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四章 そして彼は愛を知る

雨の気配

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   ◇ ◇ ◇

 俺はミカルの手を引きながら、夜を駆ける。

 いつもならば、夜になれば狼よりも早く俺は走ることができる。
 だが薬でおかしくされたせいで、力がうまく入れられず、風のようにはなれない。

 さっきはミカルを助けるために、わずかな力を振り絞って剣を振るい、退魔師どもの間を駆け抜けた。もう同じことはしばらくできない。

 早く元に戻ってくれと思いながら、それでも人であるミカルと同じ速さで走れるのは少し嬉しいとも感じる。

 人と魔の者。種族が違っても並ぶことができるのだと思えるから。

 新たな追手を撒くために森の中を突っ切り、私たちは大きな街道が通る開けた場所へと出た。

 ゴロロ……と遠雷が聞こえる。
 空を見渡せば、いつの間にか月は厚い雲に覆われ、間もなく雨が降る気配を漂わせていた。

 雨の中の逃避か。走りにくい上に惨めでたまらなくなるな。
 小さく苦笑してから私は街道を横切り、再び生い茂った森へ飛び込もうとする。

 しかしグッとミカルに手を引っ張られ、移動の主導権を奪われた。

「確かこの先には町があります。そこで雨宿りも兼ねて、しばらく身を隠して体を休めましょう」

「しかし、追手が……」

「空の気配をうかがう限り、どうもひどい降りになりそうかと。雨が降れば追手も思うように動けなくなりますから、効率悪く逃げるよりも回復を選びましょう」

 そう言って俺の答えを聞く間もなく、今度はミカルが俺の手を引いて街道を道なりに走っていく。

 ポツ、ポツ、と小粒の雨が顔に当たる――そして瞬く間にその粒を膨らませ、夜の闇でより暗さを宿した雨雲から、一斉に大粒の雫が大地へ飛び降り、何もかもを叩きつけてきた。

 あっという間に俺たちは濡れ、水気を吸った服が重さを増す。
 ただでさえ未だに薬のせいで力が入らないというのに。確かにこの状況の中で逃げ続けても距離は稼げない。そして雨が上がり、夜が終わって日が昇れば、ひどく疲弊した状態で追手と戦えば勝算もなくなりそうだ。

 雨の中を走りながらミカルの判断に納得していくと、行く先にぼんやりとした明かりが見える。

 町についた。思わず俺が安堵の息をつくと、ミカルが一旦立ち止まりこちらを振り向く。

「ここにも私の隠れ家がありますので、そこへ向かいます。あと少し我慢して下さい」

 協会が前々からミカルの排除へ動いていたように、ミカルも逃亡の用意を進めていたのか。

 退魔師の一番の敵が退魔師とは、やはり人の世界は歪で理不尽だ。
 魔の者の天敵でありながら、俺に心を預けてしまったミカルの気持ちがまた少し見えた気がして、俺は繋いだままの手に力を込める。

 そうして頷いてやれば、ミカルはこんな状況の中でも晴れやかに笑った。
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