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✳︎Chapter1〈1 人間不信のドア越し攻防〉
ep4 バスケ部エースの恋煩い
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栄至中学校バスケ部は、半年に一度、他校との合同練習試合を行う。学校間の交流を目的としたものだったが、部員たちの意識は違った。
交流試合と言っても、この試合は対立校同士の戦力を計るうえで重要な機会だ。負ければ、英至中はこんなものかと侮られてしまう。しかも、応援には他校の女子も来るのだ。かっこ悪い姿など見せたくない。自意識過剰な思春期真っ只中の中学生男子たちは、絶対に負けられないと鼻息を強くしていた。
県大会並みに目をぎらつかせている部員たちの中に、篠原咲乃も選手としてコートに立っていた。ホイッスルの音とともに、センターサークルから審判がボールを投げる。高身長の伸びやかな肢体が、ボールに手を伸ばす。
咲乃は、ギュッと靴音を立てて体育館の床を蹴った。
*
「頼む、篠原っ! バスケ部の合同試合に出てくれ!」
学校に登校して早々の咲乃に、あの神谷が頭を下げた。咲乃は目の前の光景が信じられなかった。驚きのあまり、読んでいた本を取り落としそうになるほどには、信じられない光景だった。
神谷を落ち着かせ詳しく話を聞くと、バスケ部のレギュラーメンバーのひとりが大事な試合を前に参加が出来なくなってしまったらしい。
「でも、なぜ? 怪我をしてしまったとか?」
咲乃が尋ねると、神谷は神妙な顔になって言った。
「推しのめぐたんに彼氏がいたんだよ」
「は?」
思わず、咲乃の声が冷たくなってしまうのは、仕方のないことだった。
その部員は、めぐたんと呼ばれる女性アイドルを推していた。しかし、推しの交際ニュースにショックを受け、活動不能になってしまったのだ。
めぐたんを地下アイドル時代から応援し続けていたその部員は、女子に告白されたときも「俺にはめぐたんがいるから付き合えない」と言って断ったくらいの熱烈なファンだった。バスケの試合とアイドルの握手会が重なると、普段温厚な少年はまるで別人のように人が変わった。
「ボールが凶器に変わり、コートが荒野に変わる様子から、“英至の虎”と恐れられるパワープレイヤーだったんだ。まぁ要は、行きたかった握手会に行けなくて、八つ当たりしてるだけなんだけどさ」と、神谷が説明する。
部員たちはその少年を「イベントと重なると超強い」と重宝してきた。しかし、そのめぐたんが有名バンドのボーカリストと交際していたことが発覚し、少年の儚い恋は終わった。
今では廃人同然だ。試合中も虚ろな目でぼうっとしたまま、コートに棒立ちになっているだけで全く使い物にならない。主力メンバーがこれでは他の部員の戦意も殺がれると判断した部長は、仕方なく彼を休ませたのだが、少年は部員内で最も優秀な選手だったため、他の部員では穴を埋められるほどの戦力にならないのだそうだ。
「今度の試合は、県大会に比べたら大した規模じゃねぇけどさ。俺たちは今まで、死ぬ気で頑張ってきたんだ。なのに、こんなことで負けたくねぇんだよ、篠原!」
神谷はぐっとこぶしを握りしめ、悔しそうに呻いた。一見すると、バスケに熱い情熱を燃やしているように見えるが、咲乃は彼の日頃の行いから、神谷の本音を見抜いていた。
神谷の本心は「他校の女子も来るのに負けたら超かっこ悪いし、半年間負け犬扱いされたくないから死んでも負けたくない」である。
「絶対にやだ」
咲乃はにこりと笑って即答した。
咲乃はその後も、バスケ部の部員たちに散々付け回されることになった。
咲乃は、「きみたちも練習を頑張ってきたはず」「選手は部員の中から正式に選ばれるべきだ」と説得したが、ベンチ連中は一様に「俺たちがレギュラー張れるわけねぇだろうが!」という謎の反論を主張してきた。咲乃は縋りつかんばかりに必死に頼み込む部員たちを目の当たりにして、ここのバスケ部には絶対に入らないと、固く心に誓った。
一方、咲乃にあっさり断られた神谷だったが、それで諦めてくれるほど物わかりの良い人間ではなかった。神谷は部長に、咲乃がいかに運動神経が良いか、今のバスケ部に足らぬ戦力としていかに必要かなどを熱弁した。
有力選手の棄権で窮地に追い込まれていた部長は、神谷の話を聞いて、是非試合に出てほしいと咲乃に頭を下げた。
他の部員たちとは違って、部長には他校に侮られたくないだとか、他校の女子にかっこよく思われたいだとか、そんな不純な動機は一切ない。少しでも不純なものがあれば咲乃だって断っていたのだが、あまりの真っ直ぐさに押し切られ、結局、試合に出ることを承諾してしまった。
「篠原ってさ、クールなようで、真面目に頑張ってるやつの頼みは案外断れないよな」
作戦が成功して満足そうに笑っている神谷に、咲乃は無言で腹パンした。
その日から、咲乃は放課後や休日を使ってバスケ部の練習に参加させられることになったが、津田成海にその旨を連絡する手段がないまま、試合当日を迎えてしまったのだった。
*
ボールが東中学に渡ると、英至中学のパワーのある選手が奪い返す。
咲乃はボールを受け取ると、そのまま流れるように投げた。ボールは、大きな放物線を描く。リングに吸い込まれるように、ゴールポストに入った。
キャッチアンドシュートからのスリーポイントシュートが決まり、客席から黄色い声が上がる。今日の観客は女子が多い。普段の練習試合ならば、ここまで観客はないのだが、篠原咲乃が試合に参加するという話を聞きつけて応援に来たのだ。
部長が東中からボールを奪い、ゴールポストへ向けてシュートする。しかし、東中のガードの手によって跳ね返ったボールは、反対側へ飛んでいく。神谷と東中の選手の手が同時に伸びる。掴むようにして神谷が取ると、前から来る東中のディフェンスを軽々とかわし、隙を縫って英至中の選手へパスを回した。
英至中のパスが続く。その先は咲乃へ――が、阻むようにして東中に奪われた。東中の伸びるようなボールパスが続き、背の高い選手が、ボールを流し入れるようにゴール。東中の観客席から歓声が沸き起こった。
タイムは残り3分。スローインから再び、ゲームが再開される。東中のボールパスを、咲乃が奪う。前に立ちふさがるディフェンスにフェイントをかけて抜ける。シュート。ガゴンと音がして、ボールがゴールリングの淵をなぞるように入った。
タイムアップ、ホイッスルの盛大な音が鳴り響く。
最終試合。ここまでトータル43対43の同点で来ている。2分間の休憩中、水分補給する咲乃に神谷は近づき、耳打ちするように言った。
「篠原。正直おまえは、一番のシューターだ。東中も、おまえのガードをより強めてくる。面倒な奴につけられたら、どこでもいいから投げろ。パスを渡そうなんて考えなくていい」
咲乃が静かにうなずくと、神谷は咲乃の背中を軽くたたいて離れた。
開戦を告げるホイッスルが鳴る。栄至中がジャンプボールを取る。そのままドライブしてボールをゴールポストまで運ぶ。
部長にパス。部長がゴールへシュート。しかし、惜しくもボールはバックボードに跳ね返ると、東中がそのボールを取った。
東中のパスが続く。英至中のゴールポストへ向かうボールを、咲乃が奪い返した。
咲乃は自陣のゴールポストから離れると、仲間の位置を目測で確認する。しかし、パスを渡そうにも、先程から東中の選手にぴったりマークされていて隙がない。咲乃が動くと、相手選手が投げにくい位置に移動する。動きは完全に読まれている。
無理にでも仲間にパスを渡すべきか。いや、東中に取られる確率の方が高い。移動すればするだけ、時間のロスになる。しかしここからでは、シュートを打てる距離でもない。
「篠原!」
神谷の方を見ると、僅かに笑ったのを見た。
――パスを渡そうなんて考えなくていい。
咲乃は高くボールを投げた。ボールはディフェンスの頭上を飛び越える。その先に味方の選手はいない。方向は頭になかった。
予期せぬ方へ投げられたボールに、東側の反応が遅れた。ボールは無防備にもサイドラインに向かって飛んでいく。線を超えればアウトとなり、東中のボールだ。英至中の選手がボールを追いかける。すべての動きがスローモーションに切り替わる。あと少し、ラインを抜ける。ラインを抜ける。
その時、神谷がギリギリでボール取った。
けたたましく上がる歓声。咲乃がボールを投げる時、誰よりも神谷は先に動いていた。咲乃がボールを放る方向を見極めて回り込むと、サイドラインを出るギリギリでボールを取ったのだ。
神谷はドライブしてボールを運びながら、素早く仲間にパスを回した。繋いだパスの先は部長へ。部長は、ボールをキャッチすると高く跳躍し、バスケットゴールへ叩き入れるようにシュートした。盛大な歓声とともに、ホイッスルが鳴り響いた。
その後、4試合を終え、62対61という得点差で栄至中学校の勝利に終わった。
喜びに沸く歓声に包まれながら、咲乃は揉みくちゃにされた。チームから荒い祝福を受ける中、神谷が咲乃に近づいた。
「ありがとう、神谷。おまえのおかげで助かったよ」
咲乃は自分が投げたボールは、神谷が必ず取るはずだとわかっていた。神谷はそれを確実にやってのけたのだ。普段は信用したくない相手だが、やる時はやってくれる。
「やっぱ、おまえを頼って正解だったわ。これを機に、バスケ部入ろーぜ」
神谷から軽くパスされたボールを、咲乃がキャッチする。咲乃は、爽やかに笑った。
「絶対にやだ」
*
試合が終わると、咲乃は急いで制服に着替えた。
バスケの練習で、津田成海の家へ行く機会を失って3週間が経つ。ただでさえ全く信用されていないのに、これでは余計に不信感を持たれてしまう。
これから打ち上げだという部員達の誘いを断って、咲乃は昇降口を出た。外では予報になかった雨が勢いよく降っている。こんな時についてない。
咲乃はカバンを頭上に掲げると、雨の中を飛び出した。
*★*―――――*★*―――――*★*―――――
【神谷 亮】
https://bkumbrella.notion.site/bcf18ec4ef4644e289efc8157347ae90?pvs=4
【キャラクタープロフィール一覧】
https://bkumbrella.notion.site/8ddff610739e48bea252ab5787b73578?pvs=4
個人サイト
【Alanhart|THE MAGICAL ACTORS】
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交流試合と言っても、この試合は対立校同士の戦力を計るうえで重要な機会だ。負ければ、英至中はこんなものかと侮られてしまう。しかも、応援には他校の女子も来るのだ。かっこ悪い姿など見せたくない。自意識過剰な思春期真っ只中の中学生男子たちは、絶対に負けられないと鼻息を強くしていた。
県大会並みに目をぎらつかせている部員たちの中に、篠原咲乃も選手としてコートに立っていた。ホイッスルの音とともに、センターサークルから審判がボールを投げる。高身長の伸びやかな肢体が、ボールに手を伸ばす。
咲乃は、ギュッと靴音を立てて体育館の床を蹴った。
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「頼む、篠原っ! バスケ部の合同試合に出てくれ!」
学校に登校して早々の咲乃に、あの神谷が頭を下げた。咲乃は目の前の光景が信じられなかった。驚きのあまり、読んでいた本を取り落としそうになるほどには、信じられない光景だった。
神谷を落ち着かせ詳しく話を聞くと、バスケ部のレギュラーメンバーのひとりが大事な試合を前に参加が出来なくなってしまったらしい。
「でも、なぜ? 怪我をしてしまったとか?」
咲乃が尋ねると、神谷は神妙な顔になって言った。
「推しのめぐたんに彼氏がいたんだよ」
「は?」
思わず、咲乃の声が冷たくなってしまうのは、仕方のないことだった。
その部員は、めぐたんと呼ばれる女性アイドルを推していた。しかし、推しの交際ニュースにショックを受け、活動不能になってしまったのだ。
めぐたんを地下アイドル時代から応援し続けていたその部員は、女子に告白されたときも「俺にはめぐたんがいるから付き合えない」と言って断ったくらいの熱烈なファンだった。バスケの試合とアイドルの握手会が重なると、普段温厚な少年はまるで別人のように人が変わった。
「ボールが凶器に変わり、コートが荒野に変わる様子から、“英至の虎”と恐れられるパワープレイヤーだったんだ。まぁ要は、行きたかった握手会に行けなくて、八つ当たりしてるだけなんだけどさ」と、神谷が説明する。
部員たちはその少年を「イベントと重なると超強い」と重宝してきた。しかし、そのめぐたんが有名バンドのボーカリストと交際していたことが発覚し、少年の儚い恋は終わった。
今では廃人同然だ。試合中も虚ろな目でぼうっとしたまま、コートに棒立ちになっているだけで全く使い物にならない。主力メンバーがこれでは他の部員の戦意も殺がれると判断した部長は、仕方なく彼を休ませたのだが、少年は部員内で最も優秀な選手だったため、他の部員では穴を埋められるほどの戦力にならないのだそうだ。
「今度の試合は、県大会に比べたら大した規模じゃねぇけどさ。俺たちは今まで、死ぬ気で頑張ってきたんだ。なのに、こんなことで負けたくねぇんだよ、篠原!」
神谷はぐっとこぶしを握りしめ、悔しそうに呻いた。一見すると、バスケに熱い情熱を燃やしているように見えるが、咲乃は彼の日頃の行いから、神谷の本音を見抜いていた。
神谷の本心は「他校の女子も来るのに負けたら超かっこ悪いし、半年間負け犬扱いされたくないから死んでも負けたくない」である。
「絶対にやだ」
咲乃はにこりと笑って即答した。
咲乃はその後も、バスケ部の部員たちに散々付け回されることになった。
咲乃は、「きみたちも練習を頑張ってきたはず」「選手は部員の中から正式に選ばれるべきだ」と説得したが、ベンチ連中は一様に「俺たちがレギュラー張れるわけねぇだろうが!」という謎の反論を主張してきた。咲乃は縋りつかんばかりに必死に頼み込む部員たちを目の当たりにして、ここのバスケ部には絶対に入らないと、固く心に誓った。
一方、咲乃にあっさり断られた神谷だったが、それで諦めてくれるほど物わかりの良い人間ではなかった。神谷は部長に、咲乃がいかに運動神経が良いか、今のバスケ部に足らぬ戦力としていかに必要かなどを熱弁した。
有力選手の棄権で窮地に追い込まれていた部長は、神谷の話を聞いて、是非試合に出てほしいと咲乃に頭を下げた。
他の部員たちとは違って、部長には他校に侮られたくないだとか、他校の女子にかっこよく思われたいだとか、そんな不純な動機は一切ない。少しでも不純なものがあれば咲乃だって断っていたのだが、あまりの真っ直ぐさに押し切られ、結局、試合に出ることを承諾してしまった。
「篠原ってさ、クールなようで、真面目に頑張ってるやつの頼みは案外断れないよな」
作戦が成功して満足そうに笑っている神谷に、咲乃は無言で腹パンした。
その日から、咲乃は放課後や休日を使ってバスケ部の練習に参加させられることになったが、津田成海にその旨を連絡する手段がないまま、試合当日を迎えてしまったのだった。
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ボールが東中学に渡ると、英至中学のパワーのある選手が奪い返す。
咲乃はボールを受け取ると、そのまま流れるように投げた。ボールは、大きな放物線を描く。リングに吸い込まれるように、ゴールポストに入った。
キャッチアンドシュートからのスリーポイントシュートが決まり、客席から黄色い声が上がる。今日の観客は女子が多い。普段の練習試合ならば、ここまで観客はないのだが、篠原咲乃が試合に参加するという話を聞きつけて応援に来たのだ。
部長が東中からボールを奪い、ゴールポストへ向けてシュートする。しかし、東中のガードの手によって跳ね返ったボールは、反対側へ飛んでいく。神谷と東中の選手の手が同時に伸びる。掴むようにして神谷が取ると、前から来る東中のディフェンスを軽々とかわし、隙を縫って英至中の選手へパスを回した。
英至中のパスが続く。その先は咲乃へ――が、阻むようにして東中に奪われた。東中の伸びるようなボールパスが続き、背の高い選手が、ボールを流し入れるようにゴール。東中の観客席から歓声が沸き起こった。
タイムは残り3分。スローインから再び、ゲームが再開される。東中のボールパスを、咲乃が奪う。前に立ちふさがるディフェンスにフェイントをかけて抜ける。シュート。ガゴンと音がして、ボールがゴールリングの淵をなぞるように入った。
タイムアップ、ホイッスルの盛大な音が鳴り響く。
最終試合。ここまでトータル43対43の同点で来ている。2分間の休憩中、水分補給する咲乃に神谷は近づき、耳打ちするように言った。
「篠原。正直おまえは、一番のシューターだ。東中も、おまえのガードをより強めてくる。面倒な奴につけられたら、どこでもいいから投げろ。パスを渡そうなんて考えなくていい」
咲乃が静かにうなずくと、神谷は咲乃の背中を軽くたたいて離れた。
開戦を告げるホイッスルが鳴る。栄至中がジャンプボールを取る。そのままドライブしてボールをゴールポストまで運ぶ。
部長にパス。部長がゴールへシュート。しかし、惜しくもボールはバックボードに跳ね返ると、東中がそのボールを取った。
東中のパスが続く。英至中のゴールポストへ向かうボールを、咲乃が奪い返した。
咲乃は自陣のゴールポストから離れると、仲間の位置を目測で確認する。しかし、パスを渡そうにも、先程から東中の選手にぴったりマークされていて隙がない。咲乃が動くと、相手選手が投げにくい位置に移動する。動きは完全に読まれている。
無理にでも仲間にパスを渡すべきか。いや、東中に取られる確率の方が高い。移動すればするだけ、時間のロスになる。しかしここからでは、シュートを打てる距離でもない。
「篠原!」
神谷の方を見ると、僅かに笑ったのを見た。
――パスを渡そうなんて考えなくていい。
咲乃は高くボールを投げた。ボールはディフェンスの頭上を飛び越える。その先に味方の選手はいない。方向は頭になかった。
予期せぬ方へ投げられたボールに、東側の反応が遅れた。ボールは無防備にもサイドラインに向かって飛んでいく。線を超えればアウトとなり、東中のボールだ。英至中の選手がボールを追いかける。すべての動きがスローモーションに切り替わる。あと少し、ラインを抜ける。ラインを抜ける。
その時、神谷がギリギリでボール取った。
けたたましく上がる歓声。咲乃がボールを投げる時、誰よりも神谷は先に動いていた。咲乃がボールを放る方向を見極めて回り込むと、サイドラインを出るギリギリでボールを取ったのだ。
神谷はドライブしてボールを運びながら、素早く仲間にパスを回した。繋いだパスの先は部長へ。部長は、ボールをキャッチすると高く跳躍し、バスケットゴールへ叩き入れるようにシュートした。盛大な歓声とともに、ホイッスルが鳴り響いた。
その後、4試合を終え、62対61という得点差で栄至中学校の勝利に終わった。
喜びに沸く歓声に包まれながら、咲乃は揉みくちゃにされた。チームから荒い祝福を受ける中、神谷が咲乃に近づいた。
「ありがとう、神谷。おまえのおかげで助かったよ」
咲乃は自分が投げたボールは、神谷が必ず取るはずだとわかっていた。神谷はそれを確実にやってのけたのだ。普段は信用したくない相手だが、やる時はやってくれる。
「やっぱ、おまえを頼って正解だったわ。これを機に、バスケ部入ろーぜ」
神谷から軽くパスされたボールを、咲乃がキャッチする。咲乃は、爽やかに笑った。
「絶対にやだ」
*
試合が終わると、咲乃は急いで制服に着替えた。
バスケの練習で、津田成海の家へ行く機会を失って3週間が経つ。ただでさえ全く信用されていないのに、これでは余計に不信感を持たれてしまう。
これから打ち上げだという部員達の誘いを断って、咲乃は昇降口を出た。外では予報になかった雨が勢いよく降っている。こんな時についてない。
咲乃はカバンを頭上に掲げると、雨の中を飛び出した。
*★*―――――*★*―――――*★*―――――
【神谷 亮】
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