腹黒優等生の一軍男子に溺愛されるまでの青春ラブストーリー【高嶺の君とキズナを紡ぐ】

Alanhart

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✳︎Chapter1〈1 人間不信のドア越し攻防〉

ep3 高嶺の花の転校生①

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「ねぇ、篠原くん。良かったら今日の実習、一緒の班にならない?」

 教室の窓際の席に座る少年に、ひとりの少女が話しかけた。学校で一番かわいいと評判の彼女は、大きな瞳を輝かせて、胸元にかかる長い髪をくるくると指に巻き付けながらはにかんで笑った。

「誘ってくれてありがとう。でも、ごめんね。もう先約があるから……」

「そ、そっか。じゃあ、また今度誘うね」

 まさか断られるとは思っていなかったのだろう。穏やかに微笑む少年に、少女は一瞬ショックを受けた顔をしたが、いそいで笑顔を取り繕った。
 少年の机から離れる少女を、方々から面白がるような視線が追う。

「ねぇー見た? 山口さんフラれてんの」

「勘違いしてんじゃねぇつの」

「篠原くんが来てから調子ノリ過ぎな」

 少女は女子たちの陰口を耳に入れると、したたかに彼女たちを睨みつけた。

 女子たちの殺伐とした空気の中で、少年はひとりつまらなそうに窓の外を眺めていた。
 篠原咲乃しのはらさくの栄至えいじ中学校に転校してきたのは、つい最近のこと。2年生の夏休み明け、担任の増田の紹介で黒板の前に立った彼に、教室中の誰もが息をするのを忘れた。それは、咲乃が端整で美しい容姿をしているからに他ならなかった。

 静かにほほ笑みを浮かべたその転校生は、少年にしては少女のような柔らかい顔立ちをしていた。陽光を弾くきらきらとした色白のなめらかな肌に、薄く血色の良い上品な唇。細くまっすぐな鼻筋。前髪の下からのぞく、繊細な濃く長いまつ毛に、切れ長の目。その目は冷たさと共に、理知的な印象を与える。
 咲乃が自己紹介を終えた後も、女子たちは全員、見とれていて声も出なかった。



 突然シャッター音がして、咲乃が音の方へ意識を向けると、どうどうと目の前にスマホが掲げられている。一人の少年がニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

「いやー、いい絵が取れたぜ。これは傑作で間違いなしだな!」

 人の迷惑も顧みず、勝手に人の写真を撮っているのは、クラスメイトの神谷亮かみやりょうだ。
 咲乃は不愉快を胸の奥に押し隠して、顔に笑顔を張り付けた。

「そういうのはやめろって言ったよね?」

「いいだろ、喜ばれてんだから。そろそろ補充しとかねーと、新しいのは無えのかって、みんなうるせーんだよ」

 美しいが近寄りがたい雰囲気を放つ転校生に誰もが興味を抱いていたが、誰も近づく勇気が持てなかった。多くの羨望と嫉妬を集め、たった一人で過ごす咲乃に、誰よりも早く話しかけたのは、この神谷だった。

 自ら進んで学校の案内を引き受け、授業の進行状態を教え、隠し撮りした写真をちらつかせて恋に暴走しがちな女子の統制を整え、咲乃を一目見ようと溢れかえる廊下を整備し、持ち前のキャラクターで男子たちの不満を解消させ、できる限り咲乃が平穏な日常が送れるように努めてきた。

 そのかいあってか今や咲乃は「神谷なしではいられないカラダになっている」と神谷本人・・・・が自信いっぱいに語っている。

 不本意ながら、神谷のおかげで学校生活が幾分過ごしやすくなっているのは事実だ。だが、問題なのは、面白いことには貪欲なほどに目がない彼の性格だった。「親友・・なんだから、写真の1枚や2枚持ってても不思議じゃないだろ」と、肖像権お構いなしに堂々と盗撮をしたあげく、その盗撮(隠してない)画像を学校中の女子生徒にばらまくことによって随分得をしているようだ。咲乃は何度もやめろと注意するのだが、神谷に「やめれば反乱が起きかねない」と言い切られ、もう好きにしろと匙を投げた。

「んな怖い顔すんなって。今日だって、帰りに後をつけてやろうってオンナがいたから止めてやったんだぜ?」

「帰りに後を?」

 咲乃が尋ねると、神谷は肩をすくめた。

「そ。プレゼントを渡したかったんだってさ」

 廊下で待ち伏せをくらうことはあっても、家まで押しかけられては困る。止めてくれただけでも感謝すべきなのだろうか。しかし、問題はその方法だ。

「それはありがたいけど、どんな手を使ったの」

「おまえに関する超極秘情報・・・・・を教えてやった。でもまぁ、しばらくは遠回りして帰った方がいいかもな。ストーカーには気を付けた方がいいぜ」

「家の場所がどうでも良くなるほどの超極秘情報・・・・・って何」

 ストーカーを生産しているのは神谷の隠し撮り画像と、彼が作り上げたデマのせいではと思えたが、追求するのもバカバカしくなって何も聞かないことにした。

 チャイムが鳴り、朝の会がはじまった。咲乃が頬杖を付きつつ担任の話を聞いていると、ふと隣の席に目がいく。
 咲乃が初めて栄至中に転校した日から、ずっとその席は空席だった。クラスメイトの名前と顔が一致した今になっても、まだひとりだけ知らない生徒がいる。もう長いこと登校していないのだろう。誰もその生徒のことを触れようとはしない。

「――それでは朝の会を終わります。日直」

「起立」

 日直の号令がかかる。立ち上がると同時に、空席のことは意識から外した。




 今日1日の授業が終わり、放課後になった。咲乃は担任に呼ばれ、教卓に近づいた。30代後半の中年太りした男性教諭が、A4サイズの茶封筒を咲乃に渡して言った。

「篠原は、まだ係が決まっていなかったよな。悪いが、ついでにこれを津田の家まで届けてくれないか?」

「津田さんに、ですか」

「あぁ。長いこと欠席になっている女子生徒だ。困ったことに、いくらメールを送っても見ていないようでな、学校の知らせが届かないから、毎回誰かに頼んでプリントを届けてもらっているんだが……。どうもみんなやりたがらなくてな。篠原は、津田の家にも近いし、クラスの一員として協力してもらえないか?」

 たとえ、津田成海がメールを見ていなくても、両親の方へも連絡は行っているはず。わざわざ、こういった連絡事項を生徒に届けさせているのは、不登校生徒とクラスメイトを交流させたいという担任の意図があるからなのだろう。

 その意図が、果たして本当に効果があるのかどうか。現状を見れば一目瞭然だ。みんな、彼女の家のポストに投函してしまうから、交流もなにもあったものじゃない。
 きっとこれは、「不登校生徒に対して何かしらはやっている・・・・・・・・・・」と、その子の親や学校に見せたいだけのポーズにすぎないのだろう。
 咲乃は瞬時にそこまで思考を巡らせると、穏やかな顔をして微笑んだ。

「分かりました。津田さんに届けてきます」

 咲乃の返事を聞いて、増田先生は安心したようにうなずいた。

「篠原なら、そう言ってくれると思っていたんだ。頼んだぞ」

 咲乃は自分の席に戻ると、担任から受け取った茶封筒を折り目がつかないよう注意しながら学生かばんの中にしまった。

「津田にプリントに届けんの、増田に押し付けられてただろ」

 担任とのやりとりを見ていたらしい。神谷は同情するように言った。

「ん。丁度、俺だけ係が決まっていなかったから」

「面倒な役割押し付けられたな、お前」

 神谷の反応を見ても、津田成海の家にプリントを届ける役は、周辺に住む生徒たちにとって罰ゲームのように扱われていることがわかる。2年生に進級してから一度も出席せず、名前だけが在籍しているクラスメイトなど、誰も関わりたいとは思わないのだ。

「別に。クラスの決まりごとなら仕方がないよ」

 一方、転校したばかりで日が浅い咲乃には、不登校の女子生徒に不気味だという感覚はない。“そういう係”を頼まれたのなら仕方ない。帰り道に寄るだけなら対して苦でもないし、他に面倒な係をあてがわれるよりは良いとさえ思っていた。

「津田成海って、噂じゃあ1年のクラスでいじめられてたらしいぜ。それが原因で不登校になったんだと」

「そう」

 神谷の話は、特別驚くものでもなかった。むしろ、不登校の理由としては一番ありがちだとさえ思う。咲乃が興味なさげにそっけなく返すと、神谷はにやついた顔で元気よく咲乃の背中をたたいた。

「そういうことだから、まぁ、頑張れ。俺はこれから部活だから」

 他人事だと思っているらしい。神谷は呑気に咲乃に言うと、「んじゃ、またなー」と教室を出て行った。

 咲乃はスマホを取り出すと、担任から教えてもらった住所への道順を調べた。いつも通っている道から、多少逸れるだけだ。道順なら一回で覚えられる。
 ただ封筒をポストに投函して帰るだけだ。咲乃は、この役割を簡単に済ませるつもりだった。

 不登校生徒が住むマンションのエントランスで、買い物帰りの津田成海の母親と鉢合わせるまでは。
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