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〈3 葛藤と決意の間〉
ep33 もういくつ寝ると冬休み
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「これ、なんですか……?」
冬休みまであと一週間。楽しい冬休みに想いを馳せて待ちわびていたある日のこと、篠原くんが渡したのは、冬休み期間中に行う勉強の計画表だった。エクセルで作られていてとても見やすい計画表ではあるけれど、毎日午後13時から夜の17時まで篠原くんと勉強することになっている。
篠原くんが毎日来るということは課題も毎日出されるというわけで、学校の宿題と並行してこなさなければいけないことになる。そうなると、一日何時間勉強することになるだろう。
あれ? おかしいな。わたしが思ってた冬休みの過ごし方と違う。
篠原くんは、夜中までゲームして昼過ぎに起きたり、推しかプ妄想絵をSNSに垂れ流したり、何時間も渋を見漁ったり、もらったお小遣いをアプリに課金するかで何時間も悩んだりしないのかな。そうこうしているうちに冬休みの宿題するのを忘れて、始業式の前日に泣きながら溜まった宿題をやったりなんてしないの?
たとえ長期休みに入ったとしても、わたしたちのやることは変わらないってこと? いや、むしろ、普通に学校がある日以上に勉強することになるんじゃないだろうか。この計画表を見る限り、ひたすら2年生の範囲を復習、応用、復習の繰り返しだ。
「篠原くん」
「ん? どうしたの、津田さん」
「篠原くんは、冬休みの予定はないんですか?」
わたしのために勉強を教えに来てくれる篠原くんの気持ちはありがたい。だけど、けして無理はしないでほしい。わたしなんかのために貴重な冬休みを使ってしまうのはもったいないと思うの。
いや別に、勉強をさぼりたいとかじゃないんだけどさ。篠原くんだって、本当はせっかくの冬休みを満喫したいんだよね? ねッ?!
「特に何も?」
「おじさんとお出かけとかは?」
おじさんと旅行に行ったりしないの? 篠原くんが旅行に行きたいって言えば、きっと喜んで連れてってくれるよ?
「3月にスイスのジェネーブで時計の展示会があって、それに向けて作品を完成させなくちゃいけないから、それまで外出はないんじゃないかな」
「そう、ですか」
そっか、お仕事じゃ仕方ないのかな。たまには息抜きも大事だと思うんだけど……。
「じゃあ、神谷くんとのご予定は?」
お調子者の神谷くんのことは、時々篠原くんから話を聞いている。
「冬休み中はお店が繁忙期に入るから、お小遣い稼ぎに手伝うって言ってたよ? それから、一番上のお兄さんの帰省があったり、親戚同士の付き合いもあるって」
なるほど、神谷くんは神谷くんで充実した冬休みを送るということか。
「それなら、重田くんは?」
「サッカー部の冬季合宿と、塾があるって」
「では、他のお友達とのご予定は!?」
篠原くんを遊びに誘いたい友達はさぞ多いことだろう。冬休みと言えば、クリスマスパーティとか、初詣とか色々あるし!
「全て断ってあるけど」
「なんでですか!」
「冬休みは忙しいから」
「忙しい……? だったら、そちらを優先してもらった方が……」
多忙なことを理由に数多の誘いを断ったはずの篠原くんが何でこんなところでわたしの勉強を見てるの? いや、ありがたいんだけどね。けしてサボりたいわけじゃないんだけど。
「冬休み中こそ勉強の遅れを取り戻す絶好の機会でしょう? 少しでも無駄にはしたくないからね」
分かってる。引きこもりは散々学校サボってきたんだから、冬休みくらいは勉強しろって話になるのは。
でも、一日も勉強休みがないのはさすがに誰だって辛いはずだ。確かに、篠原くんの美しいお顔と向かい合って勉強できる時間は、わたしにとってこの上ない幸福なんだけど、それでも1日のほとんどは数式と向き合っているのであって篠原くんのご尊顔を鑑賞して過ごしているわけでは無い。篠原くんと同じ空間にいさせてもらって同じ空気を吸わせていただいているのは、わたしの癖に過分であるとは理解している。だけど、それでもずっと勉強し続けているとストレスも溜まるし、息も詰まるのだ。
普通に考えても、これは健全な中学生の冬休みの過ごし方ではないと思うの。もちろん、勉強は大事だけど、適度にやるのがいいのであって、受験生でもないのに一日10時間も勉強したりは普通しないよね。来年からは受験だし、自由に遊べるのだって今年きりだ。それなのに、今こんなに勉強していたら、せっかくの青春時代が勿体ないんじゃないだろうか。わたしは少なくともそう思う。けして勉強をサボりたいとか、そう言うのじゃなくて。
「篠原くん、クリスマスのご予定はありますか?」
既に勉強を始めて黙々とペンを動かしている篠原くんに、遠慮がちに声をかける。篠原くんは視線を問題集に落としたまま答えた。
「別にないよ」
「ちなちゃんが、みんなでクリスマスパーティしようって誘ってくれているんです。篠原くんも行きますよね?」
行きませんか? ではない。これは決定事項だ。篠原くんにも、冬休みを楽しんでもらいたいのだ。わたしのために。
「どこでするの?」
「ちなちゃんの家です。プレゼント交換もします」
「メンバーは?」
「多分、わたしたちだけだと思いますけど……」
あれ? その辺ちゃんと聞いてなかったな。「みんなで」って言ってたけど、ちなちゃん友達多いし、もしかするとわたしと篠原くんだけではないのかも。今更そんなことに思い当たって不安に感じていると、篠原くんは特に興味なさげに首を振った。
「俺は良いよ。そういうの面倒だから」
「そ、そうですか……」
本当に? 篠原くん、本当にクリスマスパーティ行かないの? せっかくちなちゃんが誘ってくれたのに。他の子が来るなら、わたしだってパーティには参加しずらい。その辺、あとでちゃんと確認しておかなきゃ。
わたしも勉強しよ。
カリカリカリカリ……。黙って、ペンを動かす。
あれ、なんだろう。視界がぼやけてる。さっきから鼻水とまらないな。目の周りが熱い。ぬぐってもぬぐっても視界はぼやけたままだし、なんでだろ。
「津田さん、なんで泣いてるの?」
「ウッ、ヒグッ、べ、べつに、なんでもないでず……グズッ」
お゛や゛す゛み゛ほ゛し゛ぃ゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ……。
篠原くんから、勉強のお休みをもらった。今日はずっと見たかったアニメをみるんだ。
「あれ、篠原くん。来たんですか?」
せっかくの勉強休みなんだから、篠原くんも自由に過ごせばいいのに。
「あれから、津田さん大丈夫かなって」
ふんわり曖昧な顔で笑った篠原くんの顔を見て、はてと首をかしげる。何が大丈夫なんだろうか。
「今日は一日、ずっと見たかったアニメを観ようと思っているんです。篠原くんも観ませんか?」
「うん。暇だから、ご一緒させてもらおうかな」
これは、篠原くんをアニメ沼に引きずり込むチャンスだ。
篠原くんをアニメ沼に引きずりこもうと思って選んだのは、今年流行った少年漫画が原作のアニメだ。
様々な任務をこなしながら敵のスパイと戦う、異能×スパイ×学園ものの作品で、神作画と熱い展開で人気がある。もともとわたしは、WEBマンガで読んでたから先の展開は知っているんだけど、アニメ化とあってはやっぱりワクワクするものだ。
「はぁっ……浅田くんの声、主人公にぴったり……!」
主人公の声がそのまんますぎてすごくいい! 今まで浅田くんって脇役のキャラの声を当てることが多かったから、今回初の主人公役なんだよなぁ。感慨深いなぁ。
「あっ、この人確か死んじゃうんですよ! はじめてマンガ読んだ時、活躍しそうだなって思ってたのに、すぐに死んじゃってびっくりしたんです!」
「津田さん、先の展開を言うのはマナー違反だよ」
「すみません、ついテンション上がっちゃって」
1話目からすっかりアニメに夢中になっているわたしとは対照的に、篠原くんは適当に相槌を打ちながら、それでも黙って観てくれている。元々小説を読んだり、映画を観ること自体は好きらしいし、何だかんだ楽しんでいるようだ。
「アニメのミシマくん……きゃわ……」
主人公のライバルポジションである未志麻遥くん。原作の時からの推しだけど、動いて喋ってるミシマくんが最高に可愛い。
ミシマくんは、家柄も才能もある天才と呼ばれる秀才で、クールで頭脳派。最初は、養成学校で一番劣っていた主人公を眼中にも入れて無かったのに、強く成長していく主人公を徐々に意識し始める。ビジュアルがよくて女の子にモテる上に、既にプロとして活動するほどの実力の持ち主だ。でも実は過去にトラウマを持っていて、常に周囲の人間と距離を置いている。誰にも心を開かず、主人公にも冷たく突き放す感じだったのだが、だんだん主人公にも心を開いてきて、主人公の良き理解者になっていくのだ。
ミシマくんのグッズ出たら絶対買おう。あと、ミシマくんと主人公カプの二次創作も漁ろう。
「津田さんって、ほんとうにこういうの好きだよね」
「えっ、可愛くないですか? ミシマくん!」
冷めた様子の篠原くんにびっくりしてしまう。確かにまだ序盤で、どんなキャラかわかってないのもあるかもだけど。
この先の展開では、主人公を認めたミシマくんにツンデレ要素も追加される。普段クールぶってるから、なかなか素直になれなくて、ついツンツンしてしまうのだが、そこが最高にかわいいギャップというか。「主人公、主人公」ってなってるミシマくんが最高に主人公愛が深いというか。とにかく、腐女子の妄想をとてつもなく掻き立てる最高に愛らしいキャラだと思う。声優さんも大好きな田辺さんだし。ミシマくんを好きにならない要素が逆に見当たらないのだが……?
「でも所詮は架空の登場人物だよね? よくそこまで熱中できるなぁって」
不思議そうに言う篠原くんの言葉は衝撃的だった。これが、非オタとオタクのアニメの観方の違いなのか?
「篠原くん、ミシマくんは生きているんです」
「え?」
「ミシマくんは低血圧なので、朝はなかなか起き上がれません。10分くらいぼーっとした後、歯を磨き、シャワーを浴びたあとは、朝食をとります。朝食はチーズののった、半熟の目玉焼きとトースター。毎朝ミルクは欠かせません。その後、任務がなければ学園へ行きます。元はおぼっちゃんなので、苦手な家事や自炊だって頑張ってるんです。そして、夜は主人公の抱き枕を抱いて寝ているんです!」
ミシマくんだって風邪を引くし、トイレにだって行くのだ。
「会えないだけで別の次元では、ミシマくんは生きているんです!!」
「……そう、なんだ」
篠原くんは、なんとも言えずに黙り込んでしまった。
次元が違うから会えないだけで、ミシマくんは存在してるんだもんね、ミシマくん。
アニメを一気に3話までしっかり見た。展開も早いし、見どころ多いし、ミシマくんも可愛いし、とにかく最高だったな。本当はもっと見たいけど、さすがにずっと見ているのは来てくれた篠原くんにも悪いので今日はこの辺にしよう。
「どうでした? 篠原くん。アニメハマりました?」
もし気に入ってくれたのなら、原作の方もお勧めしますよ。公式アプリなら無料で読めますからね。
「面白かったと思うよ。津田さんの狂気も見れたしね」
きょうき? そんなものありましたっけ。
残念ながら、篠原くんをアニメ沼に引きずり込むことはできなかったようだ。
「篠原くん、あれからクリスマスのご予定は?」
「特にないよ」
ちなちゃんのクリスマスパーティの件は、他の子もいるということで辞退させてもらった。残念だけど、ちなちゃんには友達が多いのでしかたない。
去年のクリスマスは部屋に引きこもってたから、ボッチで寂しくゲームして過ごしていたな。今年のクリスマスは、美味しいものを食べて過ごしたい。
「クリスマスパーティと言うほどでもないんですけど、お母さんがごちそうを作ってくれるんです。篠原くんもおじさんと一緒にどうですか?」
「うん、お邪魔させていただくね」
なんと。断られるかと思ったのに。篠原くんたちとクリスマスを過ごせるなんて、一生分の幸運を今年のクリスマスにつぎこんでるんじゃないだろうか。
冬休みまであと一週間。楽しい冬休みに想いを馳せて待ちわびていたある日のこと、篠原くんが渡したのは、冬休み期間中に行う勉強の計画表だった。エクセルで作られていてとても見やすい計画表ではあるけれど、毎日午後13時から夜の17時まで篠原くんと勉強することになっている。
篠原くんが毎日来るということは課題も毎日出されるというわけで、学校の宿題と並行してこなさなければいけないことになる。そうなると、一日何時間勉強することになるだろう。
あれ? おかしいな。わたしが思ってた冬休みの過ごし方と違う。
篠原くんは、夜中までゲームして昼過ぎに起きたり、推しかプ妄想絵をSNSに垂れ流したり、何時間も渋を見漁ったり、もらったお小遣いをアプリに課金するかで何時間も悩んだりしないのかな。そうこうしているうちに冬休みの宿題するのを忘れて、始業式の前日に泣きながら溜まった宿題をやったりなんてしないの?
たとえ長期休みに入ったとしても、わたしたちのやることは変わらないってこと? いや、むしろ、普通に学校がある日以上に勉強することになるんじゃないだろうか。この計画表を見る限り、ひたすら2年生の範囲を復習、応用、復習の繰り返しだ。
「篠原くん」
「ん? どうしたの、津田さん」
「篠原くんは、冬休みの予定はないんですか?」
わたしのために勉強を教えに来てくれる篠原くんの気持ちはありがたい。だけど、けして無理はしないでほしい。わたしなんかのために貴重な冬休みを使ってしまうのはもったいないと思うの。
いや別に、勉強をさぼりたいとかじゃないんだけどさ。篠原くんだって、本当はせっかくの冬休みを満喫したいんだよね? ねッ?!
「特に何も?」
「おじさんとお出かけとかは?」
おじさんと旅行に行ったりしないの? 篠原くんが旅行に行きたいって言えば、きっと喜んで連れてってくれるよ?
「3月にスイスのジェネーブで時計の展示会があって、それに向けて作品を完成させなくちゃいけないから、それまで外出はないんじゃないかな」
「そう、ですか」
そっか、お仕事じゃ仕方ないのかな。たまには息抜きも大事だと思うんだけど……。
「じゃあ、神谷くんとのご予定は?」
お調子者の神谷くんのことは、時々篠原くんから話を聞いている。
「冬休み中はお店が繁忙期に入るから、お小遣い稼ぎに手伝うって言ってたよ? それから、一番上のお兄さんの帰省があったり、親戚同士の付き合いもあるって」
なるほど、神谷くんは神谷くんで充実した冬休みを送るということか。
「それなら、重田くんは?」
「サッカー部の冬季合宿と、塾があるって」
「では、他のお友達とのご予定は!?」
篠原くんを遊びに誘いたい友達はさぞ多いことだろう。冬休みと言えば、クリスマスパーティとか、初詣とか色々あるし!
「全て断ってあるけど」
「なんでですか!」
「冬休みは忙しいから」
「忙しい……? だったら、そちらを優先してもらった方が……」
多忙なことを理由に数多の誘いを断ったはずの篠原くんが何でこんなところでわたしの勉強を見てるの? いや、ありがたいんだけどね。けしてサボりたいわけじゃないんだけど。
「冬休み中こそ勉強の遅れを取り戻す絶好の機会でしょう? 少しでも無駄にはしたくないからね」
分かってる。引きこもりは散々学校サボってきたんだから、冬休みくらいは勉強しろって話になるのは。
でも、一日も勉強休みがないのはさすがに誰だって辛いはずだ。確かに、篠原くんの美しいお顔と向かい合って勉強できる時間は、わたしにとってこの上ない幸福なんだけど、それでも1日のほとんどは数式と向き合っているのであって篠原くんのご尊顔を鑑賞して過ごしているわけでは無い。篠原くんと同じ空間にいさせてもらって同じ空気を吸わせていただいているのは、わたしの癖に過分であるとは理解している。だけど、それでもずっと勉強し続けているとストレスも溜まるし、息も詰まるのだ。
普通に考えても、これは健全な中学生の冬休みの過ごし方ではないと思うの。もちろん、勉強は大事だけど、適度にやるのがいいのであって、受験生でもないのに一日10時間も勉強したりは普通しないよね。来年からは受験だし、自由に遊べるのだって今年きりだ。それなのに、今こんなに勉強していたら、せっかくの青春時代が勿体ないんじゃないだろうか。わたしは少なくともそう思う。けして勉強をサボりたいとか、そう言うのじゃなくて。
「篠原くん、クリスマスのご予定はありますか?」
既に勉強を始めて黙々とペンを動かしている篠原くんに、遠慮がちに声をかける。篠原くんは視線を問題集に落としたまま答えた。
「別にないよ」
「ちなちゃんが、みんなでクリスマスパーティしようって誘ってくれているんです。篠原くんも行きますよね?」
行きませんか? ではない。これは決定事項だ。篠原くんにも、冬休みを楽しんでもらいたいのだ。わたしのために。
「どこでするの?」
「ちなちゃんの家です。プレゼント交換もします」
「メンバーは?」
「多分、わたしたちだけだと思いますけど……」
あれ? その辺ちゃんと聞いてなかったな。「みんなで」って言ってたけど、ちなちゃん友達多いし、もしかするとわたしと篠原くんだけではないのかも。今更そんなことに思い当たって不安に感じていると、篠原くんは特に興味なさげに首を振った。
「俺は良いよ。そういうの面倒だから」
「そ、そうですか……」
本当に? 篠原くん、本当にクリスマスパーティ行かないの? せっかくちなちゃんが誘ってくれたのに。他の子が来るなら、わたしだってパーティには参加しずらい。その辺、あとでちゃんと確認しておかなきゃ。
わたしも勉強しよ。
カリカリカリカリ……。黙って、ペンを動かす。
あれ、なんだろう。視界がぼやけてる。さっきから鼻水とまらないな。目の周りが熱い。ぬぐってもぬぐっても視界はぼやけたままだし、なんでだろ。
「津田さん、なんで泣いてるの?」
「ウッ、ヒグッ、べ、べつに、なんでもないでず……グズッ」
お゛や゛す゛み゛ほ゛し゛ぃ゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ……。
篠原くんから、勉強のお休みをもらった。今日はずっと見たかったアニメをみるんだ。
「あれ、篠原くん。来たんですか?」
せっかくの勉強休みなんだから、篠原くんも自由に過ごせばいいのに。
「あれから、津田さん大丈夫かなって」
ふんわり曖昧な顔で笑った篠原くんの顔を見て、はてと首をかしげる。何が大丈夫なんだろうか。
「今日は一日、ずっと見たかったアニメを観ようと思っているんです。篠原くんも観ませんか?」
「うん。暇だから、ご一緒させてもらおうかな」
これは、篠原くんをアニメ沼に引きずり込むチャンスだ。
篠原くんをアニメ沼に引きずりこもうと思って選んだのは、今年流行った少年漫画が原作のアニメだ。
様々な任務をこなしながら敵のスパイと戦う、異能×スパイ×学園ものの作品で、神作画と熱い展開で人気がある。もともとわたしは、WEBマンガで読んでたから先の展開は知っているんだけど、アニメ化とあってはやっぱりワクワクするものだ。
「はぁっ……浅田くんの声、主人公にぴったり……!」
主人公の声がそのまんますぎてすごくいい! 今まで浅田くんって脇役のキャラの声を当てることが多かったから、今回初の主人公役なんだよなぁ。感慨深いなぁ。
「あっ、この人確か死んじゃうんですよ! はじめてマンガ読んだ時、活躍しそうだなって思ってたのに、すぐに死んじゃってびっくりしたんです!」
「津田さん、先の展開を言うのはマナー違反だよ」
「すみません、ついテンション上がっちゃって」
1話目からすっかりアニメに夢中になっているわたしとは対照的に、篠原くんは適当に相槌を打ちながら、それでも黙って観てくれている。元々小説を読んだり、映画を観ること自体は好きらしいし、何だかんだ楽しんでいるようだ。
「アニメのミシマくん……きゃわ……」
主人公のライバルポジションである未志麻遥くん。原作の時からの推しだけど、動いて喋ってるミシマくんが最高に可愛い。
ミシマくんは、家柄も才能もある天才と呼ばれる秀才で、クールで頭脳派。最初は、養成学校で一番劣っていた主人公を眼中にも入れて無かったのに、強く成長していく主人公を徐々に意識し始める。ビジュアルがよくて女の子にモテる上に、既にプロとして活動するほどの実力の持ち主だ。でも実は過去にトラウマを持っていて、常に周囲の人間と距離を置いている。誰にも心を開かず、主人公にも冷たく突き放す感じだったのだが、だんだん主人公にも心を開いてきて、主人公の良き理解者になっていくのだ。
ミシマくんのグッズ出たら絶対買おう。あと、ミシマくんと主人公カプの二次創作も漁ろう。
「津田さんって、ほんとうにこういうの好きだよね」
「えっ、可愛くないですか? ミシマくん!」
冷めた様子の篠原くんにびっくりしてしまう。確かにまだ序盤で、どんなキャラかわかってないのもあるかもだけど。
この先の展開では、主人公を認めたミシマくんにツンデレ要素も追加される。普段クールぶってるから、なかなか素直になれなくて、ついツンツンしてしまうのだが、そこが最高にかわいいギャップというか。「主人公、主人公」ってなってるミシマくんが最高に主人公愛が深いというか。とにかく、腐女子の妄想をとてつもなく掻き立てる最高に愛らしいキャラだと思う。声優さんも大好きな田辺さんだし。ミシマくんを好きにならない要素が逆に見当たらないのだが……?
「でも所詮は架空の登場人物だよね? よくそこまで熱中できるなぁって」
不思議そうに言う篠原くんの言葉は衝撃的だった。これが、非オタとオタクのアニメの観方の違いなのか?
「篠原くん、ミシマくんは生きているんです」
「え?」
「ミシマくんは低血圧なので、朝はなかなか起き上がれません。10分くらいぼーっとした後、歯を磨き、シャワーを浴びたあとは、朝食をとります。朝食はチーズののった、半熟の目玉焼きとトースター。毎朝ミルクは欠かせません。その後、任務がなければ学園へ行きます。元はおぼっちゃんなので、苦手な家事や自炊だって頑張ってるんです。そして、夜は主人公の抱き枕を抱いて寝ているんです!」
ミシマくんだって風邪を引くし、トイレにだって行くのだ。
「会えないだけで別の次元では、ミシマくんは生きているんです!!」
「……そう、なんだ」
篠原くんは、なんとも言えずに黙り込んでしまった。
次元が違うから会えないだけで、ミシマくんは存在してるんだもんね、ミシマくん。
アニメを一気に3話までしっかり見た。展開も早いし、見どころ多いし、ミシマくんも可愛いし、とにかく最高だったな。本当はもっと見たいけど、さすがにずっと見ているのは来てくれた篠原くんにも悪いので今日はこの辺にしよう。
「どうでした? 篠原くん。アニメハマりました?」
もし気に入ってくれたのなら、原作の方もお勧めしますよ。公式アプリなら無料で読めますからね。
「面白かったと思うよ。津田さんの狂気も見れたしね」
きょうき? そんなものありましたっけ。
残念ながら、篠原くんをアニメ沼に引きずり込むことはできなかったようだ。
「篠原くん、あれからクリスマスのご予定は?」
「特にないよ」
ちなちゃんのクリスマスパーティの件は、他の子もいるということで辞退させてもらった。残念だけど、ちなちゃんには友達が多いのでしかたない。
去年のクリスマスは部屋に引きこもってたから、ボッチで寂しくゲームして過ごしていたな。今年のクリスマスは、美味しいものを食べて過ごしたい。
「クリスマスパーティと言うほどでもないんですけど、お母さんがごちそうを作ってくれるんです。篠原くんもおじさんと一緒にどうですか?」
「うん、お邪魔させていただくね」
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