから、どうしても行きてーってごねたんだけど、篠原こいつの意思が固くてさぁ。絶対に行かねぇって言うもんだから。でも、さすがにトンちゃんだって、少しくらいは夏っぽいことしてーじゃん? だから今日は、勉強が終わったらみんなで花火でもやろうぜ」

「いいんですか? 篠原くん、本当に!?」

 いつもなら、6時になった時点で速攻帰った後、寝るまでみっちりオンライン勉強会なのに。

「お祭りと天秤にかけたら、マシだと思ったんだ。遊びすぎて夜に勉強する分の体力を奪われることもないし、煙の少ないものを買わせたから、うちの庭でも出来ると思って」

 クールな篠原くんは、問題集に目を落としたままどうでもよさそうに補足を加えてくれる。

 なるほど、わたしに気を遣ってくれたのか。なんだか申し訳ないな。

 でも、花火が出来るのは純粋に嬉しい。お祭りに行けるわけでは無いけれど、3人でやれば、きっと楽しいだろうから。
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