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Chapter2〈4 クラスの王様〉
ep54 幼馴染の憂鬱
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夜9時過ぎ頃、栄至駅前の商店街にあるサカイ塾の扉が開いた。
日下英明は向かいのガードレールに腰かけて、同年代の塾生の中から見知った顔が出てくるのを待った。ぬるく湿った空気を肌に感じながら、内心何で俺がと毒づく。悠真と遊んできた帰りに「どうせほっつき歩いてるんだったら迎えに行ってやれ」と、小学生からの馴染という理由だけで息子を良いように駆り出す自分の母親を呪った。
「あっ、英いた!」
ようやく、待ち人が来た。柔らかい毛質の髪が歩くたびに頬の横でふわふわ跳ねる。大きなくりくりした瞳を輝かせて、澤田加奈《さわだかな》は日下に向かって手を振った。
「ごめんね、遅くなって」
「別に。じゃーもう帰るぞ」
ぶっきらぼうに言って歩き出すと、隣を付いてくる加奈の気配を感じる。迎えに行くのは面倒だが、正直、加奈と歩くのは悪くはなかった。
親に命令されると反抗したくなる思春期の複雑な心境を抱えながら、本当は夜道を加奈一人で帰らせるのは不安だった。来たく無かったわけではない。加奈の親が迎えに来られない事情があれば、代わりに行く気はあったのだ。ただ、良いようにこき使われるのが納得いかないだけで。
「英、今日も悠真と遊んでたでしょ。そろそろ勉強した方がいいんじゃない?」
でたでた、加奈のお節介。日下は心の中で溜息をついた。昔から加奈は、日下にだけはやたら口うるさい。まるで母親が2人いるみたいだ。
「うるせぇな。お前には関係ねぇだろ」
「関係ないって、心配してあげてんじゃん。悠真とあんたじゃ頭のデキが全然違うんだから、勉強しとかないと高校行けないよ?」
あーうるせー。やっぱ来なきゃよかったかも。
日下はうんざりして空を仰いだ。紺鼠色の空がさらに気持ちを重くさせる。3年になってから、周囲の人間の口から出る言葉は受験、受験とそればかりだ。
悠真ほどではないが、日下だって地頭は悪くないので勉強ができないわけでは無い。加奈に心配されるほどバカではないのだ。
「余計な世話だって言ってんだろ。この前のテストだって、俺の方がよかったじゃん」
「た、たかが5点差でしょ!? 出来としては全然変わんないって!」
「いいや、5点はデカイね。勉強してない俺に負けてるようじゃ、試験だって危ないんじゃねぇの?」
言ってやったとニヤついていると、無言でわき腹にパンチを入れてきた。地味に痛い。すっかり機嫌を損ねた加奈の横顔を盗み見る。さすがに言い過ぎたかと、気まずくなった。
「……明日も学校だね」
「あぁ。なんで?」
やっと加奈が口を開いたと思ったら、さっきまで話していたのと全く関係のない話題に、日下は拍子抜けした。
「……だってさぁ」
「なんだよ」
言いよどむ加奈に、日下は顔をしかめる。加奈は少し俯き加減に歩きながら、話を続けた。
「いや……なんかさ。最近うちのクラスの空気重いじゃん」
日下には、何と答えたら良いかわからなかった。気まずい空気を持て余して、無言で歩く。すると、再び加奈が口を開いた。
「安藤さんの事、知ってる?」
「いや?」
「この前ね、安藤さんが高木さんたちに囲まれてるの、見ちゃったんだよね」
言いにくそうに声を落とす。足取りも徐々に重たくなっていく。日下は何も言わずに、加奈の歩調に合わせて歩いた。
「高木さん、安藤さんが悠真に庇ってもらった事、すごく根に持ってたみたい。“ブスの癖に期待すんな”みたいなこと言ってて」
「あぁ……」
やっぱりそうなったか。日下は呻いた。篠原だって、女子同士のいやがらせへの対応には慎重だった。高木は悠真に憧れていたし、その悠真にあんな風に庇われれば、安藤の立場が悪化するのだって目に見えている。余計に篠原は安藤を庇いにくくなり、このままでは安藤は孤立する一方だろう。
加奈は大きく溜息を吐いた。
「せっかく今年は篠原くんと同じクラスになれたのに。なんだか気が重いなぁ」
「また篠原かよ」
口調に棘が含んだのを自覚する。内心焦りつつも、日下は続けた。
「あんなののどこが良いんだよ。あいつ、遊びに誘ってもノリ悪ぃし、いつも一人で本読んでて、何考えてんのかわかんねぇじゃん」
加奈に悟られないように、あえて軽い口調で篠原を貶す。加奈は、日下の言い方にムッとした。
「だから良いんじゃん。あんたら他の男子みたいに馬鹿やったりしなくて大人だし、優しいし。ミステリアスで気になる感じじゃん?」
「なにが、ミステリアスで気になるだよ。エロいことしか考えてねぇに決まってんだろ。あいつが読んでる本だって、実はエロ本だったりしてな」
自分で言っておいて何だが、あの篠原が爽やかな顔をして休み時間中に読んでる本がエロ本だったらと想像したら面白く思えてきた。日下が腹を抱えて笑っていると、加奈は益々不機嫌な顔で膨れた。
「あー、もうサイテー。はーい、明日から日下くんのこと無視しまーす。もう一生喋りませーん」
「いや、ごめんて」
普段からよく口喧嘩する二人だったが、加奈に無視されることほど堪えるものはない。慌てて日下が謝ると、加奈は可笑しそうにケラケラ笑った。
加奈はひとしきり笑った後、小さく息をつき、再び表情をくもらせた。
「ねぇ、最近の悠真さ……大丈夫?」
「何が?」
「うーん」
今日の加奈はよく言い淀む。今も、言おうかどうか躊躇った後、首を横に振った。
「ううん、別に。ただ、昔は楽しかったなぁって思って」
「なんだ、それ」
困ったように笑った加奈に、日下は分からないふりをして拍子抜けした声を上げた。本当は、加奈が言いたいことは分かっていた。分かっていながら、分からないふりをする。表面上はへらへらしながら、気分は最悪だった。
ようやく加奈の家の前に到着した。昔から、何度も訪れたことなる外観。家の明かりがついている。加奈は日下の方を振り向いて、小学生の頃の面影のある顔で笑った。
「家まで送ってくれたから、無視はナシにしてあげる!」
一応、今日の無礼は許されたみたいだ。加奈が家の中に入って行くのを見送り、日下は帰路についた。
*
日下にとって悠真は、保育園時代からの幼馴染であり、唯一の親友だ。高校は同じ学校に行くことを決めているし、多分この先、別の大学へ進学して、違う会社に就職して、別の場所で暮らすことになっても、日下は悠真の親友で居続けられる自信がある。
日下にとって悠真は、友達というより家族や兄弟に近い。多分、ずっと付き合い続ける親友なのだと思っていた。
悠真は昔から友達想いだった。社交的で、活発で、人を楽しませることも好きだった。それに加えて見栄えする容姿も備えている。
誰をも魅力し、惹きつけるカリスマ的な存在。しかし、そんな悠真にも欠点があった。
子供の頃から器用でなんでもすぐにこなせてしまう彼は、不器用で要領が悪い人間に対する理解が低かった。なぜ自分に出来ることが、他の人には出来ないのか理解が出来ないのだ。また、悠真は表面的な容姿のみで、友達の好き嫌いを決める節があった。どんなに心優しくとも、話の面白い人間でも、悠真は容姿の悪い人間とは関わろうとも思わない。単純に関心が湧かないのだ。
それでも、今のように嫌悪するほどでもなかった。だが、ある出来事がきっかけで、悠真は“出来ないやつ”と”容姿の悪いやつ”を、極端に嫌悪するようになってしまった。
事の切っ掛けは、小6の頃。同じクラスにいたデブスの女子が悠真に好意を抱いていることが発覚した。女子が使っていた消しゴムに、悠真の名前が書かれているのを、悠真自身が見てしまったのだ。
日下たちはその時のことを面白がって、さんざん悠真を貶した。しかし、悠真は本気で嫌だったようで、その時のことがある種のトラウマになっているのか、それ以来、容姿の悪いやつを極端に避けるようになった。そして、その女子が要領も悪かったから、余計に出来ない奴への印象は悪くなったみたいだった。
中学に入ると、悠真が大人びたことで、より周囲が華やかになった。女子の友達も多くなり、仲良しグループの中にいた遠藤沙織と付き合うようにもなった。彼女は顔もスタイルも申し分ない、性格もはつらつとしていてノリのいい女子だ。
悠真から、遠藤と付き合うことになったと聞いた時、正直日下はほっとした。悠真は、加奈が好きなんじゃないかと思っていたから。
彼女が出来て、友達も沢山いて、学年の人気者で、勉強も運動も出来て、何不自由のない鮮やかな青春時代だ。
楽しくないわけがない。それなのに、何故だろう。最近の悠真は、全く楽しそうに見えない。
悠真の考えていることが分からない。何が不満で何に苛立っているのか、焦っているのか、足らないのか。
幼い頃からずっと近くで見てきたはずなのに。悠真が何を望んでいて何に苦しんでいるのか、日下には全く分からなかった。
*
数日前から竹内が学校に来なくなった。村上のいじめに耐えられなくなったようだ。日に日にいじめは酷くなり、最近は村上のサンドバッグ状態だったため無理もない。
竹内を庇った時から、村上の篠原への不満は一層強くなっていた。正義の味方を気取る篠原が目障りのようなのだ。しかし、悠真から「篠原に手を出すな」と命令されている限り、村上は篠原に対して何もできない。
なんで、悠真がそこまで篠原を庇うのか、日下にはわからなかった。考えてみれば、悠真のことを何でも知っているような気でいて、実は何も知らなかったんじゃないか。悠真の幼馴染で、一番の親友なのだと自負していたはずだったのに、いつから変わってしまった?
「お前、篠原んとこのクラスの奴じゃん!」
ある朝、教室まで廊下を歩いていると、全く空気の読まない能天気な顔が、日下にむかって「よっ」と手をあげた。日下は一瞬、そいつが誰だかわからなかった。少しして、篠原の知り合いだったことを思い出す。たまに学校で一番可愛いと評判の山口さんと教室に来ていた。
日下が記憶の片隅から情報を引っ張り出しているうちに、神谷が満面の笑みで近づいてきた。尻尾を振ってきそうな勢いだ。少々犬っぽい。先程まで難しいことを考えていた分、まったく何も考えていなさそうな奴が近づいてきて拍子抜けしてしまう。
「えーっと、確か、神谷……だったよな?」
「そ! 俺、神谷亮。お前って、篠原と仲良かった奴だよな?」
「あー、まぁ……」
仲良かったと言われると、少々抵抗がある。日下は篠原に対して、あまり好意的な感情は抱いていない。加奈が夢中になっているのもあるし、何より悠真がおかしくなったのは、去年、篠原が転校してきてからだと思うからだ。
日下英明は向かいのガードレールに腰かけて、同年代の塾生の中から見知った顔が出てくるのを待った。ぬるく湿った空気を肌に感じながら、内心何で俺がと毒づく。悠真と遊んできた帰りに「どうせほっつき歩いてるんだったら迎えに行ってやれ」と、小学生からの馴染という理由だけで息子を良いように駆り出す自分の母親を呪った。
「あっ、英いた!」
ようやく、待ち人が来た。柔らかい毛質の髪が歩くたびに頬の横でふわふわ跳ねる。大きなくりくりした瞳を輝かせて、澤田加奈《さわだかな》は日下に向かって手を振った。
「ごめんね、遅くなって」
「別に。じゃーもう帰るぞ」
ぶっきらぼうに言って歩き出すと、隣を付いてくる加奈の気配を感じる。迎えに行くのは面倒だが、正直、加奈と歩くのは悪くはなかった。
親に命令されると反抗したくなる思春期の複雑な心境を抱えながら、本当は夜道を加奈一人で帰らせるのは不安だった。来たく無かったわけではない。加奈の親が迎えに来られない事情があれば、代わりに行く気はあったのだ。ただ、良いようにこき使われるのが納得いかないだけで。
「英、今日も悠真と遊んでたでしょ。そろそろ勉強した方がいいんじゃない?」
でたでた、加奈のお節介。日下は心の中で溜息をついた。昔から加奈は、日下にだけはやたら口うるさい。まるで母親が2人いるみたいだ。
「うるせぇな。お前には関係ねぇだろ」
「関係ないって、心配してあげてんじゃん。悠真とあんたじゃ頭のデキが全然違うんだから、勉強しとかないと高校行けないよ?」
あーうるせー。やっぱ来なきゃよかったかも。
日下はうんざりして空を仰いだ。紺鼠色の空がさらに気持ちを重くさせる。3年になってから、周囲の人間の口から出る言葉は受験、受験とそればかりだ。
悠真ほどではないが、日下だって地頭は悪くないので勉強ができないわけでは無い。加奈に心配されるほどバカではないのだ。
「余計な世話だって言ってんだろ。この前のテストだって、俺の方がよかったじゃん」
「た、たかが5点差でしょ!? 出来としては全然変わんないって!」
「いいや、5点はデカイね。勉強してない俺に負けてるようじゃ、試験だって危ないんじゃねぇの?」
言ってやったとニヤついていると、無言でわき腹にパンチを入れてきた。地味に痛い。すっかり機嫌を損ねた加奈の横顔を盗み見る。さすがに言い過ぎたかと、気まずくなった。
「……明日も学校だね」
「あぁ。なんで?」
やっと加奈が口を開いたと思ったら、さっきまで話していたのと全く関係のない話題に、日下は拍子抜けした。
「……だってさぁ」
「なんだよ」
言いよどむ加奈に、日下は顔をしかめる。加奈は少し俯き加減に歩きながら、話を続けた。
「いや……なんかさ。最近うちのクラスの空気重いじゃん」
日下には、何と答えたら良いかわからなかった。気まずい空気を持て余して、無言で歩く。すると、再び加奈が口を開いた。
「安藤さんの事、知ってる?」
「いや?」
「この前ね、安藤さんが高木さんたちに囲まれてるの、見ちゃったんだよね」
言いにくそうに声を落とす。足取りも徐々に重たくなっていく。日下は何も言わずに、加奈の歩調に合わせて歩いた。
「高木さん、安藤さんが悠真に庇ってもらった事、すごく根に持ってたみたい。“ブスの癖に期待すんな”みたいなこと言ってて」
「あぁ……」
やっぱりそうなったか。日下は呻いた。篠原だって、女子同士のいやがらせへの対応には慎重だった。高木は悠真に憧れていたし、その悠真にあんな風に庇われれば、安藤の立場が悪化するのだって目に見えている。余計に篠原は安藤を庇いにくくなり、このままでは安藤は孤立する一方だろう。
加奈は大きく溜息を吐いた。
「せっかく今年は篠原くんと同じクラスになれたのに。なんだか気が重いなぁ」
「また篠原かよ」
口調に棘が含んだのを自覚する。内心焦りつつも、日下は続けた。
「あんなののどこが良いんだよ。あいつ、遊びに誘ってもノリ悪ぃし、いつも一人で本読んでて、何考えてんのかわかんねぇじゃん」
加奈に悟られないように、あえて軽い口調で篠原を貶す。加奈は、日下の言い方にムッとした。
「だから良いんじゃん。あんたら他の男子みたいに馬鹿やったりしなくて大人だし、優しいし。ミステリアスで気になる感じじゃん?」
「なにが、ミステリアスで気になるだよ。エロいことしか考えてねぇに決まってんだろ。あいつが読んでる本だって、実はエロ本だったりしてな」
自分で言っておいて何だが、あの篠原が爽やかな顔をして休み時間中に読んでる本がエロ本だったらと想像したら面白く思えてきた。日下が腹を抱えて笑っていると、加奈は益々不機嫌な顔で膨れた。
「あー、もうサイテー。はーい、明日から日下くんのこと無視しまーす。もう一生喋りませーん」
「いや、ごめんて」
普段からよく口喧嘩する二人だったが、加奈に無視されることほど堪えるものはない。慌てて日下が謝ると、加奈は可笑しそうにケラケラ笑った。
加奈はひとしきり笑った後、小さく息をつき、再び表情をくもらせた。
「ねぇ、最近の悠真さ……大丈夫?」
「何が?」
「うーん」
今日の加奈はよく言い淀む。今も、言おうかどうか躊躇った後、首を横に振った。
「ううん、別に。ただ、昔は楽しかったなぁって思って」
「なんだ、それ」
困ったように笑った加奈に、日下は分からないふりをして拍子抜けした声を上げた。本当は、加奈が言いたいことは分かっていた。分かっていながら、分からないふりをする。表面上はへらへらしながら、気分は最悪だった。
ようやく加奈の家の前に到着した。昔から、何度も訪れたことなる外観。家の明かりがついている。加奈は日下の方を振り向いて、小学生の頃の面影のある顔で笑った。
「家まで送ってくれたから、無視はナシにしてあげる!」
一応、今日の無礼は許されたみたいだ。加奈が家の中に入って行くのを見送り、日下は帰路についた。
*
日下にとって悠真は、保育園時代からの幼馴染であり、唯一の親友だ。高校は同じ学校に行くことを決めているし、多分この先、別の大学へ進学して、違う会社に就職して、別の場所で暮らすことになっても、日下は悠真の親友で居続けられる自信がある。
日下にとって悠真は、友達というより家族や兄弟に近い。多分、ずっと付き合い続ける親友なのだと思っていた。
悠真は昔から友達想いだった。社交的で、活発で、人を楽しませることも好きだった。それに加えて見栄えする容姿も備えている。
誰をも魅力し、惹きつけるカリスマ的な存在。しかし、そんな悠真にも欠点があった。
子供の頃から器用でなんでもすぐにこなせてしまう彼は、不器用で要領が悪い人間に対する理解が低かった。なぜ自分に出来ることが、他の人には出来ないのか理解が出来ないのだ。また、悠真は表面的な容姿のみで、友達の好き嫌いを決める節があった。どんなに心優しくとも、話の面白い人間でも、悠真は容姿の悪い人間とは関わろうとも思わない。単純に関心が湧かないのだ。
それでも、今のように嫌悪するほどでもなかった。だが、ある出来事がきっかけで、悠真は“出来ないやつ”と”容姿の悪いやつ”を、極端に嫌悪するようになってしまった。
事の切っ掛けは、小6の頃。同じクラスにいたデブスの女子が悠真に好意を抱いていることが発覚した。女子が使っていた消しゴムに、悠真の名前が書かれているのを、悠真自身が見てしまったのだ。
日下たちはその時のことを面白がって、さんざん悠真を貶した。しかし、悠真は本気で嫌だったようで、その時のことがある種のトラウマになっているのか、それ以来、容姿の悪いやつを極端に避けるようになった。そして、その女子が要領も悪かったから、余計に出来ない奴への印象は悪くなったみたいだった。
中学に入ると、悠真が大人びたことで、より周囲が華やかになった。女子の友達も多くなり、仲良しグループの中にいた遠藤沙織と付き合うようにもなった。彼女は顔もスタイルも申し分ない、性格もはつらつとしていてノリのいい女子だ。
悠真から、遠藤と付き合うことになったと聞いた時、正直日下はほっとした。悠真は、加奈が好きなんじゃないかと思っていたから。
彼女が出来て、友達も沢山いて、学年の人気者で、勉強も運動も出来て、何不自由のない鮮やかな青春時代だ。
楽しくないわけがない。それなのに、何故だろう。最近の悠真は、全く楽しそうに見えない。
悠真の考えていることが分からない。何が不満で何に苛立っているのか、焦っているのか、足らないのか。
幼い頃からずっと近くで見てきたはずなのに。悠真が何を望んでいて何に苦しんでいるのか、日下には全く分からなかった。
*
数日前から竹内が学校に来なくなった。村上のいじめに耐えられなくなったようだ。日に日にいじめは酷くなり、最近は村上のサンドバッグ状態だったため無理もない。
竹内を庇った時から、村上の篠原への不満は一層強くなっていた。正義の味方を気取る篠原が目障りのようなのだ。しかし、悠真から「篠原に手を出すな」と命令されている限り、村上は篠原に対して何もできない。
なんで、悠真がそこまで篠原を庇うのか、日下にはわからなかった。考えてみれば、悠真のことを何でも知っているような気でいて、実は何も知らなかったんじゃないか。悠真の幼馴染で、一番の親友なのだと自負していたはずだったのに、いつから変わってしまった?
「お前、篠原んとこのクラスの奴じゃん!」
ある朝、教室まで廊下を歩いていると、全く空気の読まない能天気な顔が、日下にむかって「よっ」と手をあげた。日下は一瞬、そいつが誰だかわからなかった。少しして、篠原の知り合いだったことを思い出す。たまに学校で一番可愛いと評判の山口さんと教室に来ていた。
日下が記憶の片隅から情報を引っ張り出しているうちに、神谷が満面の笑みで近づいてきた。尻尾を振ってきそうな勢いだ。少々犬っぽい。先程まで難しいことを考えていた分、まったく何も考えていなさそうな奴が近づいてきて拍子抜けしてしまう。
「えーっと、確か、神谷……だったよな?」
「そ! 俺、神谷亮。お前って、篠原と仲良かった奴だよな?」
「あー、まぁ……」
仲良かったと言われると、少々抵抗がある。日下は篠原に対して、あまり好意的な感情は抱いていない。加奈が夢中になっているのもあるし、何より悠真がおかしくなったのは、去年、篠原が転校してきてからだと思うからだ。
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