8 / 82
一章 捕らわれた吸血鬼
ひっかかり
しおりを挟む
挑発を挑発で返しているのか、それとも別の思いがあるのか。
食えない男だと内心舌打ちしながら、俺は完全に冷えた紅茶を飲み干す。
ふと視界の脇でミカルの頭が揺れる。
思わず俺は身構え、隣を振り向く。
ミカルは上体を捻り、身を乗り出してこちらに顔を近づけていた。
「カナイ、貴方が嘘をついていないのは分かります。貴方の指摘は間違っていない。しかし、少し引っかかりを覚えてしまうのですよ」
「引っかかり、だと?」
「魔の者に救われたと言いながら、貴方は仲間を増やしていない。吸血鬼の王の座を継ぎ、眷属を増やす力を得たというのに……」
一瞬、俺の意識が強張る。
だがコイツに隙を見せまいという意地が、俺を平静に保たせてくれた。
「望まぬ者を強引に仲間へ変えたくないだけだ。魔の者は不老だ。長く生きる中で、延々と恨みを向けられるのは面白くない」
「……そうですか。協会の手から逃れ、対抗していくためには、仲間を増やしていくことは重要だと思うのですけどね」
「裏切りの危険を高めるだけだ。数が多ければいいものではない」
「カナイを裏切る気になれるほど、気概がある者はそういないと思いますが……貴方の剣技は凄まじい。剣を抜かずとも、気配で心を斬る。逆らえないでしょう」
随分と俺のことを高く買っているな、ミカルの奴。
まあそう見られるのは当然か。俺は物心ついた時から東方の剣技を習い、鍛錬を積んでいた。
奴隷となってからあの方に連れ出してもらうまで剣を握ることは叶わなかった。だが幼き日に身に着けた技は消えず、東方の剣を与えられてからは勘を取り戻し、退魔師たちを幾度となく撃退した。
吸血鬼となって身体能力が格段に上がったことに加え、西方では珍しい剣さばき。魔の者特有の異能よりも、人の時に築き上げた能力のほうが今は俺の強みだ。
不意にミカルが襟元を緩め、白い喉元を俺に見せる。
「試しに私を誘惑して、貴方の眷属にしてみませんか? その気になればできるでしょうし、私を仲間に引き込めば形成が大きく変わりますよ。自分で言うのはどうかと思いますが、私は有能ですから色々と便利ですよ?」
差し出された喉に若干めまいを覚えてしまう。寝起きで空腹だ。バラの香を宿した血だと分かっていても、今は極上の食物だと思えてしまう。
頭の中では、こんな奴の戯れ混じりの話など……と憤慨するのに、吸血鬼の本能が言われた通りにしたいと頭を疼かせる。
ミカルのふざけた提案へ愚かにぐらつきながらも俺は腕を組み、「フン」と顔を逸らす。
「お前など眷属にできるか。仲間になったフリをして、俺と我が同胞たちを退魔師たちに売るのだろ? 強固な守りの姿勢を取られた時、内部から崩していくのは常套手段のひとつだからな」
「私を買って下さっているみたいで光栄です。確かに私がその気になれば、この身を犠牲にして貴方がたを追い詰めることはできるでしょうね」
軽く一笑してから、ミカルは身を乗り出して俺に近づく。
「しかし、私の心を掴んでしまえば優秀な手駒になりますよ? 貴方の下僕よりも役立つ駒に……試す価値はあるとは思いませんか?」
なぜだろうか。表情を何一つ変えていないのに、ミカルの眼差しが妖しい。
視界の脇でミカルの様子を捕らえながら、間近になった気配に俺は息を呑む。
人を見抜き切ったような態度。不愉快で仕方がない。
苛立ちのままその首筋に食らいつき、やけ食いするがごとくに血を飲み干し、仮死を与えて眷属に変えることができれば、どれだけ気が晴れるだろうか。
それでも俺は――。
「……誘惑してお前の心をなびかせることができるなら、人のまま利用するだけだ。裏切る心配はなかったとしても、ずっとお前の顔を見続けなければいけない生はご免だ」
「ああ、そうきましたか。嫌われたものですね」
小さく声を出して笑った後、ミカルは俺へにじり寄って間を詰めた。
「そろそろお食事、いかがですか? 飲みたくてたまらないところ、わざわざ話にお付き合い下さり、本当にありがとうございます」
腕がぶつかり合うほどに近づきながら、首を傾け、ミカルが俺へ首筋を差し出す。
刹那、激しい飢えが込み上げて俺の意識が一瞬途切れる。
バラの香りを宿した血。
俺を飢えから救いながら、弱らせる微毒。
本能のままに貪るなどという獣じみた姿を、この男の前では晒したくない。
理性はそう望んでいるのに、心臓の脈に合わせて頭の芯が熱く疼いてたまらない。
ゆっくりと首筋に牙を近づけるほど、視界がチカチカと点滅する。
俺の自我が、本能に屈服する――。
唇が肌に触れた直後、俺は大きく口を開けてミカルへ一気にかじりつく。
息を取り込むとともに肌へ吸い付けば、甘くどろりとした命の証とバラの香が口内へと広がる。顔をしかめたくなるようなにおいも、吸血直後はどうでもいいと切り捨てられる。
紅茶で喉を潤したばかりだというのに、渇きを覚えて執拗にミカルを吸ってしまう。
まるで子猫だか子犬だかが必死に母親の乳を欲しがり、飲み干そうとするようながっつき。
どれだけ反発しても敵の施しに逆らえないこの身が恨めしい。
食えない男だと内心舌打ちしながら、俺は完全に冷えた紅茶を飲み干す。
ふと視界の脇でミカルの頭が揺れる。
思わず俺は身構え、隣を振り向く。
ミカルは上体を捻り、身を乗り出してこちらに顔を近づけていた。
「カナイ、貴方が嘘をついていないのは分かります。貴方の指摘は間違っていない。しかし、少し引っかかりを覚えてしまうのですよ」
「引っかかり、だと?」
「魔の者に救われたと言いながら、貴方は仲間を増やしていない。吸血鬼の王の座を継ぎ、眷属を増やす力を得たというのに……」
一瞬、俺の意識が強張る。
だがコイツに隙を見せまいという意地が、俺を平静に保たせてくれた。
「望まぬ者を強引に仲間へ変えたくないだけだ。魔の者は不老だ。長く生きる中で、延々と恨みを向けられるのは面白くない」
「……そうですか。協会の手から逃れ、対抗していくためには、仲間を増やしていくことは重要だと思うのですけどね」
「裏切りの危険を高めるだけだ。数が多ければいいものではない」
「カナイを裏切る気になれるほど、気概がある者はそういないと思いますが……貴方の剣技は凄まじい。剣を抜かずとも、気配で心を斬る。逆らえないでしょう」
随分と俺のことを高く買っているな、ミカルの奴。
まあそう見られるのは当然か。俺は物心ついた時から東方の剣技を習い、鍛錬を積んでいた。
奴隷となってからあの方に連れ出してもらうまで剣を握ることは叶わなかった。だが幼き日に身に着けた技は消えず、東方の剣を与えられてからは勘を取り戻し、退魔師たちを幾度となく撃退した。
吸血鬼となって身体能力が格段に上がったことに加え、西方では珍しい剣さばき。魔の者特有の異能よりも、人の時に築き上げた能力のほうが今は俺の強みだ。
不意にミカルが襟元を緩め、白い喉元を俺に見せる。
「試しに私を誘惑して、貴方の眷属にしてみませんか? その気になればできるでしょうし、私を仲間に引き込めば形成が大きく変わりますよ。自分で言うのはどうかと思いますが、私は有能ですから色々と便利ですよ?」
差し出された喉に若干めまいを覚えてしまう。寝起きで空腹だ。バラの香を宿した血だと分かっていても、今は極上の食物だと思えてしまう。
頭の中では、こんな奴の戯れ混じりの話など……と憤慨するのに、吸血鬼の本能が言われた通りにしたいと頭を疼かせる。
ミカルのふざけた提案へ愚かにぐらつきながらも俺は腕を組み、「フン」と顔を逸らす。
「お前など眷属にできるか。仲間になったフリをして、俺と我が同胞たちを退魔師たちに売るのだろ? 強固な守りの姿勢を取られた時、内部から崩していくのは常套手段のひとつだからな」
「私を買って下さっているみたいで光栄です。確かに私がその気になれば、この身を犠牲にして貴方がたを追い詰めることはできるでしょうね」
軽く一笑してから、ミカルは身を乗り出して俺に近づく。
「しかし、私の心を掴んでしまえば優秀な手駒になりますよ? 貴方の下僕よりも役立つ駒に……試す価値はあるとは思いませんか?」
なぜだろうか。表情を何一つ変えていないのに、ミカルの眼差しが妖しい。
視界の脇でミカルの様子を捕らえながら、間近になった気配に俺は息を呑む。
人を見抜き切ったような態度。不愉快で仕方がない。
苛立ちのままその首筋に食らいつき、やけ食いするがごとくに血を飲み干し、仮死を与えて眷属に変えることができれば、どれだけ気が晴れるだろうか。
それでも俺は――。
「……誘惑してお前の心をなびかせることができるなら、人のまま利用するだけだ。裏切る心配はなかったとしても、ずっとお前の顔を見続けなければいけない生はご免だ」
「ああ、そうきましたか。嫌われたものですね」
小さく声を出して笑った後、ミカルは俺へにじり寄って間を詰めた。
「そろそろお食事、いかがですか? 飲みたくてたまらないところ、わざわざ話にお付き合い下さり、本当にありがとうございます」
腕がぶつかり合うほどに近づきながら、首を傾け、ミカルが俺へ首筋を差し出す。
刹那、激しい飢えが込み上げて俺の意識が一瞬途切れる。
バラの香りを宿した血。
俺を飢えから救いながら、弱らせる微毒。
本能のままに貪るなどという獣じみた姿を、この男の前では晒したくない。
理性はそう望んでいるのに、心臓の脈に合わせて頭の芯が熱く疼いてたまらない。
ゆっくりと首筋に牙を近づけるほど、視界がチカチカと点滅する。
俺の自我が、本能に屈服する――。
唇が肌に触れた直後、俺は大きく口を開けてミカルへ一気にかじりつく。
息を取り込むとともに肌へ吸い付けば、甘くどろりとした命の証とバラの香が口内へと広がる。顔をしかめたくなるようなにおいも、吸血直後はどうでもいいと切り捨てられる。
紅茶で喉を潤したばかりだというのに、渇きを覚えて執拗にミカルを吸ってしまう。
まるで子猫だか子犬だかが必死に母親の乳を欲しがり、飲み干そうとするようながっつき。
どれだけ反発しても敵の施しに逆らえないこの身が恨めしい。
1
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる