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第三章
17.許すものか
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「旦那様!」
屋敷に帰り着いたローレンスにアランが駆け寄った。
「リリアーヌ殿は⁉見つかりましたか⁉」
「いや」
「……旦那様!」
「見つからなかったが、裏通りにこれが落ちていた。何があったかは大方読めた。あいつだ」
「まさか……」
ローレンスは苦々しい表情で頷いた。
「オルフェウス伯爵、マテオだ。十中八九間違いないだろう。あいつが連れ去ったんだ」
「……おお……何ということ……旦那様、今リリアーヌ殿を夫の元に帰したら、無事ではいられませんよ」
「無事どころか……殺されてしまう……!」
「旦那様、いかがいたしましょう。警察に……」
「警察は動かんだろう。妻が夫の元に戻った。表向きはそれだけだから何の問題にもならん」
それを聞いたアランはがっくりと肩を落としたが、ローレンスの怒りに燃えた目に気づくと表情を引き締めて言った。
「旦那様、何をお考えですか?」
「決まってるだろう、彼女を取り返す」
「どうなさるおつもりで?」
「マテオの性格ならば、何かしら俺に言って来る筈だ。金を要求するか、そうでなければ俺を嘲笑するか……その間にあいつが行きそうな場所を探る」
「では、旦那様はしばらくこの屋敷にいらして下さい。私が社員達に秘密裏に探らせます」
ローレンスはほんの少しだけ明るい表情になった。
「分かった。頼むぞ、アラン」
一睡もできないまま夜が明けたが、マテオからは何の動きもなかった。
だがその翌日、ローレンスが執務室にいた時に突然何かが窓からガラスを割って室内に投げ込まれた。
ローレンスは窓際に駆け寄ったが、既に通りには誰もいない。
床に落ちた包みは、紙で包んだ小石だった。広げてみると、紙にはこう書かれていた。
『帰してもらうぞ。せいぜい苦しめ、間男』
「旦那様!今の音は!」
執務室に駆け込んできたアランは、紙きれを握りつぶすローレンスの額に憤怒のあまり青筋が立っているのを認めて何があったのか理解した。
「見ろ、これを」
「……どこまで屑なんでしょう、あのマテオという男は」
「これで良く分かった。あいつの目的は金じゃない、俺への復讐だ」
「ということは、リリアーヌ殿は」
「ああ、殺されてはいないだろう、今のところは。多分どこかに監禁していたぶっているに違いない。だがこの先は……」
「急ぎませんと」
「何か手掛かりは見つかったか?」
アランは悔しそうに答えた。
「申し訳ありません、まだ何も……」
「くそ……」
それから二日たった時、ローレンスのもとにある情報が入ってきた。
王都の町外れに以前ある貴族が住んでいた屋敷がある。ここ数年は空き家になっていたのだが、数日前から夜になると人の出入りがあるようになった。
調べてみると、一週間ほど前に一人の中年の女がこの屋敷を借りたいと屋敷を管理している不動産屋を訪ねてきたというのだ。
「中年の女?」
それを聞いた瞬間、ローレンスの記憶が蘇った。あいつ……イヴォンヌか。
不動産屋はあの屋敷は数年放置されてあちこち傷んでいるからもう少し考えたほうが良いと貸すのを渋ったのだが、その女は聞き入れず、とにかく明日からでもと押し切って礼金を払い、屋敷の鍵をひったくるように受け取って去っていったらしい。
この情報をローレンスにもたらしたのは、ほかならぬエルヴィンだった。
「お前、どこからこんな情報を手に入れたんだ?」
そう問いかけるローレンスに向かって、エルヴィンはふん、という顔で答えた。
「俺が良く行く酒場っすよ。例の不動産屋、かなり曰くつきの物件なんかも多く取り扱ってるらしいんですが、そいつのお気に入りの女が酒場にいるんで、ちょっと引っ掛けて……ね」
「お前……全く」
そう呆れながらもローレンスは最大級の感謝を込めてエルヴィンの肩を思いっきりばんばんと叩いた。
「貴族が使っていた屋敷なら地下室があるだろう。たぶん、そこだな」
「旦那様、どうなさるおつもりで?」
ローレンスの目がギラリと光った。
「……決まってる。同じことをするだけだ」
その日の夜更け、ローレンスとエルヴィンは街外れの貴族の屋敷から少し離れた裏通りで様子を窺っていた。
一日中屋敷を見張っていたエルヴィンによると、数時間前、人目を避けるようにやってきた辻馬車から一人の男が屋敷に入っていったらしい。
暗くて顔は良く見えなかったが、かなり酔っている様子だったという。
「社長、どうします?」
エルヴィンが小声でローレンスに問いかけた。
ローレンスは黙って道端の小石をいくつか拾い上げると、エルヴィンに手渡しながら言った。
「俺が玄関の前に着いたら、三つ数えてからこの石をあそこの窓に投げろ。手加減なしで、思いっきりな。少々ビビらせてやろうじゃないか」
「社長、相当来てますね」
「余計なことを言ってんじゃない。……行くぞ」
帽子を深く被り直し、呼吸を整えて玄関のドアの前に立つと、ローレンスはエルヴィンに視線を送った。
1、2、3。
エルヴィンはローレンスの期待以上に勢いよく小石を窓に投げつけた。
ガシャン!ガシャン!と連続でガラスの割れる音が闇に響く。
それと同時にローレンスはドアを思い切り蹴破り、屋敷の中を大股で歩きながら、声を限りに叫んだ。
「リリアーヌ、どこだ⁉︎ どこにいる⁉︎ 返事をしろ‼︎ 」
エルヴィンも追いついて、二つのカンテラが室内を照らす。
「社長、こっちです、ここに地下への階段が!」
エルヴィンの声にローレンスが振り向くと、古びた階段の下から微かに光が洩れていた。
階段を駆け下りると、果たしてそこには地下室のドアがあった。当然鍵がかかってはいるが、ローレンスには造作もない。
玄関と同じようにドアを思い切り蹴破り、室内をカンテラで照らした瞬間、ローレンスはマテオに羽交い絞めにされているリリアーヌの姿を見て息を呑んだ。
そこにいたのはローレンスが知っているリリアーヌではなかった。
リリアーヌは下着姿で、しかもずぶ濡れで泥だらけだった。たぶん何度も気を失うたびに冷水を浴びせられたのだろう。
両手はきつく縛られて、手首から血が滲んでいる。顔は腫れ上がり、口の端は内出血で紫色になっていた。
……そして、腰の下まで長く豊かに波打っていた黒髪は耳のあたりでバッサリと切り落とされ、ばらばらになって顔に張り付いていた。切られたというより、刈られたに近いぐらいだ。
「貴様……!」
怒髪天を衝く勢いで近づこうとしたローレンスをマテオが上ずった声で制した。
「く、来るな、それ以上近づいたらこいつを殺すぞ……ひゃ、ひゃひゃ……どうだ、高利貸しさんよお?ぼ、僕は本気だからな」
「……お前、それでも人間か?この人は仮にもお前の妻だろう?」
その言葉にマテオは逆上して喚き散らした。
「ああ、そうだ!僕の妻だ!夫が妻を好きにして何が悪い⁉︎おま、お前、お前が余計なことさえしなければ……何もかも、お前のせいだ!」
マテオの甲高い喚き声とは対照的な低い声がそれに答える。
「そうだな、俺のせいだ」
あっさりと認めたローレンスにマテオは勝ち誇った顔で呂律の回らない罵声を浴びせた。
「は、ははは、随分と素直に負けを認めるじゃないか!お前なんてハナから僕に勝てる訳ないんだよ、卑しい平民の金貸しのくせに!伯爵様を出し抜いたつもりだろうが、お前なんて所詮その程度だ!」
帽子の下で、ローレンスの目がギラリと光った。
「卑しい平民の金貸し……か、そうだな、その通りだ。だったら俺も卑しい平民のやり方でやらせてもらう」
屋敷に帰り着いたローレンスにアランが駆け寄った。
「リリアーヌ殿は⁉見つかりましたか⁉」
「いや」
「……旦那様!」
「見つからなかったが、裏通りにこれが落ちていた。何があったかは大方読めた。あいつだ」
「まさか……」
ローレンスは苦々しい表情で頷いた。
「オルフェウス伯爵、マテオだ。十中八九間違いないだろう。あいつが連れ去ったんだ」
「……おお……何ということ……旦那様、今リリアーヌ殿を夫の元に帰したら、無事ではいられませんよ」
「無事どころか……殺されてしまう……!」
「旦那様、いかがいたしましょう。警察に……」
「警察は動かんだろう。妻が夫の元に戻った。表向きはそれだけだから何の問題にもならん」
それを聞いたアランはがっくりと肩を落としたが、ローレンスの怒りに燃えた目に気づくと表情を引き締めて言った。
「旦那様、何をお考えですか?」
「決まってるだろう、彼女を取り返す」
「どうなさるおつもりで?」
「マテオの性格ならば、何かしら俺に言って来る筈だ。金を要求するか、そうでなければ俺を嘲笑するか……その間にあいつが行きそうな場所を探る」
「では、旦那様はしばらくこの屋敷にいらして下さい。私が社員達に秘密裏に探らせます」
ローレンスはほんの少しだけ明るい表情になった。
「分かった。頼むぞ、アラン」
一睡もできないまま夜が明けたが、マテオからは何の動きもなかった。
だがその翌日、ローレンスが執務室にいた時に突然何かが窓からガラスを割って室内に投げ込まれた。
ローレンスは窓際に駆け寄ったが、既に通りには誰もいない。
床に落ちた包みは、紙で包んだ小石だった。広げてみると、紙にはこう書かれていた。
『帰してもらうぞ。せいぜい苦しめ、間男』
「旦那様!今の音は!」
執務室に駆け込んできたアランは、紙きれを握りつぶすローレンスの額に憤怒のあまり青筋が立っているのを認めて何があったのか理解した。
「見ろ、これを」
「……どこまで屑なんでしょう、あのマテオという男は」
「これで良く分かった。あいつの目的は金じゃない、俺への復讐だ」
「ということは、リリアーヌ殿は」
「ああ、殺されてはいないだろう、今のところは。多分どこかに監禁していたぶっているに違いない。だがこの先は……」
「急ぎませんと」
「何か手掛かりは見つかったか?」
アランは悔しそうに答えた。
「申し訳ありません、まだ何も……」
「くそ……」
それから二日たった時、ローレンスのもとにある情報が入ってきた。
王都の町外れに以前ある貴族が住んでいた屋敷がある。ここ数年は空き家になっていたのだが、数日前から夜になると人の出入りがあるようになった。
調べてみると、一週間ほど前に一人の中年の女がこの屋敷を借りたいと屋敷を管理している不動産屋を訪ねてきたというのだ。
「中年の女?」
それを聞いた瞬間、ローレンスの記憶が蘇った。あいつ……イヴォンヌか。
不動産屋はあの屋敷は数年放置されてあちこち傷んでいるからもう少し考えたほうが良いと貸すのを渋ったのだが、その女は聞き入れず、とにかく明日からでもと押し切って礼金を払い、屋敷の鍵をひったくるように受け取って去っていったらしい。
この情報をローレンスにもたらしたのは、ほかならぬエルヴィンだった。
「お前、どこからこんな情報を手に入れたんだ?」
そう問いかけるローレンスに向かって、エルヴィンはふん、という顔で答えた。
「俺が良く行く酒場っすよ。例の不動産屋、かなり曰くつきの物件なんかも多く取り扱ってるらしいんですが、そいつのお気に入りの女が酒場にいるんで、ちょっと引っ掛けて……ね」
「お前……全く」
そう呆れながらもローレンスは最大級の感謝を込めてエルヴィンの肩を思いっきりばんばんと叩いた。
「貴族が使っていた屋敷なら地下室があるだろう。たぶん、そこだな」
「旦那様、どうなさるおつもりで?」
ローレンスの目がギラリと光った。
「……決まってる。同じことをするだけだ」
その日の夜更け、ローレンスとエルヴィンは街外れの貴族の屋敷から少し離れた裏通りで様子を窺っていた。
一日中屋敷を見張っていたエルヴィンによると、数時間前、人目を避けるようにやってきた辻馬車から一人の男が屋敷に入っていったらしい。
暗くて顔は良く見えなかったが、かなり酔っている様子だったという。
「社長、どうします?」
エルヴィンが小声でローレンスに問いかけた。
ローレンスは黙って道端の小石をいくつか拾い上げると、エルヴィンに手渡しながら言った。
「俺が玄関の前に着いたら、三つ数えてからこの石をあそこの窓に投げろ。手加減なしで、思いっきりな。少々ビビらせてやろうじゃないか」
「社長、相当来てますね」
「余計なことを言ってんじゃない。……行くぞ」
帽子を深く被り直し、呼吸を整えて玄関のドアの前に立つと、ローレンスはエルヴィンに視線を送った。
1、2、3。
エルヴィンはローレンスの期待以上に勢いよく小石を窓に投げつけた。
ガシャン!ガシャン!と連続でガラスの割れる音が闇に響く。
それと同時にローレンスはドアを思い切り蹴破り、屋敷の中を大股で歩きながら、声を限りに叫んだ。
「リリアーヌ、どこだ⁉︎ どこにいる⁉︎ 返事をしろ‼︎ 」
エルヴィンも追いついて、二つのカンテラが室内を照らす。
「社長、こっちです、ここに地下への階段が!」
エルヴィンの声にローレンスが振り向くと、古びた階段の下から微かに光が洩れていた。
階段を駆け下りると、果たしてそこには地下室のドアがあった。当然鍵がかかってはいるが、ローレンスには造作もない。
玄関と同じようにドアを思い切り蹴破り、室内をカンテラで照らした瞬間、ローレンスはマテオに羽交い絞めにされているリリアーヌの姿を見て息を呑んだ。
そこにいたのはローレンスが知っているリリアーヌではなかった。
リリアーヌは下着姿で、しかもずぶ濡れで泥だらけだった。たぶん何度も気を失うたびに冷水を浴びせられたのだろう。
両手はきつく縛られて、手首から血が滲んでいる。顔は腫れ上がり、口の端は内出血で紫色になっていた。
……そして、腰の下まで長く豊かに波打っていた黒髪は耳のあたりでバッサリと切り落とされ、ばらばらになって顔に張り付いていた。切られたというより、刈られたに近いぐらいだ。
「貴様……!」
怒髪天を衝く勢いで近づこうとしたローレンスをマテオが上ずった声で制した。
「く、来るな、それ以上近づいたらこいつを殺すぞ……ひゃ、ひゃひゃ……どうだ、高利貸しさんよお?ぼ、僕は本気だからな」
「……お前、それでも人間か?この人は仮にもお前の妻だろう?」
その言葉にマテオは逆上して喚き散らした。
「ああ、そうだ!僕の妻だ!夫が妻を好きにして何が悪い⁉︎おま、お前、お前が余計なことさえしなければ……何もかも、お前のせいだ!」
マテオの甲高い喚き声とは対照的な低い声がそれに答える。
「そうだな、俺のせいだ」
あっさりと認めたローレンスにマテオは勝ち誇った顔で呂律の回らない罵声を浴びせた。
「は、ははは、随分と素直に負けを認めるじゃないか!お前なんてハナから僕に勝てる訳ないんだよ、卑しい平民の金貸しのくせに!伯爵様を出し抜いたつもりだろうが、お前なんて所詮その程度だ!」
帽子の下で、ローレンスの目がギラリと光った。
「卑しい平民の金貸し……か、そうだな、その通りだ。だったら俺も卑しい平民のやり方でやらせてもらう」
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