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第3章 航路

59.登録するようです

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ハジメたち一行が商業ギルドに着くと、就職希望の人とハジメ専属のギルド員であるスムスが応接室で待っているとのことであった。受付の人に案内されて応接室のドアをノックし開くとソファーに肌が陽で黒く焼けた筋肉質の中年の男性がその体つきに似合わない優れない顔をして立ち上がった。なんとも似つかわしくないのだ。がははと大声でほとんどの事を笑い飛ばしそうないで立ちであるのに。ハジメはなんとなく気にかかった。

「・・・はじめまして、ジェフといいます。今日はよろしくお願いしまさぁ・・す・・です」

と普段使いなれない言葉で頑張って挨拶をするもののどこか心ここにあらずといった雰囲気。なんだか落ち着いて居ない様子である。

「初めまして。ハジメと申します。どこか体調が優れないようすですが・・・。もしそうならまた後日の面接でも大丈夫ですよ?」

とハジメが声を掛けると、スムスが

「ジェフさん。ここは面接の場ですよ。奥さんからも息子さんは大丈夫だと言われてますよね?」

とジェフに耳打ちするのが聞こえてしまった。

「息子さん?どうかしたのですか?」

とつい聞いてしまう。

「あぁ、聞こえてしまいましたか。実はこのジェフさんの息子さんがご病気なのです。その看病のために時間の短い仕事を探されていたのです。ハジメさんの条件にも合ったのでご紹介することにしたのですが・・・」

とスムスが答える。それに続けてジェフが

「うちの嫁さんも働いているんで、午後からはわっし・・、私が見るってことになったんですよ」

と言う。

「どちらかがて、もう片方が働くという方法はなかったのですか?」

と聞くと

「うちの嫁さんは冒険者ギルドで受付をしてるんでさぁ・・です」

「あぁ、使い慣れた言葉で大丈夫ですよ」

とても使い難そうなので助け舟を出す。スムスはそれを聞いて苦笑いをするが、ジェフは心持ち元気になる。

「・・すんません。じゃぁそうさせてもらいまさぁ。情けない話だけんど、ギルドの受付は給料がいいんでさぁ。俺が一日で稼ぐ金額を半日くらいで稼げるんでさぁ。かといって、嫁さんが一日働いても家のことが何もできない俺では息子を満足に看れないんでさぁね。今日は1日嫁さんが休みだったんで、凄く有難かったんすよ」

とため息を付く。なるほど、そのための苦肉の策というところだろう。ハジメはそこでふと考え込む。

「・・・ジェフ・・・ギルド受付・・・・」

と繰り返し呟く。それを不思議そうにその場の皆が眺める。数分後ひかりが声を掛けようとするがハジメが右手で止め、更に2分程考え込む。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ。思い出したっ。ジェフさん!奥さんはマーサさんですよね?てことはキルト君が病気なんですかっ?」」

と静かだった空間にハジメの声が響き、ジェフの肩を掴み、激しく前後に揺する。それに周囲が置いてけぼり状態である。

「お、ぇ?なんで旦那はうちの家族を知ってるんでさぁ?」

揺すられながらジェフが言う。それではたと我に返ったハジメは彼の肩から手を離す。

「す、すみません。つい。マーサさんは私がこの街にきて冒険者になったばかりの頃からずっと受付して貰ってるんですよ。そんなことよりキルト君の容態はどうなんですか?」

と勤めて冷静に聞く。それにジェフはうつむいてしまう。スムスが

「・・・年単位で時間はかかるようですが、回復するそうです・・・。しかし費用がかさむのです。だから短時間でも働きたいとジェフさんは探されていたのです。私どもとしては男性の短時間での仕事は難しいと申し上げたのですが、今回ハジメさんが希望された条件に合う時は天の配慮を感じたものです」

と懇願するような目でハジメを見た。

「分かりました。リナリー、コウ、いいかな?」

と後ろを振り返ると、2人とも頷いている。ひかりの方を見ると優しい瞳で『ご随意ずいに』と言っているようだった。

「旦那、ありがとうございやす。精一杯働かせていただきやす」

と頭を下げる。

「・・・ただし3つ条件があります」

とハジメが告げるとジェフの顔が強張こわばる。

「・・これからキルト君のお見舞いに行かせて欲しいということと、この3人と仲良く仕事して欲しいということ、そして最後に、キルト君の状態が悪い時やご自身、奥さんの体調が悪い時は連絡を下さい。有給休暇を取らせますので」

と言う。

「ゆ、有給休暇ってなんのことですか?ハジメさん」

と困惑した顔でスムスが言う。

「え?有給休暇ってないんですか?1日分のお給料は貰えるけど、お休みっていうものですけど」

ハジメがきょとんとして答えると彼は

「休んだのにお給料貰えるなんて聞いたことありません」

と返してきた。

「あぁ、うちの店そういう制度があるんでってことで」

と笑顔で返しておく。

「それで条件ですが、お休みは定休日だけなので週に1回ですが大丈夫でしょうか?それでお給料は1日2万Sで。ジェフさんは半日働いて貰うってことなので、1万Sで大丈夫でしょうか?」

と希望を伝えると

「え?そんなに貰えるんですかい?」

とジェフは笑顔になる。

「・・・ハジメさん、相場は提示された金額の半分が良いところですよ?その金額なら私が働きたいくらいです」

とスムスが言うので、ウチの店ではそれが普通なのでと言っておく。彼はやれやれと言った雰囲気を出したが笑顔を浮かべていた。

「では、店員の募集も同じ金額と条件で募集しておきますね」

と言うのでそれでお願いしておいた。

ジェフはひとまず家に帰り、マーサさんに伝えると言うので、2時間後に中央の噴水に集合ということにした。その後面接をした部屋でハジメ一行とスムスがお茶を飲んでいた。

「・・・そうですか。コウ様とリナリー様は奴隷から解放されたのですね。では、お二方はこれからどうされるのですか?」

とスムスが2人に向かって言うと

「私たちはご主人様の側を離れるつもりはありません」

とリナリーがハジメにとって嬉しい言葉をハッキリ言う。それに笑顔でスムスが

「これは言い方が悪かったですね。申し訳ありません。お二方がハジメ様の下を離れるとは思っておりませんよ。私が言いたかったのは、ギルドに登録はされないのですか?ということです」

と告げる。2人は黙っていた。ギルドに登録となればその費用が掛かるのだ。2人はないと思っているし、ハジメに出させるというのは考えていないようだった。それに気づいたスムスはふふっと愛おしそうに笑う。

「あ、それは大丈夫ですよ。ここに二人の稼いだお金はあるので」

とハジメはひかりから皮袋2つを取り出し、リナリーとコウの前に置く。

「で、2人はどうしたい?片方だけ登録するか両方登録するか。しないっていうのも選べるけど」

「お金があるのでしたら登録した方が身分証にもなりますので宜しいかと思いますよ。どうやら両方登録しても困らないような金額があるようですし」

とハジメの言葉に続けてスムスが言う。2人は驚いたような顔している。

「これはウチで働いたお給料と2人が冒険者ギルドで稼いだお金だからね。もう奴隷じゃないんだから受け取ってね」

と言うと2人はぽろぽろと涙を流してハジメに抱きつく。ハジメは優しく頭を撫でながら早くしないと強制的に両方登録しちゃうぞっというと

「私は冒険者ギルドに登録しようと思います。どうしてもお金のやり取りって苦手で・・・。お客さんと話すは好きなんですけど」

とリナリーが言い泣きながら笑う。口座があると便利なので、商人ギルド登録してはどうかと提案したが、1か月ほど前に冒険者ギルドにも口座が出来たとのことだった。あまり冒険者の依頼を受けないハジメはそれすら知らなかったのだった。

リナリーのことが決まったころにようやくコウは泣き止んでいた。

「僕は商人ギルドだけにしようと思います。魔物やっつけるのはやっぱり怖いので」

と言う。スムスにハジメはコウの両人ギルドへの登録と口座開設を依頼する。コウが書類をリナリーとひかりに教わりながら書いている時そっとスムスに、登録料と口座開設料はハジメの口座から出しておいて欲しいことを伝える。

「確かにお預かりしました」

とハジメのギルドカードを受け取った。なんとか書き上げた書類と袋に入ったお金を持って応接室を出て行った。十数分後スムスが帰室し出来たばかりのコウの商人ギルドカードと空になった袋を渡した。

「はい。お待たせしました。これがコウさんのギルドカードですよ。口座残高は都合の良い時に受付で確認しておいてくださいね。それではこれから商人ギルド員のコウさんとお呼びするようになります。私は商業ギルド員ですので。これはケジメのようなものですので、ご了承くださいね。それとコウさんは成人年齢までのあと1年半は見習いとしての登録になります。自分自身で売買することはできません。決定権を持つのはハジメさんとなりますので気を付けてくださいね。これは若いと侮られて品質の悪いものを売りつけられたりするトラブルを避けるためですので、この期間にしっかり見定める力を育ててくださいね。見習い期間は会費は不要ですが、成人したら支払い義務がありますのでしっかり力をつけてくださいね。見習いのカードは隅に穴が開いているので首から下げる子が多いですね。失くすと大変ですので」

と言った。コウは「はいっ」と元気よく笑顔で言う。それに伴って茶色のふさふさのしっぱが左右にせわしなく動いており、彼の感情を表現している。まぁコウの口座には既に5年分ほどの会費が入っているので問題はないだろう。コウは受け取ったカードを大切そうに眺めて、リナリーやひかりに花の咲くような笑顔で見せている。ハジメは後で紐をつけることにしてコウから預かり袋に入れる振りをしてアイテムボックスの中に入れた。スムスに感謝を伝えると共に引き続き従業員探しをお願いしてギルドを後にした。そして4人はリナリーのギルド登録の為冒険者ギルドへ向かう。

4人がギルドへ入ると丁度セバスチャンが受付に降りて来たところであった。彼は4人に気づくと近づいてきた。そして2人の腕に奴隷の証が無いことに気づく。

「コウ君、リナリーさん。良かったですね」

と微笑む。2人とも嬉しそうにはにかんでいる。

「それで、今日はリナリーの冒険者登録をしに伺いました」

とハジメが言うと、

「なるほど、分かりました。こちらへどうぞ」

とセバスチャンは受付へ案内してくれ、そのまま手続きをしてくれた。そしてリナリーのお金を口座へと入金しておいた。冒険者登録料は商人登録料よりもかなり安いので、その分リナリーの口座に足しておいた。

そして4人は待ち合わせ場所へ向かうのだった。
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