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第五章

41.生まれ変われるのなら

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「……見るな」
 冷静さを取り戻したローレンスが身体を起こしながら恥ずかしそうに呟く。
 リリアーヌはそっとレースで縁取られたハンカチを差し出した。
「見るなと言ってるだろう」
「嫌です」
「頼むから見ないでくれ。恥ずかしくて死にそうだ」
 真っ赤になった目元をハンカチで拭いながらローレンスは懇願したが、リリアーヌはすました顔で答えた。
「大事なことを隠して結婚なさろうとしたお仕置きですわ」
 それを聞いたローレンスは諦めたようにガーデンチェアの背もたれに身体を預け、天を仰いだ。

「この数日間、そればかり考えていた」
「お食事も取らず、眠らず、髭も剃らず?……酷いお顔」
 ローレンスの頬はこけ、目は落ちくぼみ、無精髭が伸びている。
「それを言うなら貴女もだろう?」
 指摘されてリリアーヌははっと赤くなって俯いた。リリアーヌの目の下にはくっきりとくまが出て、肌も髪も艶がない。

 ローレンスが両腕を伸ばした。
「リリアーヌ、こっちへ来てくれ」
「嫌です」
「そんなこと言わないで、こっちへ」
「嫌」
「リリアーヌ、頼む、こっちへ来てくれ。抱き締めさせてくれ」
 ローレンスに懇願されたリリアーヌはわざとらしくプイっと横を向いたが、そっと身体をずらした。そのままローレンスに抱え上げられ、膝の上で横抱きにされる。
「ずっと考えていらしたの?」
「ああ」
「わたくしのこと?それとも国王陛下の仰ったこと?」
「両方だ。……ああ、今度ばかりは流石の俺も困った。どうすればいいんだ?」

「ローレンス様」
 不意にリリアーヌの声が真剣になった。そしてローレンスを真っすぐに見上げて言った。

「今回の王命、お受けなさいませ」
「何だって⁉︎」
「大公殿下にお成りなさいませ」

「冗談だろう?」
 ローレンスは笑おうとしたが、顔がひくひくと引き攣ってしまう。リリアーヌは首を横に振って続けた。
「わたくしは真剣です」
 その声と表情につられてローレンスも姿勢を正し、二人は膝を突き合わせて座り直した。

「本気か?」
「何度も同じことを言わせないで下さいませ。わたくしは本気です。貴方は王族に加わらなければいけません。本来の姿に戻って、為すべきことをなさいませ」

「ちょっと、ちょっと待ってくれ」
 食いぎみに言葉を繋ぐリリアーヌを片手を挙げていなす。
「大公というのがどういう立場なのかは理解した上で、それでも俺にそこに足を踏み入れろ、と?」
「はい」
「……大公だぞ。男爵あたりの叙爵とは訳が違う……この俺が……王位継承権を持つなど、貴族達が黙っていまい」
「言わせておけば良いのです」
「しかし……」
 言い淀むローレンスにリリアーヌは怪訝な顔をした。まだ何か、言いたいことがあるのだろうか?

「俺が大公になっても……その……貴女は俺と一緒にいてくれるのか?」
「え?」
「俺は……ただ貴女と共に生きたいだけなんだ。貴女さえいてくれれば、平民だろうが貴族だろうが、そんなものはどうでもいい。俺の出自を今の今まで打ち明けられなかったのは、貴女にそういう目で見られたくなかったからだ」
「そういう、目……?」
 ローレンスの目が悲しそうに曇った。
「自分がけがれた子であることを知られたい人間などいないだろう?しかも本当の父親は国王で、そのくせやってることは悪徳高利貸しなんて、滑稽にも程があるじゃないか」

「……やっぱりあと二、三発、っておけば良かったですわ」

 リリアーヌは落ち着いた声で続けた。
「貴方が大公殿下だろうが悪徳高利貸しだろうが、わたくしにとっては何も変わりません。わたくしが愛しているのはローレンス・フィッツジェラルドです。大公になっても一緒にいてくれるかなんて、二度と口になさらないで下さいませ。それに」
「それに?」
「国王陛下のお気持ちとご事情も汲んで差し上げなさいませ。この前言っておられたでしょう、王室の行く末が心配だと。わたくしも一人娘でしたから分かります。田舎の伯爵家と王家を比較するのはおこがましゅうございますけど、幼い頃から家族と領民の期待を一心に背負わされるのは皆が思っている以上に辛いのですよ。陛下も同じ思いを感じていらしたのでしょう。たとえ腹違いであっても血を分けた弟が側にいてくれたらどれほど心強いかと思われることが何度もおありだったのではないかしら」

「……俺は陛下のお力になれるような男ではないよ」
「それは陛下がお決めになることです」

 きっぱりと言い切ったリリアーヌの言葉にローレンスははっとした顔になった。

「陛下がお決めになる……そうか、陛下は俺のことを王室の力になれる人間だと思し召しなのか……罪の子として生まれながらに追放された俺でも、誰かのために役に立てると……」
「ええ、きっと。もう意地を張るのはお止しになって?たとえ望まれぬ子として生まれてきても、生き方は自分で選べるのですから」
「意地を張る、か……コンスタンティンにも言われたよ」

 リリアーヌはローレンスが口を開くまで辛抱強く待った。

「分かった。お受けしよう」

「陛下がお喜びになりますわ」

 ローレンスの右手がリリアーヌの頬を撫でる。
「俺一人では無理だ。……支えてくれるか?」
「わたくしで良ければ喜んで」
「……貴女には無理を強いてばかりだな」
「もう慣れましたわ」
「そうか」

 短い会話だったが、二人にはそれで十分だった。
 ローレンスがリリアーヌの手を引いて立ち上がる。そのまま二人は見つめ合い、どちらからともなく口づけを交わした。
「部屋へ戻ろう。もう凍えそうだ。貴女の茶が飲みたい。淹れてくれるか?」
「ええ、勿論、今日は生姜と蜂蜜を入れましょうか、温まりますから。貴方に風邪でも引かれたら、国王様に何と言われるか。ふふ」
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