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二章 嫌われ将軍、元敵国でも絶賛嫌われ中

突然の出立

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 ガイが声をしたほうに目を向けると、遠目でも分かる見事な赤髪が見える。

 昨日国境で襲撃してきたゲインの副将ラヒュだ。
 既に剣を抜き、東屋に行こうとしているラヒュを、他の兵たちが羽交い締めにして抑えているような状態。しかもズリ、ズリ、と少しずつ前進している。なんて強さだとガイは目を見張る。

 そしてもう一人、別の聞き慣れた声が聞こえてきた。

「ガイ様! 今すぐここを発ちましょう!」

 中庭に馬二頭が颯爽と現れる。
 一頭は茶色の愛馬。もう一頭はエリクを乗せた黒馬。

 客室で休んでいたはずのエリクは、見たところ顔色は良く、調子を取り戻しているように見えた。ただ表情は焦りが滲み、切羽詰まったような目力を込めた眼差しでガイを急かしていた。

 二人の荷物は馬の腰に取り付けられている。このままガイが馬に乗ってしまえば、そのまま発つことができる。

 ガイはちらりとゲインを見る。
 話の途中だった。何か大事なことを言いたげだったような気がして、ゲインの反応を伺う。

「……もう過ぎたこと、か」

 ゲインが小さく笑う。一瞬だけ悲しげな色を覗かせたが、軽く目を閉じ、再び開いた時には呆れ半分な苦笑を浮かべていた。

「悪いがこのまま発ってくれるか? ガイがここにいると、ラヒュが元に戻らん。本当に嫉妬深い年下の恋人を持つと苦労するから、肝に銘じておけよ」

 どうやらラヒュがゲインの恋人らしいと察しがつき、ガイは泥棒猫呼ばわりされた理由を完全に理解する。

 昔、幾度となく剣を交え合ったことが嫉妬の対象になるならば、ただの会話は愛する相手を奪われかねない行為に見えているのかもしれない。

 エリクの体調が心配だったが、今すぐここを離れることが最良だと読み、ガイは愛馬の元に向かい、跨った。

「屋敷に招いてくれて感謝する。無事に王命を果たした後、また会おう。隣に恋人を置いて、ゆっくりと語り合える日を楽しみにしている」

 ガイが心からの礼を告げると、ゲインの顔に切なげな笑みが浮かぶ。
 そして手を上げて手を振り出すと、戦場で見慣れた不敵な笑みに切り替わった。

「ああ、またいつでも来てくれ! それまでにはラヒュを説得して、無事に迎えられるようにしておく。その時は必ず二人で来てくれ!」

 これから自分のせいで二人の間で修羅場が始まるのだろうかと、ガイは申し訳なく思いながら短く手を振り返す。

 そしてエリクと共にゲインの屋敷を出て行った。



 しばらく馬を走らせ、ラヒュが追い駆けていないだろうかと振り返れば、小さくなった屋敷だけが見える。

(今度は落ち着いてゲインと話ができるといいな……エリクと一緒に、か)

 顔を前に戻し、ガイは横目でエリクを見やる。

 前を向くその顔は凛々しく意思の強さを感じさせ、奇行を知らなければ心身に恵まれた若者だと思う。

 不意にエリクが視線に気づいてガイを見る。
 目が合った途端にフッと柔らかな笑みを浮かべる。ただそれだけのことを喜んでいるように見えて、ガイの胸がドキリとした。

(ここを離れるのだから、恋人のフリはもう終わりだな……次にここへ来ることがある時は、もっと落ち着いてもらわねば)

 さすがに一緒にいる日々が増えれば、一緒に寝て鼻血を出すこともなくなるだろう――と考えかけて、いや……と思い直す。

(慣れてもらうために、一緒に寝るようにしたほうが良いかもしれない。うむ、そうしよう)

 ガイはそう心に決めながら、馬を走らせた。
 近くの町の宿屋に到着した後、エリクがガイの提案を聞いた瞬間に鼻血を出すとは思いもせずに――。
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