6 / 61
一章 嫌われ将軍、国を追い出される
見苦しいもの
しおりを挟む
「見苦しいもの……体に傷痕が残っているのか? 戦場に出て入れば、誰しもできる。俺も見ての通りだ。こうして湯に浸かると、赤みが増してより鮮明になる痕もある。だから気にしなくていい。それは戦士の誉れだ」
「……っ、そ、の……」
「見たところ上半身は綺麗なものだが、脚をやられたのか? 俺も右の内太ももを火傷して残った痕がある。見るか?」
「安易にそんな刺激が強すぎる所を見せようとしないで下さい!」
突然エリクが大声を上げると、勢いよく背を向け、顔半分ほどまで湯に浸かってしまう。
エリクの言動がまったく分からず、読めず、理解できず。
何度が瞬きしてから、ガイは腕を組んで眉根を寄せる。
(ううむ……もしや嫌いな俺に肌をなるべく見せたくないからか? そして俺の肌も目にしたくない、と。だとしたら嫌なことをしてしまったな)
太ももの内側の何が刺激が強いのかはさっぱり分からないが、怒ったということはそういうことなのだろう。
嫌な思いをさせてしまったからには謝らなければと、ガイは深く頭を下げた。
「すまなかった。むしろ俺の体のほうが見苦しいだろうに、見せつけるような真似を――」
「見苦しいなんて、とんでもありません!」
勢いよくエリクが振り向き、しなやかな両腕がガイに伸ばされる。
そして肩を掴み、必死の形相を向けた。
「これまで幾度となく窮地を乗り越えて、勝利に導いてきた英雄の体が、見苦しい訳がないじゃないですか!」
「い、いや、しかし、綺麗なものではないのは確かだが」
「ガイ様の体は何もかもが完璧です! 鍛え抜かれた肉体はもちろんのこと、人を真っ直ぐに見て下さる黒曜の瞳も、たまに跳ねている髪の寝癖も、豪快そうに見えて食べる時は落とさぬよう動きを丁寧に気遣っているところも――」
「待てエリク、何かおかしなことを言っていないか?」
「いいえ、真理を言っています。とにかくガイ様が見苦しいなんてことはありませんから!」
エリクに断言された瞬間、ガイの目が丸くなる。
――ポロリ。
目元に熱が集まったかと思えば、ガイの頬に涙がこぼれ落ちた。
「……ガイ、様?」
「悪い……これはその、ずっと嫌がられているかと……そうでもないのかと思ったら、うむ……恥ずかしいな」
いつも褒め称えてくれた先王が生きている間は、他の者が距離を取り冷ややかな目を向けていてもガイは気にならなかった。
しかし先王がいなくなった今、こうして熱の籠もった言葉で称えてくれることはなかった。二度とそんな言葉は聞けないと思っていただけに、ガイの涙腺が緩んでしまう。顔も耳まで熱く感じるのは、湯に浸かっているからだけではない。
一粒、二粒と溢れる涙を拭うと、ガイはバツが悪そうに目を逸らしつつ口を開く。
「情けないところを見せてしまったが、これからの道中よろしく頼む。言った通り、エリクは俺の部下ではない。もし嫌ならばいつでも離れて構わないが、そうでなければ互いに死なぬよう、助け合っていこう」
年の離れた若者に、改めてこんなことを言うのは照れくさい。
しかし自分を見苦しくないと即答してくれたエリクに心が癒やされた。
城内の誰もが嫌っていた自分のことを、彼は嫌っていない。
だから少しでもエリクにとってこの旅が有益なものになるよう協力できれば、とガイは思った。
手を差し出し、握手を求めてみる。
だが、エリクの反応がない。
ガイが瞳を動かしてエリクを真っ直ぐに見ると――全身が茹でたタコのように赤くなり、白目を向いていた。
「エリク!? まさかのぼせたのか? しっかりしろ!」
慌ててガイはエリクを正面から抱きとめ、担ぎ上げて風呂から出る。
その際、ガイは見てしまった。
エリクの下半身を――。
(……大きいな。というか、勃ってるのか?)
自分も大きいほうだという自覚はあるが、エリクのそれは明らかに上だ。
見られたくなかったのはこれだったのかと理解し、ガイはなるべく下を見ないよう脱衣所へ向かう。
(若い時は溜まりやすいからな。道中はそういうことも気を配らねば)
これからは風呂は交代で入るようにしよう。
一緒に旅をしていく中で、自分で抜いて処理する時間は絶対に必要だ。
ガイはそう悟り、決意するしかなかった。
「……っ、そ、の……」
「見たところ上半身は綺麗なものだが、脚をやられたのか? 俺も右の内太ももを火傷して残った痕がある。見るか?」
「安易にそんな刺激が強すぎる所を見せようとしないで下さい!」
突然エリクが大声を上げると、勢いよく背を向け、顔半分ほどまで湯に浸かってしまう。
エリクの言動がまったく分からず、読めず、理解できず。
何度が瞬きしてから、ガイは腕を組んで眉根を寄せる。
(ううむ……もしや嫌いな俺に肌をなるべく見せたくないからか? そして俺の肌も目にしたくない、と。だとしたら嫌なことをしてしまったな)
太ももの内側の何が刺激が強いのかはさっぱり分からないが、怒ったということはそういうことなのだろう。
嫌な思いをさせてしまったからには謝らなければと、ガイは深く頭を下げた。
「すまなかった。むしろ俺の体のほうが見苦しいだろうに、見せつけるような真似を――」
「見苦しいなんて、とんでもありません!」
勢いよくエリクが振り向き、しなやかな両腕がガイに伸ばされる。
そして肩を掴み、必死の形相を向けた。
「これまで幾度となく窮地を乗り越えて、勝利に導いてきた英雄の体が、見苦しい訳がないじゃないですか!」
「い、いや、しかし、綺麗なものではないのは確かだが」
「ガイ様の体は何もかもが完璧です! 鍛え抜かれた肉体はもちろんのこと、人を真っ直ぐに見て下さる黒曜の瞳も、たまに跳ねている髪の寝癖も、豪快そうに見えて食べる時は落とさぬよう動きを丁寧に気遣っているところも――」
「待てエリク、何かおかしなことを言っていないか?」
「いいえ、真理を言っています。とにかくガイ様が見苦しいなんてことはありませんから!」
エリクに断言された瞬間、ガイの目が丸くなる。
――ポロリ。
目元に熱が集まったかと思えば、ガイの頬に涙がこぼれ落ちた。
「……ガイ、様?」
「悪い……これはその、ずっと嫌がられているかと……そうでもないのかと思ったら、うむ……恥ずかしいな」
いつも褒め称えてくれた先王が生きている間は、他の者が距離を取り冷ややかな目を向けていてもガイは気にならなかった。
しかし先王がいなくなった今、こうして熱の籠もった言葉で称えてくれることはなかった。二度とそんな言葉は聞けないと思っていただけに、ガイの涙腺が緩んでしまう。顔も耳まで熱く感じるのは、湯に浸かっているからだけではない。
一粒、二粒と溢れる涙を拭うと、ガイはバツが悪そうに目を逸らしつつ口を開く。
「情けないところを見せてしまったが、これからの道中よろしく頼む。言った通り、エリクは俺の部下ではない。もし嫌ならばいつでも離れて構わないが、そうでなければ互いに死なぬよう、助け合っていこう」
年の離れた若者に、改めてこんなことを言うのは照れくさい。
しかし自分を見苦しくないと即答してくれたエリクに心が癒やされた。
城内の誰もが嫌っていた自分のことを、彼は嫌っていない。
だから少しでもエリクにとってこの旅が有益なものになるよう協力できれば、とガイは思った。
手を差し出し、握手を求めてみる。
だが、エリクの反応がない。
ガイが瞳を動かしてエリクを真っ直ぐに見ると――全身が茹でたタコのように赤くなり、白目を向いていた。
「エリク!? まさかのぼせたのか? しっかりしろ!」
慌ててガイはエリクを正面から抱きとめ、担ぎ上げて風呂から出る。
その際、ガイは見てしまった。
エリクの下半身を――。
(……大きいな。というか、勃ってるのか?)
自分も大きいほうだという自覚はあるが、エリクのそれは明らかに上だ。
見られたくなかったのはこれだったのかと理解し、ガイはなるべく下を見ないよう脱衣所へ向かう。
(若い時は溜まりやすいからな。道中はそういうことも気を配らねば)
これからは風呂は交代で入るようにしよう。
一緒に旅をしていく中で、自分で抜いて処理する時間は絶対に必要だ。
ガイはそう悟り、決意するしかなかった。
175
お気に入りに追加
432
あなたにおすすめの小説
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
【R18】元騎士団長(32)、弟子として育てていた第三王子(20)をヤンデレにしてしまう
夏琳トウ(明石唯加)
BL
かつて第三王子ヴィクトールの剣術の師をしていたラードルフはヴィクトールの20歳を祝うパーティーに招待された。
訳あって王都から足を遠ざけていたラードルフは知らない。
この日がヴィクトールの花嫁を選ぶ日であるということを。ヴィクトールが自身に重すぎる恋慕を向けているということを――。
ヤンデレ王子(20)×訳あり元騎士団長(32)の歪んだ師弟ラブ。
■掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
そこにワナがあればハマるのが礼儀でしょ!~ビッチ勇者とガチムチ戦士のエロ冒険譚~
天岸 あおい
BL
ビッチ勇者がワザと魔物に捕まってエッチされたがるので、頑張って戦士が庇って大変な目にあうエロコメディ。
※ビッチ勇者×ガチムチ戦士。同じ村に住んでいた幼馴染コンビ。
※魔物×戦士の描写も多め。戦士がエロい災難に遭いまくるお話。
※エッチな描写ありの話は話タイトルの前に印が入ります。勇者×戦士『○』。魔物×戦士『▼』。また勇者視点の時は『※』が入ります。
悪役令息だったはずの僕が護送されたときの話
四季織
BL
婚約者の第二王子が男爵令息に尻を振っている姿を見て、前世で読んだBL漫画の世界だと思い出した。苛めなんてしてないのに、断罪されて南方領への護送されることになった僕は……。
※R18はタイトルに※がつきます。
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる