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第5章 第2節 北の塔 ~種まき~

119.怒られるみたいです

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ハジメはクーラの領地に帰っていたが、早馬で訪れた町役場の職員からフラップ様が呼んでいると言われ、馬車にて1時間ほど揺られイブの街に到着していた。職員の人も一緒に乗らないかと提案してみたが、

「私はすぐ引き返して先触れを出しておきますので。お気持ち感謝致します。そうそう、ハジメさんのお陰で道がかなり良くなりましたから、馬も疲れにくくなったんですよ。本当にありがとうざいます」

そう職員の女性は言い、馬の首を優しく叩いた。馬も満更でもないように頭を上下に動かしいななき、彼女を乗せてイブの街へと帰っていった。

ひかりも付いて行くとはいったが、先ほどまで大きな戦いがあったばかりであり、追い立てられた魔物が襲ってくる可能性も考えて残ってもらうことにした。まぁこのクーラの領地は神々の結界によってあらゆるモノから守ってくれているが、襲ってきた魔物が見えるというのは住民たちに不安を激しく与える。まして住民の子供に悪影響を与える可能性もある。即倒しすに限るだろうとハジメは考えていた。そのためわたるには町の外を警戒してもらい、ひかりは町の中を警戒してもらうことにした。因みに水亀のゼニーはハジメのウエストポーチから首を出し、風のタツノオトシゴであるたっつんはハジメの髪の毛に尻尾を巻いてふよふよ浮いていた。馬は大切な財産なので、魔法馬であるパトリシアが引くことになった。まぁ、ゴブリンキングに体当たりを決め、ぶっ飛ばすくらいだから少々の魔物は問題はないというのが大きな要因だったが。

そんな訳でハジメはイブの街の町役場についていた。職員の女性に領主館ではなく、役場に来てほしいと言われていた。窓口まで入ると、ハジメを呼びに来た職員が案内してくれた。ノックをして

「ハジメ様がお越しになりました」

と声をかけると、町長のウォールがドアを開け、入るように促してくれた。中に入るとフラップと商業ギルド長のエヴァ、冒険者ギルド長のセバスチャンが立っており、応接セットに座るように言われ、その通りにする。

「・・・謝らなければならないことがあるのじゃ」

領主と町長、商業ギルド長がハジメの前に並んで座っている。

「・・・何かありましたか?」

この街のトップが勢ぞろいしてた。嫌な予感しかしない。

「先ほどの戦いで王弟殿下の私兵団も居たのはそなたも知っておろう?」

ハジメが頷くとフリップは無表情に話を続ける。

「その私兵団の報酬が白金貨500枚と言われたのだ。500枚と言えば10年の税収に匹敵する。それは無理だと伝えるとそなたの領地を希望された」

「なるほど・・・。明け渡せということですね・・・」

ハジメの表情が硬くなる。確かにあの戦闘があった場所の死屍累々から判断すればこの街の冒険者たちだけでは退けることは無理だっただろう。そこに偶然居合わせた私兵団に助けを求めるのは当然だろう。そしてその報酬をこの街が支払うのは自然なことだ。緊急事態であり私兵団が足元を見た価格を提示するのは仕方ないだろう。払えないならそれなりに価値のあるものを代わりに提示するのは至極普通のことである。

「・・・しかし、あの場所は王から私が頂いた土地ですが・・・?」

ハジメがそう告げると

「そうなのです。あの場所は王から下賜された土地ですが王弟にならば還付かんぷという形で渡すことが可能なのです」

エヴァが顔を伏せ気味に言う。どうやら究極の選択を強いられたようだ。白金貨500枚かハジメの土地か・・・。短い時間で判断せざるを得なかったのだろう。領主としては領地の民の命を守る必要がある。ならば個人の土地1つでそれが可能になるなら領主としてはそうするしかない。社会の利益か個人の幸福か・・・・。

「・・・決定事項なのですよね?

ハジメが問うと

「そうじゃ」

と言った。フラップが領主としての立場で対応している時点で個の感情は横に置いている。つまり一般住民としてはそれを受け入れるしかない。

「いつまでに、どうのような状態で?」

「期限は1年。町の状態は問わぬ」

ハジメの言葉にフラップが答える。

「わかりました。お話はそれくらいですね?では失礼します」

フラップ・ウォール・エヴァ・セバスチャンが頷いたので、ハジメは部屋を出ていく。その雰囲気は声を掛けられるようなものではなく、彼らはそのまま見送るしかなった。


~現世~

「わが夫スクラド。ハジメ様に多くを求めすぎなのではありませんか?あの仕打ちは酷すぎます」

アーシラトが自分が住む幽世の世界から乗り込んできたのはつい先ほどのことであった。

「私の愛しい妻アーシラト。そうかもしれぬ。しかし今を逃せば次の機会は来ないかもしれぬ・・・」

般若の顔で詰め寄る妻に両手で彼女の肩を押し一定の距離を保とうとする夫の構図が出来上がる。

「その気持ちは分かりますが、ハジメ様は既に世界樹を固定してくださいました。これ以上彼に求めるのは酷というものだと思いませぬか!」

彼女の怒りはおさまらない。彼女の怒気に空気が震え、戦闘職の神でさえも迂闊に近づけない。少し離れた柱の陰から戦闘神コンバトールと魔法伸サージェリーがその成り行きを見守っている。そこから更に離れた場所から商神あきないがみメルクリウスが頭を膝に挟んで震えている。その光景をやれやれと言った顔で見ているのは管理神ワーデンだった。彼は恐れながらも2人の夫婦喧嘩に近づいていく。

「アーシラト様。それくらいで許してやってもらえませんか?」

突然の助っ人にスクラドの瞳に希望の灯が浮かぶ。

「ワーデン、貴方も貴方ですよ?」

ワーデンに向けられたその鋭い眼光に一瞬帰りたくなる。

「貴方は夫の暴走を止めることも役割の1つの筈。それにも関わらず、を先導してっ。もきちんとお話してからと思ってましたのにっ。わたくしアマテラス様お姉さまになんと申し開きをしたらいいのか!」

怒れる女性はどの世界でも強い。

「アーシラト様、それくらいで。世界の壁が崩れてしまいますよ」

太陽神シャプシェが彼女の肩に手を置く。

「壊れてしまえばいいのです。人の子であり、異世界のであるハジメ様に頼りっぱなしの神なんて聞いたことがありません!」

スクラドは後悔していた。今回のことを相談すればアーシラトに反対されるのは分かっていたから、何も言わず始めた。それが今回のアーシラトの怒りの火種となったのである。それに加えて精霊王までも世代交代を急いて始めてしまい、もう進むしかできない状態になっていることもその火に油を注いだことは明白だ。確かに事を急いたのは認めざるを得ないだろう。精霊の世代交代はハジメが死んでからでも問題はなかったし、あの計画に至ってはその後になってもなんら問題はなかったのだ。今ハジメと言う存在に縋らなくても良かった・・・今怒られてそう思った。

「アマテラス様より言伝ことづてがあります」

スクナヒコが修羅場の中で言葉を発した。このスクナヒコは現世の神として今は在籍しているが、彼はアマテラス様の配下である。今までに数名アマテラス様の世界から転生して貰っているが、その者を見守るために派遣されてきている。不条理に扱われないように、神々に対する監視の目的も兼ねて・・・。言わば潜入捜査員みたいな感じと言えば理解してもらえるだろうか。

「『アーシラト、貴女が憤慨してくださり有難く思います。しかし我らの大切な御霊みたまに過度の負荷をかけられては黙っている訳にはいきませぬ。今回のに関してはもう動きだしてしまったのでどうしようもないでしょうが、今後”はじめ”に対しての干渉は認めぬ。これを破れば二度と我らがそちらに手を貸すことはないと伝えておきます』とのことでございます。なお倉田始には私の方から説明を致しますので不干渉でお願いします」

彼の浮かべている笑顔は瞳が笑っていない。それが一層恐ろしく感じる。周りの神々は畏まるしか出来なかった。

神とて怒られるのである。
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