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第5章 塔

96.頑張るみたいです

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暗闇を照らすのは1つの蝋燭。その僅かな灯りで取りつかれたように何かを書いている修道女が居た。周囲の静けさに響くのは彼女のやや興奮した息遣いとペンを走らせる音だけだった。

そこへドアの方からスーッという紙のこする音がした。修道女はその音で集中が切れたのか苦い顔をして音のした方を見た。扉と木枠の隙間から1枚の手紙が差し込まれていた。彼女は静かに近づき、封筒を裏返すと封蝋がされており、『C』のエンボス印が押されていた。それを見ると彼女は笑みを浮かべ、今までペンを走らせていた机に戻り、封を切る。中にはたった一行だけ書かれていた

とき静かに鳴くを待つ
                Crow』

彼女はそれを見て狂気じみた笑顔を浮かべなおし、手にした手紙に火をつけその存在を灰にしたのだった。それから再度ペンを走らせること数日、出来上がった用紙を持ち上げる。

「・・・うふふ。前奏曲プレリュードは出来たわ。後はの情報を待ちましょうか」

と笑みを浮かべていた。


~アヴァ国王都~

アヴァの国の王都は住む人々も多く、行き交う人みなせわしなく動いている。勿論商店の数もこの国一番の多さであり、同種の品物を売っていても安値の店では下位の冒険者や町人が、一般価格の店では中位の冒険者や商店が、高級な店では上位の冒険者や大店おおだなの商店、フロンティア辺境伯バロン男爵バイカウント子爵の下位貴族が、最上級の店では王家、アール伯爵マーキス侯爵デユーク公爵の上位貴族が顧客となっており、価格と品物の品質に反映していることが分かる。そうやって住み分けが出来ている。しかし、安価な店は新しい店が出来ては潰れを繰り返していて、王都で10年続けは中堅処の商店で20年続けば老舗と呼ばれることが多い。商人の多くは王都に店を出すことは夢のサクセスストーリーなのだった。

では、冒険者は?というと、この街を中心にして稼働するという観点からは王都を嫌う傾向が強い。王都と言うだけあり、欲しいものはほぼ購入することが出来るが、いかんせん物価が高いのだ。ハジメの住んでいたイブ街ではリンゴ1個銅貨1枚に対して王都では銅貨5枚である。単純に5倍の価格だが、これは移送費や販売場所費用、税金を加味したら最低その値段でないと赤字になってしまうのである。それに加えて王都に住む冒険者には『有事招集義務』が課せられる。何かが起こった時に軍隊の一員として活動することを強制されるのである。これは下位冒険者だろうが最上位冒険者だろうが関係はないのだ。しかも軍事訓練を行っていないため軍隊との連携が難しく、遊撃隊として参加し、上位冒険者は夜襲や先行部隊として中位、下位の冒険者は軍隊がその日に宿泊する設営場所の確保や宿舎の造設、夜警として活動させられる。自由を好む冒険者たちはこれを嫌うのだ。

しかし良い点もある。王都にねぐらを持っている冒険者は有事招集義務を負う代わりに税金が1/10に減税されるのである。ここ10年あまり招集がないこともあり、冒険拠点としている者たちも多い。また多くの人が住んでいることで数多くの依頼が常時あり、ランクに関係なく安定した収入を得ることが出来る。従って、冒険者になりたい若者が王都で冒険者登録をするのだ。

1人の下位冒険者の青年は受付嬢から依頼票と、溜めた金貨70枚を受け取って冒険者ギルドから出て行った。

「そうか、今日は支払い日か・・・」

受付嬢は彼の背中を見送りながら呟いていた。

彼の名はデリック。よわい15。彼の父親は中位冒険者だったが、依頼の途中でデリックが10歳の頃亡くなった。それ以降は母親が女で一つで育ててくれたのだが、彼が成人するとほぼ同時期に病に倒れた。1-2年前より疲れを口にするようになり、徐々に床に臥せっていることが多くなっていった。そして2か月前、デリックが洗礼式を終えて家に帰ると、台所で倒れており、それ以降ほぼ寝たきりになってしまったのである。慌てて住んでいた村の薬師に診て貰ったところ、この地方特有の『風土病』でもう100年近く発症したことはないと言われた。特効薬はあるのだが、2年間毎朝それを飲み続けなけばならないと言われた。薬草が生えているのは彼の村から片道1か月以上かかる場所であることから薬草だけで1本約6500Sかかる。その他必要な物を揃えると金貨1枚。薬師の調剤料を考えず月に換算すると金貨45枚。調剤料を入れると月50枚を超える。薬師は彼の母に世話になったからと調剤料は要らないと言ったが、それでも月に金貨45枚という金額は成人したての給料で支払うことは出来なかった。

彼から話を聞いていた受付嬢は彼の無事を祈るしかできなかった。彼は数か月前に冒険者登録をしたのだが、それからと言うもの毎日きつい、汚い、危険な依頼を率先して受けている。勿論そんな依頼であるから冒険者で受ける者はいないため報酬額はかなり高いのだが、それを休みなく受けているのだ。依頼の完了手続きで汚れて異臭を放つ彼を他の受付嬢は嫌がり、ほぼ彼女がデリックの専属受付嬢と化している。それで徐々に仲良くなっていったのだ。それでなぜこんな依頼をこなすのかと聞いたところ、彼が話してくれたのだ。

「僕は戦い方知らないし、武器を買うお金も惜しいから、街の中で出来る仕事で報酬多いやつをするんだ。有難いことにここには毎日沢山の依頼があるからね」

と彼は笑っていた。夜は夜警の依頼も行っている。3時間ごとに交代である一角を1時間かけて巡回するのだ。夜警の依頼は食事はついていないものの、シャワー室と仮眠室が付いているので、空いた2時間は仮眠することが出来る。そうやって彼は自分の宿屋代も浮かせているのだった。
 そして今日はその薬草の代金の支払い日である。彼の村に20年ほど訪れていた行商人が月に1回薬草を運んでくれているのだ。その購入費用45枚と母親の生活費として金貨25枚を託しているのだ。

こういった青年が生活できるのが王都と言う場所なのだろう。
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