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幕間四 現王は真実を秘める(イヴァン王視点)
邪竜討伐の理由
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父王が生きている間は、ガイへの執着を見せ続けるその姿を愚かだと感じていた。
しかし今思えば、まだ父王は己の心を制御していたと分かる。
正妃も側室も含めて跡継ぎをしっかりと残し、ガイを活躍させながら国の舵取りをし、英雄という肩書きと確かな成果を重ねてガイが王に寵愛される理由を作った上で共に居られる時間を作った。
中身は、ただ二人きりになって他愛のない会話をするだけのもの。
それだけのことを周囲に納得してもらうために、父王は調整していた。
ガイを間近にしながら父王のように節制できる気が、イヴァン王はまったくしなかった。
(駄目だ、ガイの顔を思い出すだけで胸が高鳴る……あれだけ忠義に厚い男だ。王命であれば余に身を委ねることも厭わぬだろう――いかん。そんなことをすれば妻を放置し、跡継ぎを作らず肉欲に耽ってしまう……っ)
邪竜退治の王命を下した理由。
それは、今のままでは我慢できずガイに手を出してしまいそうだったから。
ヨルリア山脈で暴れる邪竜に近隣諸国が手を焼いているという噂を聞いた時、ガイを自分から遠ざける大義名分が出来たと光が差し込んだ気分だった。
邪竜は神の力を超えるという。ガイを死地に追いやることに、躊躇いがなかった訳ではない。
それでもガイを自分から物理的に遠ざければ、国を揺るがしかねない事態を未然に防げるという苦肉の策だった。
表面上は淡々とした様子ながら、イヴァン王は心の中で頭を抱え、転げ回るばかりだった。そんな時、扉を叩く音がした。
「陛下、ウーゴ・バンディです。お目通り願えますでしょうか?」
ガイの元副将――現在は将軍となったウーゴの声に、イヴァン王は我を取り戻す。
「ああ。入れ」
許可を出すと扉が静かに開き、無表情が常のウーゴが姿を表す。
その手に書状があるのを見た瞬間、慌てて鎮めたイヴァン王の胸が再び高鳴った。
「邪竜討伐に向かったガイ将軍から手紙が届きました」
ウーゴが入口に控えていた護衛の兵に目配せし、呼び寄せて書状を渡す。
そして護衛が両手で受け取ると、イヴァン王に跪き、恭しく差し出した。
どうやら手紙を送れるほどには元気らしい。
中身を読まずとも無事なのだと分かり、密かにイヴァン王は安堵する。
そして中身を開いて目を通せば、力強い線で書かれたガイの文字が、現状を教えてくれた。
邪竜が二匹目撃され、一匹は討伐したが魔物の変装だった。
もう一匹は体が黒いために邪竜とされてきたが、実は神竜で、ヨルリア山脈を守っており、討伐すべき対象ではない――という内容。
イヴァン王が思わず口元に手を当てて小さく唸っていると、ウーゴが「おそれながら」と口を開いた。
「にわかに信じられない報告かもしれませんが、ガイ様は非常に実直なお方。こちらに書かれている内容は――」
「分かっている。ガイ将軍は信頼に足る臣下だ。ここに書いてあることは真実なのだろう」
ウーゴは表向きは淡白で、ガイに素っ気ない態度を取り続けていたが、裏ではガイの親衛隊を取り仕切る隊長。少しでもガイが国に戻った時、責められないようにしようという本心が、イヴァン王にはよく分かった。
表情に出さないよう顔に力を込めながら、イヴァン王は心の中で微笑む。
(やはり強いな……あの頃の誓いを守り続けてくれるのだな、ガイは)
しかし今思えば、まだ父王は己の心を制御していたと分かる。
正妃も側室も含めて跡継ぎをしっかりと残し、ガイを活躍させながら国の舵取りをし、英雄という肩書きと確かな成果を重ねてガイが王に寵愛される理由を作った上で共に居られる時間を作った。
中身は、ただ二人きりになって他愛のない会話をするだけのもの。
それだけのことを周囲に納得してもらうために、父王は調整していた。
ガイを間近にしながら父王のように節制できる気が、イヴァン王はまったくしなかった。
(駄目だ、ガイの顔を思い出すだけで胸が高鳴る……あれだけ忠義に厚い男だ。王命であれば余に身を委ねることも厭わぬだろう――いかん。そんなことをすれば妻を放置し、跡継ぎを作らず肉欲に耽ってしまう……っ)
邪竜退治の王命を下した理由。
それは、今のままでは我慢できずガイに手を出してしまいそうだったから。
ヨルリア山脈で暴れる邪竜に近隣諸国が手を焼いているという噂を聞いた時、ガイを自分から遠ざける大義名分が出来たと光が差し込んだ気分だった。
邪竜は神の力を超えるという。ガイを死地に追いやることに、躊躇いがなかった訳ではない。
それでもガイを自分から物理的に遠ざければ、国を揺るがしかねない事態を未然に防げるという苦肉の策だった。
表面上は淡々とした様子ながら、イヴァン王は心の中で頭を抱え、転げ回るばかりだった。そんな時、扉を叩く音がした。
「陛下、ウーゴ・バンディです。お目通り願えますでしょうか?」
ガイの元副将――現在は将軍となったウーゴの声に、イヴァン王は我を取り戻す。
「ああ。入れ」
許可を出すと扉が静かに開き、無表情が常のウーゴが姿を表す。
その手に書状があるのを見た瞬間、慌てて鎮めたイヴァン王の胸が再び高鳴った。
「邪竜討伐に向かったガイ将軍から手紙が届きました」
ウーゴが入口に控えていた護衛の兵に目配せし、呼び寄せて書状を渡す。
そして護衛が両手で受け取ると、イヴァン王に跪き、恭しく差し出した。
どうやら手紙を送れるほどには元気らしい。
中身を読まずとも無事なのだと分かり、密かにイヴァン王は安堵する。
そして中身を開いて目を通せば、力強い線で書かれたガイの文字が、現状を教えてくれた。
邪竜が二匹目撃され、一匹は討伐したが魔物の変装だった。
もう一匹は体が黒いために邪竜とされてきたが、実は神竜で、ヨルリア山脈を守っており、討伐すべき対象ではない――という内容。
イヴァン王が思わず口元に手を当てて小さく唸っていると、ウーゴが「おそれながら」と口を開いた。
「にわかに信じられない報告かもしれませんが、ガイ様は非常に実直なお方。こちらに書かれている内容は――」
「分かっている。ガイ将軍は信頼に足る臣下だ。ここに書いてあることは真実なのだろう」
ウーゴは表向きは淡白で、ガイに素っ気ない態度を取り続けていたが、裏ではガイの親衛隊を取り仕切る隊長。少しでもガイが国に戻った時、責められないようにしようという本心が、イヴァン王にはよく分かった。
表情に出さないよう顔に力を込めながら、イヴァン王は心の中で微笑む。
(やはり強いな……あの頃の誓いを守り続けてくれるのだな、ガイは)
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