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一章 嫌われ将軍、国を追い出される
唯一のお供
しおりを挟む王命を承ってから三日後。
ガイは慣れ親しんだ茶色い愛馬に乗り、ゆっくりと王都から離れていく。
途中、何度も馬を停めて景色を見た。
(邪竜討伐まで何年かかるか分からない。戻ってきても俺の居場所はなくなっているだろう……これで見納めだろうな)
戦に勝利して帰還すれば、必ず左右に民衆が集まり歓声が上がっていた城下町の大通り。
子どもたちの英雄ごっこで賑わっていた、噴水のある広場。
静かに飲ませてくれた、隠れ家のような酒場。
無愛想な主がブツブツと文句を言いながらも武具を仕立ててくれた鍛冶屋。
きっと国の民からは嫌われていなかったと思いたかったが、今のガイにはその自信はなかった。
(皆、どうか達者に暮らしてくれ)
心の中で民に別れを告げると、少しずつ馬の歩みを速めていく。
次第に辺りの建物は減っていき、どこまでも続く街道と草原が広がり始めた頃だった。
後方から馬が駆けてくる音がガイの耳に入る。
それは瞬く間に音を大きくし、ガイの真後ろで停まった。
「ガイ様!」
凛として、辺りによく通る若い男の声。
馬に乗ったままガイが振り向くと、そこには黒い馬に乗った顔見知りの青年が息を切らせ、秀眉を寄せながら険しい表情をしていた。
銀の短髪が風になびき、前髪が流れ、整った凛々しい顔がはっきりと見える。
涼やかな切れ長の目に、海を思わせる瞳の色。一見すれば冷静の塊のような男だが、それに反して彼は苛立ちに満ちていた。
「……何用だ、エリク?」
ガイが尋ねると、青年――エリクはキッと睨みつけてきた。
「何用もなにも、貴方に文句を言いに来ました!」
突然のことにガイは呆気に取られる。
エリクは最近入ったばかりの若い兵。細かい所まで気がつくからと、ガイは戦や遠征などの際、従者として自分の身の回りのことを任せていた。
他の者同様にガイが話しかけても反応は薄く、必要最低限しか話してくれなかった。
そんな彼が感情を露わにし、大きな声で本音をぶつけてくる。
今のガイには理解が追いつかず、何度も瞬きするばかりだった。
「文句というのは?」
「私は貴方の元に集えば、いち早く手柄を挙げ、出世できると踏んで入隊したんです。それなのに、手柄らしい手柄を立てる前にいなくなるなんて……」
エリクの話を聞きながら、なるほど、とガイは得心がいく。
確かに自分の下にいれば戦いの機会は多くなる。
ガイの無茶な注文をこなし、生き延びていけば実績を作りながら強くなる。そうして独立して目覚ましく活躍するようになった部下は何人もいた。
若者らしい野心。好ましいことだとガイは思う。
だからこそエリクへの申し訳なさで目が細まる。
「期待に応えられなくてすまなかった……だが俺の後任にウーゴが就いた。彼も積極的に動き、先手を打つ戦いをする。このままウーゴの所にいれば出世は早い――」
「先ほど辞めてきました」
「なんだと?」
「もうあの場所に用はありません。ガイ様でなければ意味がないので」
しれっと言いながら、エリクが馬を近づけ、ガイの隣に並ぶ。
「ガイ様は英雄。その肩書きがどれだけ名誉で特別なのか分かっていらっしゃいますか? 同じ成果を挙げても、英雄が率いた隊の勝利というのは思いのほか影響が大きいもの」
「……それで、わざわざ俺を追ってきて何の用がある?」
「どうか英雄のお供をさせて下さい。ガイ様が無事に邪竜を倒し、この国に帰還する手伝いがしたいのです……王命を果たせば、私も身に余る名誉を得られますから」
損得を考えての決断。理解はしたが、随分と買いかぶられたものだとガイは思う。
実質、この王命は国からの追放。
ついて来たところで、エリクが望むような名誉など得られる訳がない。
名誉が欲しいなら戻れ、と言うべきだ。
しかしその言葉はガイの喉で止まる。口を開いて出てきたのは――。
「分かった、好きにすればいい」
ゆっくりと馬を動かし、鼻頭を行く先に向ける。
歩くようにと馬腹を蹴って動き出せば、わずかに遅れてエリクの馬の足音が聞こえてきた。
エリクには悪いと思う。
それでも今のガイに、理由はどうあれ自ら寄ってきた者を払うことはできなかった。
疎らな馬たちの足音。
この旅路が一人ではないことに、ガイの唇は小さく綻んでいた。
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