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四章 嫌われ将軍と嫌われ邪竜
誤解と使命と頼みごと
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「確かに俺がレアランダ王国の将軍、ガイ・デオタードだ。話というのはなんだ?」
《噂は渡り鳥たちから聞いております。誰よりも力強く心優しい方との話でしたが、確かにこうしてお会いすると納得です。気配が常人とは違う》
渡り鳥にまで認識されていたとは……と驚きつつ、ガイは邪竜に話しかける。
「俺も黒き竜の噂は聞いている。ただ、俺のほうは噂とは違っていて、正直戸惑っている」
《噂は存じています。邪竜、と悪しき存在と思われているようですね》
グルルル、と邪竜が低く唸る。何も知らぬ者が聞けば威嚇されたと怯えるだろうが、ガイにはこれがため息だと分かった。
《私は他の竜と違い、たまたま黒い体で生まれてしまっただけに過ぎません。この色と容姿の組み合わせが人間には悪しきものと見られるようで……》
「そうだな。人間は見た目や噂だけで誤解する者は多い。難儀だな」
《ガイ将軍こそ。お互いに苦労しますね》
残っている片目を細くして、邪竜が微笑む。
そして平伏するように、顎を地面に着けた。
《話というのは、ガイ将軍にお願いがあるのです……ここに私の卵があります。どうか、間もなく生まれる子を守って下さい》
言いながら邪竜がゆっくりと体を起こし、腹部で温めていた卵を見せてくる。
西瓜ほどの卵。巨体の割には小ぶりな大きさだった。
《私はこの地で静かに過ごしていたのですが、この卵を生んだ頃から、私に化けた魔族が近くで暴れ回るようになり、その都度追い返していました。私は神よりこの山脈を守るようにと命じられていましたので、無視することはできず……》
「神より命じられた? つまり君は邪竜ではなく、神竜ということか」
《人の尺度で言えば、そうなりますね……ここより北は魔が巣食う領域。魔族の動きが活発化している今、この子は私の弱点にしかなりません……何卒、この子が成竜となるまで、どうか……》
ガイはしばらく邪竜――と誤解していた黒き神竜を見つめる。
いくら自分の噂を聞いていたとはいえ、何も知らずに邪竜と決めつけていた人間にまだ生まれていない我が子を預けるなど、不本意極まりないことだろうと思う。
そして神の命を受けてのこととはいえ、このヨルリア山脈を守ることで、人間も守られている。
知らぬ間に数多の恩を受けていた。ならば――。
ガイは神竜に歩み寄り、力強く頷いた。
「その頼み、引き受けよう。必ず親子の再会を果たせるよう、守り抜くと誓う」
《ああ……ガイ将軍。貴方の優しさに、心から感謝致します》
神竜の片目から、涙が溢れる。
そして鼻先を卵に近づけ、愛おしげに口づけると、卵を淡く光らせながら浮遊させた。
《もう何もせずとも生まれますが、卵の中でも温もりは欲しいもの。人が持ちやすい大きさに縮めますので、生まれるまで懐に入れてあげて下さい》
ふよふよと浮かんで卵がガイの元に届く頃には、その大きさは鶏の卵と同じくらいになっていた。
一見すると白いが、角度を変えると虹色の光沢を見せる卵。
ガイの手の平に乗った瞬間、命の温かさと小さな鼓動が伝わってきた。
《噂は渡り鳥たちから聞いております。誰よりも力強く心優しい方との話でしたが、確かにこうしてお会いすると納得です。気配が常人とは違う》
渡り鳥にまで認識されていたとは……と驚きつつ、ガイは邪竜に話しかける。
「俺も黒き竜の噂は聞いている。ただ、俺のほうは噂とは違っていて、正直戸惑っている」
《噂は存じています。邪竜、と悪しき存在と思われているようですね》
グルルル、と邪竜が低く唸る。何も知らぬ者が聞けば威嚇されたと怯えるだろうが、ガイにはこれがため息だと分かった。
《私は他の竜と違い、たまたま黒い体で生まれてしまっただけに過ぎません。この色と容姿の組み合わせが人間には悪しきものと見られるようで……》
「そうだな。人間は見た目や噂だけで誤解する者は多い。難儀だな」
《ガイ将軍こそ。お互いに苦労しますね》
残っている片目を細くして、邪竜が微笑む。
そして平伏するように、顎を地面に着けた。
《話というのは、ガイ将軍にお願いがあるのです……ここに私の卵があります。どうか、間もなく生まれる子を守って下さい》
言いながら邪竜がゆっくりと体を起こし、腹部で温めていた卵を見せてくる。
西瓜ほどの卵。巨体の割には小ぶりな大きさだった。
《私はこの地で静かに過ごしていたのですが、この卵を生んだ頃から、私に化けた魔族が近くで暴れ回るようになり、その都度追い返していました。私は神よりこの山脈を守るようにと命じられていましたので、無視することはできず……》
「神より命じられた? つまり君は邪竜ではなく、神竜ということか」
《人の尺度で言えば、そうなりますね……ここより北は魔が巣食う領域。魔族の動きが活発化している今、この子は私の弱点にしかなりません……何卒、この子が成竜となるまで、どうか……》
ガイはしばらく邪竜――と誤解していた黒き神竜を見つめる。
いくら自分の噂を聞いていたとはいえ、何も知らずに邪竜と決めつけていた人間にまだ生まれていない我が子を預けるなど、不本意極まりないことだろうと思う。
そして神の命を受けてのこととはいえ、このヨルリア山脈を守ることで、人間も守られている。
知らぬ間に数多の恩を受けていた。ならば――。
ガイは神竜に歩み寄り、力強く頷いた。
「その頼み、引き受けよう。必ず親子の再会を果たせるよう、守り抜くと誓う」
《ああ……ガイ将軍。貴方の優しさに、心から感謝致します》
神竜の片目から、涙が溢れる。
そして鼻先を卵に近づけ、愛おしげに口づけると、卵を淡く光らせながら浮遊させた。
《もう何もせずとも生まれますが、卵の中でも温もりは欲しいもの。人が持ちやすい大きさに縮めますので、生まれるまで懐に入れてあげて下さい》
ふよふよと浮かんで卵がガイの元に届く頃には、その大きさは鶏の卵と同じくらいになっていた。
一見すると白いが、角度を変えると虹色の光沢を見せる卵。
ガイの手の平に乗った瞬間、命の温かさと小さな鼓動が伝わってきた。
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