薔薇の溺愛~黒き吸血鬼は愛に沈む~

天岸 あおい

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一章 捕らわれた吸血鬼

借り物での偵察

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   ◇ ◇ ◇

 バラの香を宿した血をもらった後、俺は「体の調子が悪くなった。寝させてもらうぞ」とミカルを部屋から出し――まだ話したそうだったが――眠りについてしまった。

 ミカルの血を口にして、思いのほか体が脱力して辛さを覚えたこともある。
 しかしそれは、本来なら夜活動する俺が眠りにつくための口実だった。



 朝日が昇り切った頃に俺は目覚め、寝すぎて気だるさを覚える体を起こす。
 ありがたいことに、窓を遮るカーテンの生地は分厚く、ささやかに外が明るくなったことが分かる程度。

 俺たち魔の者が日に当たって生きられぬ体ゆえに、昼間はほぼ活動しないと人は考えている。実際に該当する魔の者はいる。

 しかし俺やヒューゴなど、ある程度の力を持つ者ならば、直接日の光を浴びなければ昼間でも活動できる。夜のほうが力はみなぎるが、戦うことがなければ昼に起きていても問題ない。

 人が昼間に睡眠を多く貪れば、夜に目が冴えて活動的になる。それは魔の者になっても同じこと。

 昼間に俺は動かないと考えているだろうミカルの隙を突き、ここから脱出するための材料を探す。そのための行動だった。

 両手は封じられたままだが足は自由なまま。
 俺は寝台から体を起こし、まずは出入り口の扉へと向かってみる。

 開くことを期待せずに扉を肩で押してみれば――パチッ、と小さな稲妻が走り抜けたような痛みと痺れが走る。案の定、俺が部屋から出ないようにと結界が張られていた。

「フン……当然か。この調子なら窓も同じだろうな」

 忌々しく思いながら分厚いカーテンの所まで行き、端を肩で押して窓を覗く。

 完全に外は明るいが、木々の影で直接日が入ってこない。随分とうっそうとした印象だが、よく見れば草木は手入れされている。

 まさか俺をこの部屋に閉じ込めることを見越して木々の枝を伸ばし、重なり合わせたのか? 俺専用の寝台を作らせるくらいだ、充分にあり得る。

 俺が人であれば、心から迎えようとしていることに喜ぶ――いや、人であったとしても、行き過ぎた歓迎だ。庭は感動するかもしれないが、寝台はやり過ぎだ。

 いったいあの男はどこまで俺のことを把握している? 本当の狙いはなんだ?

 少しでも実情を知りたくて、俺は行動に移す。

 窓の外をじっくりと眺め、木陰に咲く小さな黄色い野バラに戯れる蝶へ目を留める。
 軽く魔力を込めて視線をぶつければ、あっさりと蝶は花を離れて窓辺へ飛んできた。

「力は使えるのか。部屋で暴れても構わないということか……まあいい。利用できるだけやらせてもらおう」

 俺は口端を引き上げて目を閉じ、額に意識を集中させる。

 ――ピィン。頭の芯に青白い閃光が走り抜けていく。
 次の瞬間、まぶたの裏側に外の景色が映り出す。

 窓に顔を向けながら、目を閉じる私の姿――これは蝶の視線。
 私は魔力で動物を操り、視界を借りることができる。

 だから部屋に閉じ込められたこの状態でも、外の状況を調べることは容易かった。

 まずは蝶を高く飛ばせて屋敷の全体像を見てみる。
 小高い丘の上に建てられた、白壁が美しい屋敷。ぐるりと手入れの行き届いた庭に囲まれており、さらにその周りはまばらに木が生え、坂が終わる辺りから民家がちらほらと見えた。

 全体的に手入れはされているようだが、景観を守っているだろう庭師が見当たらない。

 建物の裏側にある庭では、薬に使うだろう草花が育てられている。
 あまり植物のことは詳しくない。草に関してはどれも同じようにしか見えない。

 花が咲いているものもあるが、小さく密やかに咲くものや、色合いが薄い黄緑で草と同化しかけているようなものが多く、観賞用としては地味だ。

 そんな中、裏庭の壁伝いに植えられた色とりどりのバラは見事だ。
 大輪を咲かせ、見ているだけでその芳香が漂ってきそうだ――ミカルの血の味が口の中へよみがえり、思わず俺は顔をしかめる。

 バラは駄目だ。魔の者にはやはり毒だ。想像しただけで脱力感を覚えてしまう。
 眉間に力が入り、閉じたまぶたがヒクヒクと引きつる。これは視界に入れないほうがいい。

 私は蝶を裏庭から移動させ、わずかに開いていた窓から私邸内へと侵入させる。
 二階建ての大きな屋敷。使用人が数名いてもおかしくないはずだが、中も人の気配がない。その割には掃除されている。

 まさかミカル自身が掃除も庭の管理もすべてしているのか? いや、そんなはずはない。退魔師の中で一番の強さを誇る男だ。協会から頼られているだろうし、自分の腕を磨くことも忘れていないだろう。少なくとも一日を住処の掃除で終わってもいい人間ではない。

 この状況は何かがおかしい。
 そう思いながら屋敷一階の中ほどまで移動したその時、

『ミカル様、本当に吸血鬼と住まわれるんですかぁ?』

 やけに訛った老婦人の声。
 気づかれぬよう低く飛んで近づいていけば、臙脂の絨毯が敷かれた廊下の上で立ち話するミカルたちを見つけた。

『ええ。そのために今までやってきたようなものですからね』

『けんど心配ですわぁ。ミカル様にもしものことがあったら……』

『私は大丈夫ですよ。それに貴女も……魔の者は昼に活動できませんから。これからは昼間だけ屋敷のことをして、やるべきことを終えたら日が沈む前でも帰っても構いませんので』

『そうですかぁ。アタシの負担が減ってありがたいですわぁ。ミカル様の言葉、忘れませんからねぇ』

 小太りな白髪交じりの召使いの老女に、ミカルは紳士的な態度を崩さずに応対している。
 吸血鬼と同じ屋敷内にいるというだけで、恐怖し、逃げる者は少なくない。しかしミカルを信じているのか、老女の態度はなんとも緊張感がない。
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