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〈2 ダイアモンドリリー〉
ep21 真夜中のホットミルクココア
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神谷の話は他クラスまで広まり、ある種の騒ぎになっていた。事情を知っているバスケ部の部員の話によると、試合中、相手チームのボールパスを阻止する際、ジャンプの着地に失敗し、右足首を骨折してしまったようだ。原因は、睡眠不足が原因だったらしい。完治には、手術とリハビリが必要で、2カ月ほどの入院が必要だという。
「神谷の体調不良、誰も気付かなかったのか?」
「全然。顔色とかも普通だったし、いつも通り元気そうだったから誰も気付かなかったんだ。タジちゃんだって、体調が悪いとわかっていたら出さなかったはずだし」
「ばかだなぁ、神谷」
具合が悪いのを隠して、無理に試合に出て怪我したのであれば、神谷の自業自得だ。呆れる半面、みんな、心の中では神谷のことを心配してもいた。
「今日の放課後、みんなで神谷くんのお見舞いに行かない?」
「いいね、行こう行こう!」
「見舞いの定番と言えば花か?」
「神谷は花よりジュースだな」
神谷のお見舞いの話しで盛り上がるなか、結子は相変わらず、自分の席からその和やかな様子を眺めていた。
みんなの輪の中にいる咲乃は、笑っているように見えて、どこか悲しそうにも見える。
遠目から見つめている結子を、咲乃が見返した。唐突に目が合い、結子は慌てて視線を落としたが、すでに咲乃はみんなの輪から抜けると、自分の席で小さくなっている結子の前に立った。
「中本さん、俺と神谷のお見舞いに行かない?」
咲乃の優しい声が降りかかり、結子は顔を赤くしたまま目を泳がせた。
「篠原くんは、みんなと行かないの?」
咲乃の誘いは嬉しかったが、彼を取り巻く集団の中に結子が入る勇気はない。結子がおずおずと尋ねると、咲乃は緩く微笑んだ。
「みんなとは別で行くよ。神谷と二人で話したいことがあるから」
「でも、私、理央と行く約束が……」
結子は申し訳なく思いながら、ちらりと理央の方を見た。これではまるで、理央が邪魔だから一緒にいけないと言っているみたいだ。そんなつもりはないのに、理央に対して罪悪感をおぼえてしまう。
咲乃は理央に目を向けると、穏やかに笑いかけた。
「田中さんも一緒に行く? 皆で行った方があいつも喜ぶと思うし」
理央は呆れた顔で結子を見ると、首を横に振った。
「ふたりで行きなよ。私、他の子を誘って行くから」
理央に軽く背中を叩かれて、結子は限界まで顔を真っ赤にさせた。
*
雅之は時計の組み立て作業にふと息をつき、腕を上げて肩や背中を伸ばした。深夜0時をまわっている時計を見て、もうこんな時間かと驚く。
キッチンの電気ケトルでお湯を沸かし、二つのマグカップにそそぐと、雅之は2階の咲乃の部屋まで運んだ。
咲乃は、毎晩おそくまで勉強をしていて、時に深夜近くまで起きていることがある。勉強熱心なのは良いことだが、時々ストイックになりすぎる癖があるのを、雅之は心配していた。
「咲乃、少し一休みしないかい?」
ホカホカ湯気立つココアをもって穏やかに笑うと、咲乃はドアを押さえて雅之を部屋に迎え入れた。
「お友達のこと聞いたよ。明日は、お見舞いに行くんだろう?」
「はい。神谷のことなので、何か要求されそうですけど」
困ったように笑う咲乃を見て、雅之は穏やかに笑った。
「元気になったら、うちに連れておいでよ。咲乃の友達は、いつ来ても大歓迎だから」
「神谷だけは絶対に呼びません。部屋を荒らされたら嫌なので」
よほど神谷を家に入れたくないのか、咲乃の口調はきっぱりした物言いだった。咲乃がここまで遠慮のない態度を見せるのは珍しい。
頭がよく、人を見抜くことに長けた咲乃は、一般の中学生よりも大人びていて、誰に対しても自身の心内を見せることが無かった。最初の頃は雅之にさえ隙をみせようとしなかったくらいだ。そんな彼が、子供らしくムキになるのは、おそらく神谷の前くらいだろう。
雅之は、引っ越した先が英至町でよかったと、心から思った。昔の咲乃だったら、こうではいられなかったはずだから。
「家に呼ぶのが嫌なら、今度神谷さんのお店に行ってみようか。あそこのオムライス、すごく美味しいんだって」
「そうですね。俺も一度は行ってみたいです」
咲乃が笑って言うと、雅之は穏やかに微笑んでココアに口を付けた。
「ねぇ、咲乃。何か困っていることはない?」
「困っていること……?」
雅之に尋ねられて、咲乃は不思議そうに首をかしげた。
「いえ、特に無いですね」
「そう。それなら、良いんだけど」
雅之はにこりと微笑み、僅かに残ったココアに視線を落とす。カップをゆっくり廻すと、蛍光灯のあかりを受けてとろりと光るココアを眺めた。
中学生とは思えないほどしっかりしていて、一般の中学生よりも大人びた彼は、ひとりで何でもこなせてしまう。雅之の力を借りなくとも。
でもね、咲乃。
「困ったことがあったら、いつでも僕を頼ってね」
きみはまだ、大人に守られるべき未成年なのだから。
「ありがとうございます、叔父さん。でも、大丈夫です」
そう言って笑った咲乃の表情の中にあるものを、雅之は気付いていた。しかし、それを追求するつもりはない。本当に大事な時に、助けを求めてさえくれればいいのだから。
咲乃の部屋を後にすると、雅之は長い睫毛を伏せた。
あの子には、大事なものが欠落している。それを埋められる日が、いつか来るのだろうか。
*
【超強力!? 好きな人とライバルを離縁させるおまじない!!】
用意するもの:
・離縁させたい相手と、手に入れたい人が映った写真。
・44センチ以上の長さの黒い刺繍糸1本。
手順1:二人が映った写真を「赤い糸は切れ、黒い糸が結ばれる」と唱えながら、何重にも黒い糸で巻き付ける。
手順2:黒い糸を巻いた写真を、4日間、暗くじめじめした場所に放置する。
手順3:4日後、黒い糸を巻き付けた写真を取り出し、「これであなたたちはおしまい」と唱えながらハサミで糸を切る。
※使った写真と意図は、必ず燃やして処分しましょう。あなたの念が溜まった写真と糸を処分せずに放置していると、おまじないをしたあなた自身に良くない影響を与える可能性があります! おまじないの取り扱いには十分に注意して行いましょう!!
――――
ベッドで寝ころがりながら、咲乃は、閲覧していたウェブページを閉じた。この前届いた手紙のことについて調べていたのだ。予想通り、その手紙はあるおまじないを模して送られていた。
糸を咲乃に切らせることは、おまじないとして有効なのかは分からない。だが、重要なのはおまじないの効果ではなく、この手紙がどういう意図で送られてきたかだった。送り主の意図としては、おまじないが本当に効くかどうかなど関係が無かったはず。このような不気味な手紙を送ることで、受け取り側に不安感や恐怖心を抱かせ、神谷と付き合い難くさせることが目的だったのだろう。しかも、糸を切らせた後に、縁切りのおまじないだったことを明かすあたり質が悪い。おまじないの類を信じない人間でも、嫌な気持ちにさせる。
神谷が試合中に倒れたのはたまたまだと分かっていた。咲乃はおまじないを信じるタイプの人間ではない。しかし、バスケにだけは本気だった神谷が、大事な試合の前日に睡眠不足で倒れたという点に違和感を抱いた。
前日に興奮して眠れないことがあったとしても、ゲームメイキングが得意な神谷が、自分の体調を考慮せず試合に出ることなどあるのだろうか。自身のコンディションは自分が一番よくわかっているはずだし、チーム全体のことを考えれば、そんなコンディションで試合に望むべきではないと判断するはず。不完全な体調で試合に出た神谷の判断は彼らしくない。どんなにチームメイトを怒らせても、ヘラヘラしながら出場を辞退して、ベンチから適切な代役を立てるのが彼のやり方だ。
「もしかして、前日に眠れなかったことを隠したかったのか……」
咲乃は小さく呟いた。もし、そうだとしたら、試合前日、神谷に何があったのだろう。
「神谷の体調不良、誰も気付かなかったのか?」
「全然。顔色とかも普通だったし、いつも通り元気そうだったから誰も気付かなかったんだ。タジちゃんだって、体調が悪いとわかっていたら出さなかったはずだし」
「ばかだなぁ、神谷」
具合が悪いのを隠して、無理に試合に出て怪我したのであれば、神谷の自業自得だ。呆れる半面、みんな、心の中では神谷のことを心配してもいた。
「今日の放課後、みんなで神谷くんのお見舞いに行かない?」
「いいね、行こう行こう!」
「見舞いの定番と言えば花か?」
「神谷は花よりジュースだな」
神谷のお見舞いの話しで盛り上がるなか、結子は相変わらず、自分の席からその和やかな様子を眺めていた。
みんなの輪の中にいる咲乃は、笑っているように見えて、どこか悲しそうにも見える。
遠目から見つめている結子を、咲乃が見返した。唐突に目が合い、結子は慌てて視線を落としたが、すでに咲乃はみんなの輪から抜けると、自分の席で小さくなっている結子の前に立った。
「中本さん、俺と神谷のお見舞いに行かない?」
咲乃の優しい声が降りかかり、結子は顔を赤くしたまま目を泳がせた。
「篠原くんは、みんなと行かないの?」
咲乃の誘いは嬉しかったが、彼を取り巻く集団の中に結子が入る勇気はない。結子がおずおずと尋ねると、咲乃は緩く微笑んだ。
「みんなとは別で行くよ。神谷と二人で話したいことがあるから」
「でも、私、理央と行く約束が……」
結子は申し訳なく思いながら、ちらりと理央の方を見た。これではまるで、理央が邪魔だから一緒にいけないと言っているみたいだ。そんなつもりはないのに、理央に対して罪悪感をおぼえてしまう。
咲乃は理央に目を向けると、穏やかに笑いかけた。
「田中さんも一緒に行く? 皆で行った方があいつも喜ぶと思うし」
理央は呆れた顔で結子を見ると、首を横に振った。
「ふたりで行きなよ。私、他の子を誘って行くから」
理央に軽く背中を叩かれて、結子は限界まで顔を真っ赤にさせた。
*
雅之は時計の組み立て作業にふと息をつき、腕を上げて肩や背中を伸ばした。深夜0時をまわっている時計を見て、もうこんな時間かと驚く。
キッチンの電気ケトルでお湯を沸かし、二つのマグカップにそそぐと、雅之は2階の咲乃の部屋まで運んだ。
咲乃は、毎晩おそくまで勉強をしていて、時に深夜近くまで起きていることがある。勉強熱心なのは良いことだが、時々ストイックになりすぎる癖があるのを、雅之は心配していた。
「咲乃、少し一休みしないかい?」
ホカホカ湯気立つココアをもって穏やかに笑うと、咲乃はドアを押さえて雅之を部屋に迎え入れた。
「お友達のこと聞いたよ。明日は、お見舞いに行くんだろう?」
「はい。神谷のことなので、何か要求されそうですけど」
困ったように笑う咲乃を見て、雅之は穏やかに笑った。
「元気になったら、うちに連れておいでよ。咲乃の友達は、いつ来ても大歓迎だから」
「神谷だけは絶対に呼びません。部屋を荒らされたら嫌なので」
よほど神谷を家に入れたくないのか、咲乃の口調はきっぱりした物言いだった。咲乃がここまで遠慮のない態度を見せるのは珍しい。
頭がよく、人を見抜くことに長けた咲乃は、一般の中学生よりも大人びていて、誰に対しても自身の心内を見せることが無かった。最初の頃は雅之にさえ隙をみせようとしなかったくらいだ。そんな彼が、子供らしくムキになるのは、おそらく神谷の前くらいだろう。
雅之は、引っ越した先が英至町でよかったと、心から思った。昔の咲乃だったら、こうではいられなかったはずだから。
「家に呼ぶのが嫌なら、今度神谷さんのお店に行ってみようか。あそこのオムライス、すごく美味しいんだって」
「そうですね。俺も一度は行ってみたいです」
咲乃が笑って言うと、雅之は穏やかに微笑んでココアに口を付けた。
「ねぇ、咲乃。何か困っていることはない?」
「困っていること……?」
雅之に尋ねられて、咲乃は不思議そうに首をかしげた。
「いえ、特に無いですね」
「そう。それなら、良いんだけど」
雅之はにこりと微笑み、僅かに残ったココアに視線を落とす。カップをゆっくり廻すと、蛍光灯のあかりを受けてとろりと光るココアを眺めた。
中学生とは思えないほどしっかりしていて、一般の中学生よりも大人びた彼は、ひとりで何でもこなせてしまう。雅之の力を借りなくとも。
でもね、咲乃。
「困ったことがあったら、いつでも僕を頼ってね」
きみはまだ、大人に守られるべき未成年なのだから。
「ありがとうございます、叔父さん。でも、大丈夫です」
そう言って笑った咲乃の表情の中にあるものを、雅之は気付いていた。しかし、それを追求するつもりはない。本当に大事な時に、助けを求めてさえくれればいいのだから。
咲乃の部屋を後にすると、雅之は長い睫毛を伏せた。
あの子には、大事なものが欠落している。それを埋められる日が、いつか来るのだろうか。
*
【超強力!? 好きな人とライバルを離縁させるおまじない!!】
用意するもの:
・離縁させたい相手と、手に入れたい人が映った写真。
・44センチ以上の長さの黒い刺繍糸1本。
手順1:二人が映った写真を「赤い糸は切れ、黒い糸が結ばれる」と唱えながら、何重にも黒い糸で巻き付ける。
手順2:黒い糸を巻いた写真を、4日間、暗くじめじめした場所に放置する。
手順3:4日後、黒い糸を巻き付けた写真を取り出し、「これであなたたちはおしまい」と唱えながらハサミで糸を切る。
※使った写真と意図は、必ず燃やして処分しましょう。あなたの念が溜まった写真と糸を処分せずに放置していると、おまじないをしたあなた自身に良くない影響を与える可能性があります! おまじないの取り扱いには十分に注意して行いましょう!!
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ベッドで寝ころがりながら、咲乃は、閲覧していたウェブページを閉じた。この前届いた手紙のことについて調べていたのだ。予想通り、その手紙はあるおまじないを模して送られていた。
糸を咲乃に切らせることは、おまじないとして有効なのかは分からない。だが、重要なのはおまじないの効果ではなく、この手紙がどういう意図で送られてきたかだった。送り主の意図としては、おまじないが本当に効くかどうかなど関係が無かったはず。このような不気味な手紙を送ることで、受け取り側に不安感や恐怖心を抱かせ、神谷と付き合い難くさせることが目的だったのだろう。しかも、糸を切らせた後に、縁切りのおまじないだったことを明かすあたり質が悪い。おまじないの類を信じない人間でも、嫌な気持ちにさせる。
神谷が試合中に倒れたのはたまたまだと分かっていた。咲乃はおまじないを信じるタイプの人間ではない。しかし、バスケにだけは本気だった神谷が、大事な試合の前日に睡眠不足で倒れたという点に違和感を抱いた。
前日に興奮して眠れないことがあったとしても、ゲームメイキングが得意な神谷が、自分の体調を考慮せず試合に出ることなどあるのだろうか。自身のコンディションは自分が一番よくわかっているはずだし、チーム全体のことを考えれば、そんなコンディションで試合に望むべきではないと判断するはず。不完全な体調で試合に出た神谷の判断は彼らしくない。どんなにチームメイトを怒らせても、ヘラヘラしながら出場を辞退して、ベンチから適切な代役を立てるのが彼のやり方だ。
「もしかして、前日に眠れなかったことを隠したかったのか……」
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