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終章 愛の糧
そしてより深く囚われる
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間もなくミカルが家から出てきて、俺の元へ戻ってくる。
その長い指には手紙を入れたであろう黒い筒が摘ままれていた。
鳩の脚についていた紐に黒筒を取り付けると、ミカルは鳩に目を合わせて話しかける。
「約束通り、魔の者を人へと戻す術を書きましたのでお送りします。あとバラの育て方も……ビクトルには馴染みのないことですから、ちゃんとした物を育てるのに時間はかかると思いますが、気長に見てやって下さい」
ハトの首が大きく前後し、頷く仕草を見せてくる。やはりクウェルク様が操っているらしい。そして話の内容に俺が驚いてしまう。
「ク、クウェルク様も人に戻られるのか?!」
「当初はその予定ではなかったらしいのですが、ビクトルに惚れ込んでしまったようで頼まれてしまいました。彼が人に戻れば他の魔の者と心を通わせていますから、望む者のためにバラを育てて、人に戻していくことでしょう」
俺へついた嘘が、本当になってしまったのか。
魔の者のままで長く生きることもできるが、光の下で生きたいと望む者は恐らく多い。もしかすると俺が年老いる頃には、魔の者はほとんどいなくなるかもしれない。
もしそうなった時、ヒューゴは――。
考えている最中、肩を鳩にグッと蹴られ、重みが消える。
バタバタと音を立てながら飛び立つ鳩を見上げ、俺は小さく手を振った。
小さな姿が山の向こうへ消えてしまった後、俺はミカルへ振り向いた。
「ミカル、近い内に種からバラを育てさせてくれないか?」
「それは構いませんが、どうして急に?」
「ヒューゴが人に戻りたいと願った時に、それが叶うようにしてやりたい……あいつはクウェルク様を敬いはしても、心を預けることはしない。多分、俺が育てたものじゃなければ駄目だろう。だから……」
ほんの一瞬、ミカルの眉間に皺が寄る。しかしすぐに優美な笑みを浮かべ、頷いてくれる。
「分かりました。正直妬きますが、カナイが望むなら喜んで教えましょう。その代わり――」
ミカルの腕が伸びてきたと思えば、俺は深く抱き込まれてしまう。
回された腕に力がこもり、どこか縋られているような切実さを覚えた。
「別株で、私のためにも作ってくれませんか? カナイが育てたバラを紅茶に混ぜて、貴方の愛でこの身を満たしたい」
どこまで俺に貪欲なのだろうか、この男は……。どれだけ水をやっても、常にかけ続けなければ枯れてしまいそうだ。
厄介な人間と繋がり合ってしまったものだと思ったが、こいつのワガママには応えてやりたい。愛を受け取ることもそうだが、与えることも楽しい。
俺はミカルの背に手を回して抱き締め返すと、大きく頷いてやった。
「分かった。お前のためにも育ててやろう。出来が悪くても文句は言うなよ」
「構いませんよ。どれだけ歪で不格好なものになっても、カナイの想いが詰まっているなら……さあ、そろそろ家に戻りませんか? 今日の残りの時間、私にくれるんですよね?」
「もう少し作業してからな。そんなにせっつくな。俺のこれからの時間すべて、お前のものなんだぞ? 少しは余裕を持て――」
「待てません。今すぐ下さい、カナイの時間を……」
ミカルがわずかに体を離した時、一瞬顔が見える。
熱を帯びた目。早く喰らいたくて堪らなそうな、薄く開いた唇。
そうして唇に喰いつかれながら、俺はミカルにすべてを奪われる。
甘く、心地良く、二人の時に溺れていく。
ミカルが育てたバラの香りに包まれながら、俺はより深くミカルに囚われていった。
〈END〉
その長い指には手紙を入れたであろう黒い筒が摘ままれていた。
鳩の脚についていた紐に黒筒を取り付けると、ミカルは鳩に目を合わせて話しかける。
「約束通り、魔の者を人へと戻す術を書きましたのでお送りします。あとバラの育て方も……ビクトルには馴染みのないことですから、ちゃんとした物を育てるのに時間はかかると思いますが、気長に見てやって下さい」
ハトの首が大きく前後し、頷く仕草を見せてくる。やはりクウェルク様が操っているらしい。そして話の内容に俺が驚いてしまう。
「ク、クウェルク様も人に戻られるのか?!」
「当初はその予定ではなかったらしいのですが、ビクトルに惚れ込んでしまったようで頼まれてしまいました。彼が人に戻れば他の魔の者と心を通わせていますから、望む者のためにバラを育てて、人に戻していくことでしょう」
俺へついた嘘が、本当になってしまったのか。
魔の者のままで長く生きることもできるが、光の下で生きたいと望む者は恐らく多い。もしかすると俺が年老いる頃には、魔の者はほとんどいなくなるかもしれない。
もしそうなった時、ヒューゴは――。
考えている最中、肩を鳩にグッと蹴られ、重みが消える。
バタバタと音を立てながら飛び立つ鳩を見上げ、俺は小さく手を振った。
小さな姿が山の向こうへ消えてしまった後、俺はミカルへ振り向いた。
「ミカル、近い内に種からバラを育てさせてくれないか?」
「それは構いませんが、どうして急に?」
「ヒューゴが人に戻りたいと願った時に、それが叶うようにしてやりたい……あいつはクウェルク様を敬いはしても、心を預けることはしない。多分、俺が育てたものじゃなければ駄目だろう。だから……」
ほんの一瞬、ミカルの眉間に皺が寄る。しかしすぐに優美な笑みを浮かべ、頷いてくれる。
「分かりました。正直妬きますが、カナイが望むなら喜んで教えましょう。その代わり――」
ミカルの腕が伸びてきたと思えば、俺は深く抱き込まれてしまう。
回された腕に力がこもり、どこか縋られているような切実さを覚えた。
「別株で、私のためにも作ってくれませんか? カナイが育てたバラを紅茶に混ぜて、貴方の愛でこの身を満たしたい」
どこまで俺に貪欲なのだろうか、この男は……。どれだけ水をやっても、常にかけ続けなければ枯れてしまいそうだ。
厄介な人間と繋がり合ってしまったものだと思ったが、こいつのワガママには応えてやりたい。愛を受け取ることもそうだが、与えることも楽しい。
俺はミカルの背に手を回して抱き締め返すと、大きく頷いてやった。
「分かった。お前のためにも育ててやろう。出来が悪くても文句は言うなよ」
「構いませんよ。どれだけ歪で不格好なものになっても、カナイの想いが詰まっているなら……さあ、そろそろ家に戻りませんか? 今日の残りの時間、私にくれるんですよね?」
「もう少し作業してからな。そんなにせっつくな。俺のこれからの時間すべて、お前のものなんだぞ? 少しは余裕を持て――」
「待てません。今すぐ下さい、カナイの時間を……」
ミカルがわずかに体を離した時、一瞬顔が見える。
熱を帯びた目。早く喰らいたくて堪らなそうな、薄く開いた唇。
そうして唇に喰いつかれながら、俺はミカルにすべてを奪われる。
甘く、心地良く、二人の時に溺れていく。
ミカルが育てたバラの香りに包まれながら、俺はより深くミカルに囚われていった。
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