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一章 嫌われ将軍、国を追い出される

見苦しいもの

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「見苦しいもの……体に傷痕が残っているのか? 戦場に出て入れば、誰しもできる。俺も見ての通りだ。こうして湯に浸かると、赤みが増してより鮮明になる痕もある。だから気にしなくていい。それは戦士の誉れだ」

「……っ、そ、の……」

「見たところ上半身は綺麗なものだが、脚をやられたのか? 俺も右の内太ももを火傷して残った痕がある。見るか?」

「安易にそんな刺激が強すぎる所を見せようとしないで下さい!」

 突然エリクが大声を上げると、勢いよく背を向け、顔半分ほどまで湯に浸かってしまう。

 エリクの言動がまったく分からず、読めず、理解できず。
 何度が瞬きしてから、ガイは腕を組んで眉根を寄せる。

(ううむ……もしや嫌いな俺に肌をなるべく見せたくないからか? そして俺の肌も目にしたくない、と。だとしたら嫌なことをしてしまったな)

 太ももの内側の何が刺激が強いのかはさっぱり分からないが、怒ったということはそういうことなのだろう。

 嫌な思いをさせてしまったからには謝らなければと、ガイは深く頭を下げた。

「すまなかった。むしろ俺の体のほうが見苦しいだろうに、見せつけるような真似を――」

「見苦しいなんて、とんでもありません!」

 勢いよくエリクが振り向き、しなやかな両腕がガイに伸ばされる。

 そして肩を掴み、必死の形相を向けた。

「これまで幾度となく窮地を乗り越えて、勝利に導いてきた英雄の体が、見苦しい訳がないじゃないですか!」

「い、いや、しかし、綺麗なものではないのは確かだが」

「ガイ様の体は何もかもが完璧です! 鍛え抜かれた肉体はもちろんのこと、人を真っ直ぐに見て下さる黒曜の瞳も、たまに跳ねている髪の寝癖も、豪快そうに見えて食べる時は落とさぬよう動きを丁寧に気遣っているところも――」

「待てエリク、何かおかしなことを言っていないか?」

「いいえ、真理を言っています。とにかくガイ様が見苦しいなんてことはありませんから!」

 エリクに断言された瞬間、ガイの目が丸くなる。

 ――ポロリ。
 目元に熱が集まったかと思えば、ガイの頬に涙がこぼれ落ちた。

「……ガイ、様?」

「悪い……これはその、ずっと嫌がられているかと……そうでもないのかと思ったら、うむ……恥ずかしいな」

 いつも褒め称えてくれた先王が生きている間は、他の者が距離を取り冷ややかな目を向けていてもガイは気にならなかった。

 しかし先王がいなくなった今、こうして熱の籠もった言葉で称えてくれることはなかった。二度とそんな言葉は聞けないと思っていただけに、ガイの涙腺が緩んでしまう。顔も耳まで熱く感じるのは、湯に浸かっているからだけではない。

 一粒、二粒と溢れる涙を拭うと、ガイはバツが悪そうに目を逸らしつつ口を開く。

「情けないところを見せてしまったが、これからの道中よろしく頼む。言った通り、エリクは俺の部下ではない。もし嫌ならばいつでも離れて構わないが、そうでなければ互いに死なぬよう、助け合っていこう」

 年の離れた若者に、改めてこんなことを言うのは照れくさい。
 しかし自分を見苦しくないと即答してくれたエリクに心が癒やされた。

 城内の誰もが嫌っていた自分のことを、彼は嫌っていない。

 だから少しでもエリクにとってこの旅が有益なものになるよう協力できれば、とガイは思った。

 手を差し出し、握手を求めてみる。
 だが、エリクの反応がない。

 ガイが瞳を動かしてエリクを真っ直ぐに見ると――全身が茹でたタコのように赤くなり、白目を向いていた。

「エリク!? まさかのぼせたのか? しっかりしろ!」

 慌ててガイはエリクを正面から抱きとめ、担ぎ上げて風呂から出る。

 その際、ガイは見てしまった。
 エリクの下半身を――。

(……大きいな。というか、勃ってるのか?)

 自分も大きいほうだという自覚はあるが、エリクのそれは明らかに上だ。
 見られたくなかったのはこれだったのかと理解し、ガイはなるべく下を見ないよう脱衣所へ向かう。

(若い時は溜まりやすいからな。道中はそういうことも気を配らねば)

 これからは風呂は交代で入るようにしよう。
 一緒に旅をしていく中で、自分で抜いて処理する時間は絶対に必要だ。

 ガイはそう悟り、決意するしかなかった。
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