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四章 そして彼は愛を知る
僕の忠義
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「ヒュー、ゴ……っ!」
「カナイ様……駆け付けるのが遅れてしまい、申し訳ありません」
一瞬だけ強面を笑みで溶かした後、すぐにヒューゴは顔から再会の喜びを消す。
歯を剥き出して小さく唸ったかと思えば、大柄な体はより一回り大きくなり、その両手は獣の鋭い爪と肌を覆い尽くす銀毛を宿す。
顔はすぐに獰猛な狼のものへと変わり、ウオォォォォ──ッと辺り一帯を咆哮で震わす。
ビリビリと肌が震えてしまうのは声の大きさだけでない。
気迫と、覚悟と、憤りと──今抱えているものをすべて乗せたかのような咆哮に、誰もが身をすくませる。
その刹那の隙は、ヒューゴが仕かけるには充分だった。
俺たちを囲んでいた追手を二、三人まとめて押し退け、呆気なく飛ばしてしまう。
我に返って襲いかかってきても、ヒューゴは唸りながら返り討ち、爪で追手たちを抉りながら振り払う。
……ヒューゴはここまで強かったか?
俺とミカルが苦戦していた者たちを、こうも容易く相手してしまうとは。
戦うその背を驚きの目で見つめていると、
「ここは俺が食い止めます。どうかカナイ様はその者とともに避難を……っ」
戦う手を止めずにヒューゴが進言する。
いくら黒衣の追手たちが手強いとはいえ、俺たち三人ならば問題ない。
俺は剣を収めずに逃げぬ意思を見せる。
「いや、加勢する。お前に負担はかけさせない──」
「貴方はもう、その人間を選ばれた! クウェルク様は貴方の立場や権限を俺へ移し、魔の者をまとめる者になれと俺に使命を与えました──」
大きく、力強く、ヒューゴが両腕を振り回し、いくつもの迫る凶刃を追手ごと弾き飛ばす。
そして血まみれの爪で俺を指した。
「もう道は違う……貴方は貴方の道を行けばいい」
ヒューゴの口から別離を言い渡され、俺の胸に痛みが刺す。
思わず俺の唇は言葉を紡いでいた。
「……っ……ならば、なぜここまで来た? 同胞たちから離れ、お前は何をしている?」
「それは、俺が貴方だけの僕だから……です」
金の瞳と視線が合う。
ヒューゴの想いを聞いたことは一度もない。
それでも確かに俺へ心を配ってくれていたのだと確信が持てた。
──ポン、と。ミカルの手が俺の肩へ乗せられた。
「彼の言葉に甘えて行きましょう。恐らく新たな追手が来るはず……今の内に」
俺が答える前にミカルは俺の手を掴み、橋へと走り出す。
ヒューゴと引き離される。
足はミカルの速さに合わせながら、俺は首を捻りながら俺を支え続けてくれた僕の姿を視界に入れ続ける。
くるりと背を向けたヒューゴは、もう俺を見てはくれなかった。
橋を渡り始めた俺たちを見計らい、さりげなく橋の前へ移動し、追手たちに立ちはだかる。
もう会うことはない──そんな予感がして、せめてもう一声かけようと俺は口を開きかける。
だが、言えば言うだけ未練が募る気がして、俺は前へ向き直る。
そうしてミカルに手を引かれながら、谷沿いの道を進んだ。
「カナイ様……駆け付けるのが遅れてしまい、申し訳ありません」
一瞬だけ強面を笑みで溶かした後、すぐにヒューゴは顔から再会の喜びを消す。
歯を剥き出して小さく唸ったかと思えば、大柄な体はより一回り大きくなり、その両手は獣の鋭い爪と肌を覆い尽くす銀毛を宿す。
顔はすぐに獰猛な狼のものへと変わり、ウオォォォォ──ッと辺り一帯を咆哮で震わす。
ビリビリと肌が震えてしまうのは声の大きさだけでない。
気迫と、覚悟と、憤りと──今抱えているものをすべて乗せたかのような咆哮に、誰もが身をすくませる。
その刹那の隙は、ヒューゴが仕かけるには充分だった。
俺たちを囲んでいた追手を二、三人まとめて押し退け、呆気なく飛ばしてしまう。
我に返って襲いかかってきても、ヒューゴは唸りながら返り討ち、爪で追手たちを抉りながら振り払う。
……ヒューゴはここまで強かったか?
俺とミカルが苦戦していた者たちを、こうも容易く相手してしまうとは。
戦うその背を驚きの目で見つめていると、
「ここは俺が食い止めます。どうかカナイ様はその者とともに避難を……っ」
戦う手を止めずにヒューゴが進言する。
いくら黒衣の追手たちが手強いとはいえ、俺たち三人ならば問題ない。
俺は剣を収めずに逃げぬ意思を見せる。
「いや、加勢する。お前に負担はかけさせない──」
「貴方はもう、その人間を選ばれた! クウェルク様は貴方の立場や権限を俺へ移し、魔の者をまとめる者になれと俺に使命を与えました──」
大きく、力強く、ヒューゴが両腕を振り回し、いくつもの迫る凶刃を追手ごと弾き飛ばす。
そして血まみれの爪で俺を指した。
「もう道は違う……貴方は貴方の道を行けばいい」
ヒューゴの口から別離を言い渡され、俺の胸に痛みが刺す。
思わず俺の唇は言葉を紡いでいた。
「……っ……ならば、なぜここまで来た? 同胞たちから離れ、お前は何をしている?」
「それは、俺が貴方だけの僕だから……です」
金の瞳と視線が合う。
ヒューゴの想いを聞いたことは一度もない。
それでも確かに俺へ心を配ってくれていたのだと確信が持てた。
──ポン、と。ミカルの手が俺の肩へ乗せられた。
「彼の言葉に甘えて行きましょう。恐らく新たな追手が来るはず……今の内に」
俺が答える前にミカルは俺の手を掴み、橋へと走り出す。
ヒューゴと引き離される。
足はミカルの速さに合わせながら、俺は首を捻りながら俺を支え続けてくれた僕の姿を視界に入れ続ける。
くるりと背を向けたヒューゴは、もう俺を見てはくれなかった。
橋を渡り始めた俺たちを見計らい、さりげなく橋の前へ移動し、追手たちに立ちはだかる。
もう会うことはない──そんな予感がして、せめてもう一声かけようと俺は口を開きかける。
だが、言えば言うだけ未練が募る気がして、俺は前へ向き直る。
そうしてミカルに手を引かれながら、谷沿いの道を進んだ。
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