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一章 嫌われ将軍、国を追い出される
副将たちの声
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◇ ◇ ◇
王命を承った後、ガイは城の敷地内にある軍の執務室へと向かう。
分厚い木の扉を開けると、執務机の前にウーゴ副将を始め、部隊長たち数人が円陣を組むように何かを話し合っていた。
ガイが中に一歩踏み入ると、ウーゴが振り向く。後ろで括っている銀の長髪が揺れ、表情が読めない無の顔がガイを迎える。
「ガイ将軍、お待ちしておりました」
「何を話していたんだ?」
「……これからのことを」
普段から必要なこと以外に多くを言わぬウーゴだが、今日はいつにも増して淡々としている。他の者たちも妙に固い。
どうしたんだとガイが尋ねるより前に、ウーゴが一歩前に出て話を続けた。
「王命の件はすでに把握しております。軍は私が引き継ぎますので、どうか心置きなく出立されて下さい」
「あ、ああ……」
呆気なく話が終わり、異様な沈黙が広がる。
空気が重い。息が詰まり、ガイはわずかに眉間を寄せた。
「俺は邪竜退治にこれから向かうが、いつ戻れるか分からん。命を落とすかもしれない。だから、ひとつ聞かせて欲しい」
「なんでしょうか?」
「お前たちにとって、俺は良い上司だったか?」
ガイには将軍職に就いた頃から、気になっていたことがあった。
多くの兵をまとめ上げ、激戦を重ねてここまでやってきた。
その間、副将ウーゴも部隊長たちも、集まった兵たちも、ガイの無茶な指示に従い続けた。
おかげで英雄と呼ばれる存在に成長できた。彼らには感謝の言葉しかない。
ただ、自分の命令にずっと不満を持ち、溜め続けてきたのではないか? という疑問がつきまとっていた。
なぜなら――彼らから笑顔を向けられた覚えがない。
談笑の輪の中に入ったことも、無礼講で酒を酌み交わして騒ぐこともない。
いつも先程のように、ガイが入ってきた途端に部下たちは強張り、口を閉ざし、必要な要件のみ会話するだけの関係。
それでも命を賭けて自分について来てくれた。
家族も恋人もいないガイにとって、彼らは何よりも大切な存在だった。
そんな彼らと別れなければいけない。
だからこそガイは真実が知りたかった。
ふぅ、とウーゴが息をつく。
感情のない目が、いつになく冷ややかにガイを射た。
「ガイ将軍……貴方は先王陛下の信が厚く、その実力も疑いなきものでした。私も彼らも、貴方の力は素晴らしいと心の底から思っていました。しかし――」
ウーゴの眉間に皺が寄る。好意とは程遠い眼差しに、殺気にも似た棘々しさが混じる。
「貴方の無茶に応える度、生きた心地がしませんでした。我らの軍ばかりが多くの汗をかき、血を流し、実現困難な貴方の策に苦しみ喘ぎました……ようやくその日々から解放されるのです。嬉しくてたまりません」
「そうか……すまなかった」
「謝らないで下さい。必要に迫られてのことなのは分かっていますから」
もう一度ウーゴは息をつくと、はっきりした声で告げた。
「国にとっては素晴らしい将軍でしたが、私たちにとっては悪夢のような上司でした。もう二度と顔も見たくありませんが、邪竜討伐の吉報を心よりお待ちしています」
ガイは執務室を出た後のことをよく覚えていない。
決して好かれてなどいない。これまでの戦いをどう思い返しても、部下たちを死地へ送り、危ない橋を渡らせ続けてきた極悪の上司だとガイは自覚していた。
覚悟はしていた。
だが面と向かって意思表示された瞬間、ガイは自分の胸に大きな穴が開いてしまったような感覚に襲われた。
自分は嫌われている。
以前から厳しい目を向けていたイヴァン王だけでなく、部下たちからも嫌われていたのだと分かり、動揺が収まらなかった。
そして悪夢でも見ているかのような、あやふやで淡い吐き気に包まれたような気分のまま、出立の準備を進めていった。
王命を承った後、ガイは城の敷地内にある軍の執務室へと向かう。
分厚い木の扉を開けると、執務机の前にウーゴ副将を始め、部隊長たち数人が円陣を組むように何かを話し合っていた。
ガイが中に一歩踏み入ると、ウーゴが振り向く。後ろで括っている銀の長髪が揺れ、表情が読めない無の顔がガイを迎える。
「ガイ将軍、お待ちしておりました」
「何を話していたんだ?」
「……これからのことを」
普段から必要なこと以外に多くを言わぬウーゴだが、今日はいつにも増して淡々としている。他の者たちも妙に固い。
どうしたんだとガイが尋ねるより前に、ウーゴが一歩前に出て話を続けた。
「王命の件はすでに把握しております。軍は私が引き継ぎますので、どうか心置きなく出立されて下さい」
「あ、ああ……」
呆気なく話が終わり、異様な沈黙が広がる。
空気が重い。息が詰まり、ガイはわずかに眉間を寄せた。
「俺は邪竜退治にこれから向かうが、いつ戻れるか分からん。命を落とすかもしれない。だから、ひとつ聞かせて欲しい」
「なんでしょうか?」
「お前たちにとって、俺は良い上司だったか?」
ガイには将軍職に就いた頃から、気になっていたことがあった。
多くの兵をまとめ上げ、激戦を重ねてここまでやってきた。
その間、副将ウーゴも部隊長たちも、集まった兵たちも、ガイの無茶な指示に従い続けた。
おかげで英雄と呼ばれる存在に成長できた。彼らには感謝の言葉しかない。
ただ、自分の命令にずっと不満を持ち、溜め続けてきたのではないか? という疑問がつきまとっていた。
なぜなら――彼らから笑顔を向けられた覚えがない。
談笑の輪の中に入ったことも、無礼講で酒を酌み交わして騒ぐこともない。
いつも先程のように、ガイが入ってきた途端に部下たちは強張り、口を閉ざし、必要な要件のみ会話するだけの関係。
それでも命を賭けて自分について来てくれた。
家族も恋人もいないガイにとって、彼らは何よりも大切な存在だった。
そんな彼らと別れなければいけない。
だからこそガイは真実が知りたかった。
ふぅ、とウーゴが息をつく。
感情のない目が、いつになく冷ややかにガイを射た。
「ガイ将軍……貴方は先王陛下の信が厚く、その実力も疑いなきものでした。私も彼らも、貴方の力は素晴らしいと心の底から思っていました。しかし――」
ウーゴの眉間に皺が寄る。好意とは程遠い眼差しに、殺気にも似た棘々しさが混じる。
「貴方の無茶に応える度、生きた心地がしませんでした。我らの軍ばかりが多くの汗をかき、血を流し、実現困難な貴方の策に苦しみ喘ぎました……ようやくその日々から解放されるのです。嬉しくてたまりません」
「そうか……すまなかった」
「謝らないで下さい。必要に迫られてのことなのは分かっていますから」
もう一度ウーゴは息をつくと、はっきりした声で告げた。
「国にとっては素晴らしい将軍でしたが、私たちにとっては悪夢のような上司でした。もう二度と顔も見たくありませんが、邪竜討伐の吉報を心よりお待ちしています」
ガイは執務室を出た後のことをよく覚えていない。
決して好かれてなどいない。これまでの戦いをどう思い返しても、部下たちを死地へ送り、危ない橋を渡らせ続けてきた極悪の上司だとガイは自覚していた。
覚悟はしていた。
だが面と向かって意思表示された瞬間、ガイは自分の胸に大きな穴が開いてしまったような感覚に襲われた。
自分は嫌われている。
以前から厳しい目を向けていたイヴァン王だけでなく、部下たちからも嫌われていたのだと分かり、動揺が収まらなかった。
そして悪夢でも見ているかのような、あやふやで淡い吐き気に包まれたような気分のまま、出立の準備を進めていった。
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