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最終章

51.扉は開き、光は満ちる

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 国王陛下のご演説が終わろうとしている。広間と扉で隔てられた廊下にいるローレンスとリリアーヌには詳しい内容までは聞き取れなかったが、刻一刻とが近づいていることは分かった。

 束の間の沈黙の後、拍手の音が聞こえ、それが止むとファンファーレが鳴り響いた。

 リリアーヌは呼吸を整えた。あれだけ練習したのだから、絶対に大丈夫。

 重い扉がゆっくりと開いて、光が流れ込んで来た。その場にいる貴族達の全視線が集中する。
 ローレンスが一歩踏み出した。
 さっきまで震えていたとは思えない威厳と気品溢れる堂々とした姿に誰もが息を呑む。そして長身のローレンスと腕を組んで小柄なリリアーヌが步を進めるにつれて、どよめきがさざ波のように広がった。

「なんと美しい奥方だ」
「奥方だけじゃない、あれがあの…金貸しローレンスか?」
「しっ!不敬であるぞ」
「あんなに凛々しいお顔でしたかしら、まるで別人のよう……」
「確かに国王陛下と似ておられる」
「ご覧になって。あの黒髪の見事なこと」

 もちろん賛辞ばかりではなかった。ローレンスの顔の傷を揶揄したり、どこから聞きつけたのかリリアーヌが片田舎の貧乏伯爵家の生まれであることを当てこすったりする声も全てはっきりと聞こえてきた。だが二人の心は水のように静かだった。リリアーヌも横にいるローレンスも顔色一つ変えない。

 赤い絨毯を突き当たりまで進むと国王ご夫妻が玉座から立ち上がられた。ローレンスが片膝をついて臣下の礼を取り、リリアーヌもスカートを摘んで腰を低く屈める。
 王后陛下の特訓の甲斐あって、リリアーヌの立ち居振舞いは優雅この上なく、完璧だった。

 国王陛下のよく通る声が響いた。

「ローレンス・フィッツジェラルド。勅令により汝を王弟と認め、王族譜にその名を記すとともに太公に叙す。この勅令に異存なくば今ここで国家と王室に忠誠を宣言せよ」

 ローレンスは一呼吸おいて、ゆっくりと一語一語噛み締めるように答えた。

「国王陛下のご厚情に心より感謝申し上げます。ローレンス・フィッツジェラルド、太公位叙爵の儀、謹んでお受けいたします。国家と王室に対し忠誠をお誓い申し上げますとともに、もしこの誓い破らるる時には死を以てお詫びすることをここに宣言いたします。陛下の御代みよに、永久とこしえの光あらんことを」

 その声はほんの少し震えてはいたが、リリアーヌが良く知っている穏やかで低い声だった。

 続いて陛下の横に控えていた大司教が古びた分厚い書物を広げた。これは王族譜と呼ばれていて、代々の王族の名簿のようなものだ。
 黄ばんだ羊皮紙のページ、先王マキシム五世から続く現国王レオと王后ユージェニーの名の隣に、ローレンスとリリアーヌの名が書きこまれた。
 フィッツジェラルド大公とリリアーヌ大公妃の誕生の瞬間だった。

 国王陛下が王族譜を確認し、御璽を押されると大司教はうやうやしく下がり、入れ違いに宮廷府長官が銀製のトレーを捧げ持って進み出た。

「立ちなさい、フィッツジェラルド大公」
 陛下の呼びかけにローレンスがゆっくりと立ち上がる。その大礼服の肩に陛下自らの手で肩章が付けられた。黒と金で縁取った深紅の台に、金糸で刺繍された星が二つ。もう一つある。腰に下げるサーベルと、それを吊るす剣帯だ。もちろんローレンスは軍人ではないが、ドレスコードとして大礼服を身に着ける際にはサーベルが必要だからだ。
 剣帯の色も肩章と同じ深紅であった。王族の男性が正装するときは皆この肩章と剣帯を身に着けるが、その色は家格によって決まっている。フィッツジェラルド太公家の深紅は……王位継承権を持つ直系だけに許される色だ。
 それから幾つかの勲章と副章が授与され、副章は胸に、勲章はサッシュで腰に留められた。
 名実ともに王族のあかしを纏った弟の姿に、国王陛下は満足げに頷かれた。

 次はリリアーヌだった。王后陛下が前に進み出られる。ローレンスと同じように幾つかの勲章と副章が授与された。そして王后陛下の手によって、王族の既婚女性だけに着用が許されるダイヤモンドのティアラがリリアーヌの頭上に載せられた。
 額にずっしりとかかるその重みは、リリアーヌが生涯忘れられないものであった。

 全てが終わるとローレンスは国王陛下と、リリアーヌは王后陛下と抱擁を交わし、それから二人で居並ぶ貴族達のほうへ向き直った。

 その時……どこからともなく拍手が起こり、やがてそれは広間全体を包み込んだ。
 同時にあちこちから声が上がった。

 大公殿下、万歳、と。
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