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Chapter2〈4 クラスの王様〉

ep50 その日は、何でもない1日でした。

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「悠真、じゃあなー」

「あぁ、またな」

 西田は周囲の雑音を聞き流し、席を立った。廊下の人並みに紛れて歩く。人の視線を避けるように、自分の目線は常に足元にある。歩いていると、後ろからどんと何かが背中に当たった。
 驚いて視線を上げると、村上が舌打ちをした。

「邪魔なんだよカス」

「……ごめん」

 西田が誤った頃には、村上たちはもう先へ行っていた。

――――――――――――――――
晃 @chie24_×××

後ろからぶつかってきといて邪魔って言われたんだけど。何様なんだよ。ムカつく

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 西田はカバンの持ち手を握り、再び歩き出した。普通に歩いていても追い越される速さで歩く。周囲はまるで西田を見ていない。まるで空気になったようだ。誰も自分に興味がない。それならいっそ、完全に消えてなくなればいいのに。
 肩を叩かれて、西田は再び顔を上げた。咲乃が、柔らかく微笑んでいた。

「また明日」

 目を細めて西田に告げると、軽やかな足取りで追い越していく。西田は反応が遅れて何も言えずに、その後姿を見送った。




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晃 @chie24_×××

あいつら教室で騒いでてうるせぇ

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晃 @chie24_×××

加奈ちゃんめちゃくちゃ可愛いいいい。髪型変えたの超似合ってる♡♡♡♡♡

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晃 @chie24_×××

クラスメイト全員嫌い

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晃 @chie24_×××

顔が良いと笑ってるだけで好かれて得ですね

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晃 @chie24_×××

何か楽しいことねーかな

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晃 @chie24_×××

授業ダル

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晃 @chie24_×××

チエちゃんのグッズ絶対買う

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晃 @chie24_×××

井の中の勘違い野郎が、声がデカいだけで「オレwww世界のwww中心wwwwww」ってツラしてんの恥ずかしくないのかな

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晃 @chie24_×××

ぱにぱに2期始まったぁ!

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晃 @chie24_×××

クソしね

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晃 @chie24_×××

自分の存在自体が社会の害悪なのそろそろ気づけよカス

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 ベッドに寝っ転がって、SNSに投稿された呟きをスライドしていく。心の底に溜まった鬱憤を吐き出せるのは鍵垢のSNSだけだ。家や学校では口数の少ない西田でも、インターネット上だけは饒舌になった。


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晃 @chie24_×××

あいつらマジ全員消えろ

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 SNSに書き込んだ言葉が、タイムラインに乗る。西田はスマートフォンの画面を切った。気怠い気持ちで天井を見上げる。すぐに今日の宿題をやらなければならないのに、ずっ重いものが頭の中に居座っていてやる気がでなかった。そのまま目を閉じると、すぐに気怠い朝が来た。




――――――――――――――――
晃 @chie24_×××

あーあ。朝から数学とか激萎え・・・

――――――――――――――――

 西田が自分の席でスマホをいじっていると、突然スマホを奪われた。

「えっ、ちょっ……!」

 驚いて後ろを振り向く。スマホを奪ったのは村上だった。他の仲間たちと面白がって、西田のスマホの画面をスクロールする。

「『期待してたアニメクソすぎ。原作ぶちこわしてんじゃねぇよ。監督変えろ』? 何こいつイキってんだよ、きめぇな」

 村上が、昨晩投稿した文面を朗読した。

「か、返せよ!」

 スマホへ手を伸ばす。西田の肩を、村上の仲間が掴んで阻んだ。
 村上たちはゲラゲラ笑いながら西田の投稿を読み上げる。

「『あいつらマジ全員消えろ』……これ、誰のことだ?」

 村上が西田の眼前に、スマホの画面を向ける。

「……こ、これは」

 全身から血の気が引いた。顔中に冷や汗が流れる。身体は異様に熱くなっていた。

 まずい――。

 西田が必死に抵抗して、スマホの方へ手を伸ばす。しかし、振り回された手は宙を掻くばかりで、一向にスマホまで届かない。

「『自分の存在自体が社会の害悪なのそろそろ気づけよカス』『村上のゴミが、マジで消えろ。苦しみながら絶望にまみれて死ね』」

「あっ……あぁ……」

 西田の口から絶望の声が漏れた。言い逃れはできない。そこにははっきりと、“村上”と書いてあるのだから。

 次の瞬間、西田の腹に衝撃が来た。一瞬視界が真っ白になり、息がつまる。後発の痛みがじわじわと腹部に広がる。腹を殴られたのだ。

「おーい、石淵。お前のことも書かれてるぞ。『サッカー部で一番下手くそなくせに、体育で熱くなってんのクソ寒い』ってさ」

 村上の仲間が、別のグループで喋っていた石淵に声をかける。石淵たち近づいてきて、西田のスマホ画面を覗いた。

「は? ふざけんなよ、おい」

 石淵に睨まれ、西田は絶望に顔をこわばらせた。

 村上たちが西田の投稿内容を読み上げる。西田のスマホは、男子たちに回されて格好のネタとして扱われた。今やクラスメイト全員が、遠巻きから西田達のことを見ている。

 小林が、ニヤニヤ笑みを浮かべながら西田のスマホの画面をスクロールして、わざとらしくふざけた声で言った。

「これ見ろよ。『自分面白い奴って思ってるけど何一つ喋ってる事面白くねーから。他人下げてるだけで笑いのセンスゼロ』だって。西田に言われたくないんですけどー」

 小林が内容を読み上げると、中川が横からスマホを覗き込んで楽しそうに笑っていた。

「うっわ、なにこれ『今日も加奈ちゃんめっちゃ可愛い』『このキャラ、加奈ちゃんに似てる気がw』『今月こそは加奈ちゃんの隣りになりたい』だって。きっっもッッ。澤田のストーカーかよ!」

 中川がふざけて読み上げる。顔を青ざめさせた澤田加奈と、彼女を守るように囲んで西田に敵意を向ける女子たちの視線に、西田は恥ずかしさのあまり泣きたくなった。

 現実リアルでは言えないことを、SNSで発散するのは気持ちが良かった。鍵垢にしておけば何を書いても安全だろうと思ていたから、実名をそのまま書いてしまっていた。まさか、こんなんふうに晒されるなんて思ってもいなかった。

 呆然と女子たちに慰められる澤田加奈を眺めていると、西田の頬に強い衝撃をくらった。
 意識が飛びそうになるほどの強い打撃に、整列された机を巻き倒して後ろによろめく。すぐに制服を掴まれ、引きずられるようにして起こされた。

「人のことキメぇ目で見てんじゃねぇよ」

 今までに聞いたことの無いような、日下の腹の底から沸き起こるような怒声。再び頬を殴られ、西田は倒れた。

 腹を蹴られる鈍い痛み。口の中の唾液が喉の奥に絡みついて、激しく咳き込む。
 西田は泣きじゃくりながら何度も謝った。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。締め切られたドアの外では、廊下や隣のクラスの生徒たちの楽しそうな声が遠くに聞こえる。

 どうして、だれも助けてくれないんだろうと思った。こんなに大きな音を立てているはずなのに。いつもなら、他クラスから遊びに来る生徒もいるはずなのに。

 日下は、短く浅い呼吸を繰り返す西田の胸倉を掴み、拳を振り上げた。

「……何すんだよ、篠原」

 日下が押し殺した声で呻く。咲乃は日下の手首を掴んだまま、視線で時計を指示した。

「そろそろ、チャイムが鳴る」

 日下が時計に目を向けると、咲乃の言う通り時刻は朝礼が始まる頃合いになっていた。今のうちに教室の机や、泣きじゃくっている西田のことを何とかしなくては、担任の増田に見つかってしまう。

 日下は舌打ちをした後、西田から手を離し、咲乃の手を振りほどいた。床に倒れる西田は、小さくすすり泣いたまま床の上に蹲っている。
 咲乃は西田の顔を見て、目立った傷が無いことを確認した。

「過呼吸になってる。誰か袋持ってきて。保健委員、西田くんを保健室へ連れて行ってあげて。中川くんたちは机をきれいに並べ直しておく。澤田さんは大丈夫? 日下くん、きみ、今の状態で授業に出られる?」

 日下は加奈と目が合うと、強く舌打ちして何も言わずに自分の席へ戻った。

「何お前が仕切ってんだ? 偉そうに指図してんじゃねぇよ!」

 村上が詰めよると、咲乃は西田の机を元に戻して、村上に顔を向けた。

「この状況、学校や保護者に知られたい?」

「あ゛?」

 村上が威圧すると、咲乃は冷めた目で彼を睨んだ。

「手を出したのはきみたちだ。最も都合が悪いのは、きみたちなんじゃない?」

 村上は返す言葉に詰まると、近くの机を蹴り倒し自分の席へ戻った。

「はいはーい、みんな見世物は終了。早くしないと先生来ちゃうよ? 机もどして、ほら」

 今まで傍観していた悠真が両手を叩く。悠真が指示を出すと、みんなしぶしぶ荒れた机を直して、自分の席についた。
 咲乃は床に落ちた西田のカバンを拾うと、埃を払って机の横のフックにかける。

 担任が来るまでに教室はきれいに整えられ、そのまま何事もなく朝礼がすすめられた。西田は、体調不良を理由に午前中のうちに早退し、その日一日、今朝の出来事はまるでなかったように元通りになった。
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