薔薇の溺愛~黒き吸血鬼は愛に沈む~

天岸 あおい

文字の大きさ
上 下
5 / 82
一章 捕らわれた吸血鬼

捨て身の気配

しおりを挟む
『ミカル様は、なんであの吸血鬼と住むんですかぁ? 魔の者はみんなやっつけちゃうもんでしょ? 学のないアタシには、不思議でしょうがないですわ』

 屈託なく笑う老女へ、ミカルが柔らかく微笑みかける。

『私は知りたいのですよ、魔の者という存在を……。そして分かり合い、ともに生きる術はあるかを探りたいのです』

『えぇ……嘘つかれて殺されちまいませんかねぇ?』

『その時はその時です。もう覚悟はできていますから。そうなったら――』

 ずっとにこやかな聖人の顔を見せ続けていたミカルの表情が、妖しく笑う。

『――ともに逝くだけです』

 ゾクリ、と。俺の背筋に悪寒が走る。
 この男は本気でそうするつもりだ。

 理性ではこんな奴に怯えるなどと憤慨するのに、本能が委縮する。
 自分の身を一切守る気がない捨て身の者ほど怖いものはない。

 ましてや俺を捕らえられるほどの力を持った男が、捨て身で俺を道連れにすることを考えている。よほどミカルに悟られないよう裏を掻き、入念に準備をし、決定的な隙を作らねば勝算はないだろう。

 不本意ながら青ざめる俺のことなど知らぬ老女が、なぜか朗らかに笑った。

『ミカル様、まるでここで結ばれないからって心中する恋人たちみたいですなぁ』

 ……なんてひどい例えだ。屈辱だ。

『そうですか? ふふ、悪くないですね』

 お前もお前でなぜ笑う? 否定しろ。意味ありげな顔をするな。冗談がひどすぎる。

 こんな男に恐怖を覚えてしまう俺が惨めでたまらない。
 蝶の体を借りることを続けながら、俺は額を押さえながらうなだれる。

 敵として対峙した時は、恐ろしく無駄がない冷静沈着な戦闘人形のような男だと思っていたのに。
 戦いの場を離れたら、こんなに頭がどこか狂ったおかしな奴だったとは。

 この男をまともだと思ってはいけない。
 狂人と向き合う覚悟でいなければ。

 そうこうしている内に、ミカルは老女と別れて屋敷の外へと出て行く。そして小さな厩舎に繋いでいた馬を走らせ、丘を下りていった。

 恐らく俺を捕らえた報告をするために、退魔師協会の本拠地へ出向くのだろう。
 追いかけていきたいところだが、蝶の体では馬の走りにはついていけない。それに場所は知っているが、下手に近づいて俺の魔力を察知されては困る。

「……仕方ない。今日は屋敷一帯の把握に専念するか」

 ため息をつきながら俺は呟くと、改めて屋敷の中へと戻って探索を続けた。

 どうやってミカルを出し抜き、ここを脱出できるだろうかと考えながら――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ファントムペイン

粒豆
BL
事故で手足を失ってから、恋人・夜鷹は人が変わってしまった。 理不尽に怒鳴り、暴言を吐くようになった。 主人公の燕は、そんな夜鷹と共に暮らし、世話を焼く。 手足を失い、攻撃的になった夜鷹の世話をするのは決して楽ではなかった…… 手足を失った恋人との生活。鬱系BL。 ※四肢欠損などの特殊な表現を含みます。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...