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二章 駆け引き
寝過ごして
しおりを挟む胸に苦渋がたまったような不快感を覚え、俺は顔をしかめながら目を覚ます。
部屋は暗いが、わずかに部屋の輪郭が見える。
外が完全な夜に切り替わっていない証。宵の時間に目覚めてしまったことを知る。
「……チッ。寝過ごしてしまったか」
本当はいつものように昼間目を覚まし、外の小動物を利用して情報を集めたかった。なのに昨日のやりとりで疲れ果ててしまい、活動しにくい時間に起きることが叶わなかった。
ミカルが頭をよぎり、俺は奥歯を噛み締める。
あの男の言動のせいだ……おかげで不快な夢まで見てしまった。
人であった頃の心と魔の者。ずっと折り合いをつけることができなかった、非情になりきれずに苦しんできた昔の思い出。
誰にも知られまいと、ずっと押し殺し、魔の者として振る舞ってきた。
おそらく魔の者の同胞たちは誰も知らない。一番間近に居続けたヒューゴにも打ち明けたことはない。
吸血鬼の王という肩書きを背負ったというのに、その中身がこんな迷いだらけの弱者では、同胞たちを無暗に不安がらせるだけだ。
俺は強くあらねばならない。
思い出してしまった昔のことを頭の奥底へと沈めていると、部屋の扉を軽く叩く音がした。
ミカルが来た。今は顔を見るのも不快だ。少しでもその機会を遅らせたくて、俺は目を閉じて寝たフリを決め込む。
ゆっくりと扉が開き、静かな足音が部屋へ入ってくる。
カチャカチャという陶器がかち合う音に、テーブルへ置く音。まぶた越しに部屋が少し明るくなるのを感じ、部屋の燭台に明かりが灯されたことを知る。
本来ならば召使いにやらせるような雑務を、ミカル自らが行っている。
雇っている者たちが俺を怖がるからミカルがやっているというのは知っていたが、改めてその現場に立ち会ってしまうと落ち着かない。
毎日手間がかかり面倒であろう雑務を、黙々とこなすミカル。心なしか小さく立てる音は軽やかで、この手間を喜んでいるようにも聞こえる。
俺を愛しているから、世話を焼けることが嬉しいのだろう。
……こんなことが分かるようになりたかった訳じゃない。
思わず眉間が引きつり、寝たフリが崩れそうになる。
密かに奮闘している俺へミカルが近づく。
ギリギリまで言葉を交わすことを避けたくて、声がかかるまで俺からは起きまいと心に決める。
ギチ……。枕元にミカルが腰かけた気配。
背を向けて寝たフリをする俺をしばらく見つめた後、ミカルはポツリと呟く。
「……カナイ、愛しています。貴方は頑固だから、そう簡単には心を開いてくれないでしょうが……どれだけ時間がかかってでも、貴方の心をもらいますから」
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