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第6章 新しい国

145-1.挿話 2人のシスター

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《アヴァ国イブの街》

「・・・本当に宜しいのですか?あんな邪教と手を結んで・・・」

窓から入った夕日が室内を真っ赤に染めている。机の前に座って手を組んで難しそうな顔をした老人が座っており、対面に立った青年がそう冷たい視線で問う。

「・・・国王からの命令じゃ、そうするしかないじゃろうて・・・」

老人のその答えに青年の瞳がわずかに細くなる。

「そうですか・・・。改めるつもりはないと言うことですね・・・。おじい様。いえ、領主様」

「あぁ。そうだとも、ウォール」

更に冷え込んだ空気がその部屋を支配する。青年はそれ以上は何も告げず、部屋を出る。そして彼は苛立ちを隠そうともせず階段の手すりに振りかぶって手を打ちつける。赤くなった手から響いてくるジンジンとした痛みで心の痛みを誤魔化す。

「・・・ハジメさん。僕はあなたと違って本当に無力です・・・。ごめんなさい・・・」

今は居ない人間の名前を呼んだ。


《イブの街 アシュタロテ教会》

「提出前に阻止できてようございましたな、司祭長様」

「何を言う。貴様がしっかり目を光らせていないからだぞ。バレたら首が飛ぶところだったんだぞ!」

ゴブリンのような顔をした男に小太りの老年期に入った男が怒り顔で叱責する。

「・・・はっ、すみませんでした・・・」

すぐさま顔を青くして謝罪の言葉を発する。

「・・・まぁ、いい。証拠は全て潰した。後は明日あいつらを神に捧げるだけだ。そうすれば我が地位も安泰だ」

蝋燭に照らされた顔はオークのようだった。


教会は何年も前から汚職が蔓延っていた。高い金を寄付すれば、回復魔法やポーションが買え・・、そうでない者は買えないのである。それがある調剤師の登場によってその私服肥やしが出来なくなってしまったのだ。一般市民が割と手軽に買える価格で、高い効果のあるポーションが手に入るのだ。教会は値段を下げたが、高い寄付金を集めてきた彼等に頼るものは居なくなってしまった。しかし今はその人物は居なくなった。つまり質の高いポーションは手に入らなくなったということである。再び自分たちの懐に沢山の金が入るようになり、下がった地位も急上昇するとほくそ笑んでいた。

アンドレアとバーバラという2人のシスターは教会上層部の不正の証拠をすでに全て集めており、あとは教皇ネイサンへと冒険者に依頼して送付するだけの状態になっていた。教皇ネイサンは不正に厳しく誰よりも質素な生活していた。しかし送付直前に司祭長代理であるアクトによってそのことが露見し、2人は捕縛され地下牢へと繋がれたのである。その後、領主フラップが国王の指示のもと贄を捧げるという話になった。最初は死罪となる罪人をと言っていたのだが、神の下に送るのであれば相応しい者をと力説し、バーバラとアンドレアを贄にすることを提案したのである。

そもそもアシュタロテに仕える司祭やシスターは質素倹約に勤め、自分が生きる最低限のモノ以外は貧しい信者へと還元するのが教義の1つであったのだが、これに違反していることに強い憤りを感じて2人は告発しようとしたのだった。しかしそれも失敗に終わり、後は今日の午後にでも生贄にされるのを待つだけとなっていた。

「アンドレアさま・・・」

「バーバラ、本当に申し訳ありませんでした。私が貴女を巻き込んでしまったのです。私は許されないことをしてしまいました・・・」

アンドレアは目を伏して若い巫女に謝罪をする。

「いえ、アシュタロテ様はあのような卑しい行いはお許しになるはずがありません。私が最初に気づいていればアンドレア様と同じようにしていたと思います。明日神の御許みもとへ参じましたら2人でお伝えしましょう」

バーバラは静かに微笑んだが、祈りを捧げる手は震えている。それに気づきアンドレアはそっとバーバラの手を握った。

「バーバラ・・・。ええ。そうしましょう・・・」

二人の聖なる祈りが光が差さない牢獄へと満たされていった。


そして翌日、2人豊穣の女神アシュタロテを祀る神殿の祭壇前に跪かされていた。その周囲を司祭やシスターが取り囲み、祝詞をあげている。

「・・・・諸々もろもろ禍事まがごと罪穢つみけがれ

祓へはらたまひ清め給ふと

申す事のよし

あまつ神 アシュタロテ

聞食きこしめせと・・・・」

昨日の夕方から続く祈りは、丸1日を費やし、佳境へと入っている。もう間もなく2人の命が散る。

『生贄にされるというに、ここまで落ち着いているとは・・・。信仰とはなんとも盲目・・・』

生贄の2人の落ち着き具合に領主であるフラップはそう思った。

「・・・・かしこみ畏みももうす・・・」

祝詞が終わった瞬間、教会が光に包まれる。

『・・・なんと愚かな・・・。人とはかくも浅ましいものか・・・。我らが選んだ使者は特別であったという訳か・・・。聞くが良い。神は贄などは望まず。アンドレア、バーバラよ、汝等の行い見事であった。われが”楽園”へと導こう』

アシュタロテから光が伸び、2人のシスターを包むとその姿はかき消えた。

『我らが使者が世話になった故、手を出すのは止めておく。しかしそなたらの行いは我らが意に背くことである。この国より我の恵みはなくなる。己が力で生きるがかろう』

そう宣言して姿が消えて行った。人々が慌てふためていると神像がぴしりと音を立てて割れ、倒れた。そしてその下敷きになり司祭長と副司祭長は息絶えたのだった。

「・・・あぁ・・・この街はもう終わりかもしれん・・・」

膝から崩れ落ちたフラップがそう呟いた。それを冷たい眼差しでウォールは眺めていた。


《????》

2人のシスターが目を開けるとそこはアイス・グリーンをもっと薄くしたような空間があり、春の様に暖かい気温であった。足元には草原が広がり、遥か向こうに森が見え、2mほど先に小川が流れている。2人が呆然と佇んているといつの間にかウサギが1羽2人の前に居た。

『2人とも聞きなさい。これから送る先は世界の中心、世界樹に見守られた地。そこに我らの使者ハジメと世界樹のオーダ、医療の神スクナヒコ様が住まう場所。あなた方にはそこで教会を管理しながら孤児たちの面倒を見て欲しいのです』

2人はそのウサギにこうべを垂れる。頭を上げるとそこは教会であった。周囲には見ず知らずの人々が居り、目の前には優しそうに笑う一人の18歳くらいの男の子が居たのである。一緒に移動してきたであろう1人のドワーフ族の男が

「ここが楽園・・・・?」

と呟いた。男の子は

「楽園?なんのことかは分かりませんが、ここは私たちが住む町ですよ。神様から話は聞いていますので、取り敢えず皆さんには家へと案内させていただきますね。その後食事にしますのでその時色々お話をさせていただきます」

そう言って笑顔を浮かべると執事とメイドが先導し、教会を出た。

「ここが教会でございます。そして正面にあるのが子供たちの学校となります。その左隣が食堂でございます。そして皆さまの住む住宅が左手になっています。そして大通りを挟んだ向かいがお風呂になっております」

そう執事が告げると独身男女、家族、孤児に分かれる。彼女等の前には大きな建物が道を挟んで3棟ずつ、計6棟建っており、左側の手前2つには明かりが灯っていた。アンドレアとバーバラは神に一生を捧げる身であるため、女子棟のリーダであるアライグマ族のヘザーとサブリーダーのハンナに連れられて一番奥の建物まで案内された。

2人は3階の一番奥とその隣の部屋に案内された。部屋に入ると1着の着替えがベッドの上に置かれているのが目に入る。バーバラが左を向くとそこには扉があり開けるとトイレがある。

「個室にトイレが・・・・」

一般的な農家の出自である彼女にとってそれは驚くべきことだった。普通は5軒で1個の屋外のトイレが普通であり、自分専用のなどはないのである。

少し進むとキッチンもあり、部屋も広い。孤児院などではこの大きさの部屋に10人ほどは寝られるだろう。

「・・・本当にここを使わせて頂いてもいいのでしょうか・・・」

彼女はそう呟く。

「・・・早く着替えないと、皆さまをお待たせしてしまいますわ・・・」

そう言ってバーバラが着ていた修道服を脱ぎ新しい服に袖を通した時、部屋の扉がノックされる。彼女が扉を開けるとそこには1人の犬族の女性が立っていた。

「えっと、シスターさんで間違いないでしょうか?」

と言われ「そうでございます」と答えると、彼女は

「良かった。私は裁縫師のエイミーと言います。修道服をお預かりしても宜しいですか?明後日までには新しいものを用意いたしますので」

と告げる。

「いえ、そんなこんな素敵な部屋を用意して頂いたばかりが修道服まで頂くなんて恐れ多い。それに酷く汚れておりますので・・・・」

とバーバラは告げる。2人のシスターは1週間近く地下牢に入れられていたのである。蒸し暑い場所であったため汗や埃が染み込んでいるのだ。それを渡すのは躊躇われたのである。

「あぁ、それはすみませんでした。では今日お風呂上りに採寸だけさせてくださいね。村長の依頼ですので、よろしくお願いします。それともう御一人のシスターさんにも採寸の事だけ伝えて頂けますか?」

と言われたので「かしこまりました」と返すと、彼女はお辞儀をして階段に向かって行った。彼女の姿が見えなくなる頃隣のドアが開きアンドレアが出てきた。

「アンドレア様、村長様が新しい修道服を作ってくださるそうで、お風呂上りに採寸したいそうです・・・」

「なんと・・・。このような素晴らしい部屋だけでなく服までも・・・。私たちは夢でも見ているのでしょうか・・・」

アンドレアは驚きながら胸元で印を組む。

「本当にそうでございますね、アンドレア様・・・。いけません、集合に遅れてしまいます。急ぎましょうアンドレア様」

二人はそう言って慌てた様子で階段を下りて行ったのだった。
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