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三章 バラの香に囚われて
逃亡の好機
しおりを挟む『喜べ、カナイ。逃げ出す好機が整いつつあるぞ』
三日に一度の報告時に、クウェルク様が話を切り出す。
小雨の下、屋敷付近に生えた木の付け根にできた穴の中。クウェルク様が操る野ネズミは雫を滴らせながら、小さな手で顔をしきりに拭く。
毛があると大変だな、と思いながらその姿を見つめる俺は、灰色のトカゲの体を借りていた。
濡れるのは一向に構わないが、体が冷えると眠気で意識が途絶える。だから敷き詰められた枯れ葉に体を埋め、暖を取りながら顔だけ出す。
『どのような好機でしょうか?』
『これはビクトルからの情報だが、数日後に協会が我らを呼び出し、尋問にかけるそうだ。ミカルはこのことをまだ知らぬ。前日に何人もの退魔師をここへ送り、我らを強引に連れて行くらしい』
ミカルと協会の間に確執があることは知っていたが、ここまで深刻だったのか。
もし協会にこの身が拘束されるとなれば、俺はただでは済まないだろう。尋問という名の虐待を受けるだろうし、まともな食事もできるとは思えない。
まあ協会側のほうが本来の正しい姿。今の生活のほうが明らかに異質だ。
わざわざ俺専用の寝台を用意し、目覚めの紅茶とともに血の食事にありつけ、風呂にまで入れる――ミカルの手で全身を洗われることさえなければ、捕虜としては最上の待遇だ。
内情を知る者がいれば、むしろ俺をもてなし、魔の者に取り入ろうとしているように見えるだろう。もしかすると、そんな報告が挙げられて上層部が動き始めたのかもしれない。
味方に足を引っ張られるとは、ミカルの奴も可哀想に。
少しだけ同情した後、俺はクウェルク様へ尋ねる。
『では退魔師どもが押し入り、騒々しくなった隙を突いて逃げ出す、という作戦でよろしいのですか?』
『平たく言えばそういうことになるが……動くのは我らだけではない。この話は同胞にも伝えてある。ヒューゴが腕の立つものを引き連れ、近くに待機し、時が来たら同胞たちもここを襲撃する』
ヒューゴが来てくれる――思わず嬉しさで俺の口元が綻ぶ。
ようやく再会できると頭が浮かれそうになるが、すぐ我に返って俺は小さく首を振る。実体の俺に合わせ、トカゲも首をフルフルと左右に振れた。
『味方が来てくれるのは心強いのですが、この屋敷は至る所に強力な結界が張られています。ヒューゴたちが襲撃すれば、術にやられて返り討ちに――』
『分かっておる。ビクトルに屋敷内の結界を壊してもらい、人も魔の者も入り乱れる状況を作ろうと思う……そのためにあやつを我が手中へ完全に堕とす必要がある。仕上げの時が来た』
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