薔薇の溺愛~黒き吸血鬼は愛に沈む~

天岸 あおい

文字の大きさ
上 下
22 / 82
二章 駆け引き

ミカルの過去

しおりを挟む
 俺をソファへ座らせてから、ミカルは一旦部屋を出ていく。紅茶の湯を沸かしに行ったのだろう。その間、俺は何を聞いてやろうかと考え込む。

 いきなり協会の情報を聞き出そうとしても、話をはぐらかされるだけだろう。
 なるべく情報になり得そうな内容で、尋ねても不自然ではないもの――。

「お待たせしました。せっかくなので紅茶に合う菓子も持ってきました。ココ、という焼き菓子です。カナイの口に合えば良いのですが」

 いつの間にか部屋に戻っていたミカルに声をかけられ、俺は我に返る。
 テーブルの上には紅茶の湯気が立ち昇るカップに、丸い小石のような薄茶色の焼き菓子が置かれていた。

 まったく気配がなかったミカルを、思わず俺は訝しむ。

「ミカル……お前、わざと気配を消したな? 寝顔を見ていた時もそうしていたのだろ?」

「すみません。外で戦わない分、戦いの勘が鈍らないようにしているんです。決してカナイの寝首を掻こうとしている訳ではありませんから。あ、でも枕元では起こさないよう、全神経を集中させて気配を殺していました」

 そこまでして人の寝顔を見たかったのか? やめてくれ。明日からは布でも巻いて寝てやる。

 言わなくてもいいことを言われて、俺は不快さに目を据わらせる。
 しかし言うだけ苛立ちが募るだけ。時間の無駄だと割り切り、俺はさっさと本題へ入ることにした。

「人の身で、野山の獣がごとく気配を消せるなど、生半可な努力では身に着かない。ミカルよ、お前は協会でどれだけの修練を積んできた? 元は何者だ? 前に俺の過去を話したのだから、今度はお前が語るべきではないか?」

 一番怪しまれず、あわよくば協会の情報も掴める提案。
 ミカルは訝しがる様子を一切見せず、快く頷いた。

「私のことでしたらいくらでも教えましょう! むしろカナイに知ってもらいたいほどですよ」

「なぜだ?」

「人にわだかまりを覚えるのは、魔の者だけではない、という一例をお伝えできますから」

 俺の前に紅茶を差し出した後、ミカルは自分の物も淹れて俺の隣へ座る。
 人間ならば誰もが安堵を覚えるような穏やかな微笑を浮かべてひと口紅茶を飲むと、雑談を交わすように軽げな口調で話を始めた。

「私は元々、山に囲まれた名もなき村の農夫の息子でした。

 退魔師という人がいる、ということしか知らない田舎の子。
 何もなければ大きくなった後は父の土地を継ぎ、農夫をしていたことでしょう。

 でもそれは叶いませんでした――村に魔の者が逃げ込んだあの日、私の人生は大きく変わってしまいました」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺達の関係

すずかけあおい
BL
自分本位な攻め×攻めとの関係に悩む受けです。 〔攻め〕紘一(こういち) 〔受け〕郁也(いくや)

ファントムペイン

粒豆
BL
事故で手足を失ってから、恋人・夜鷹は人が変わってしまった。 理不尽に怒鳴り、暴言を吐くようになった。 主人公の燕は、そんな夜鷹と共に暮らし、世話を焼く。 手足を失い、攻撃的になった夜鷹の世話をするのは決して楽ではなかった…… 手足を失った恋人との生活。鬱系BL。 ※四肢欠損などの特殊な表現を含みます。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

処理中です...