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七章 決着
明かされた真実
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せめてレオニードがどんな人なのか伝えようと、みなもは口を開きかける。と、
「みなも、無事か?!」
懸命に走ってくる足音とともに、廊下から声が飛んでくる。
みなもが頭を上げて視線を動かすと、切羽詰まった顔で息を切らせたレオニードが部屋に駆け込んできた。
ナウムの生死は分からないが、レオニードが勝ったからここへ来たのだろう。
彼が生きていてくれて良かった――みなもの顔が思わず緩む。
ふと視線をいずみに戻すと、彼女は二人を見交した後、レオニードに向かってニコリと笑った。
「……どうかこの子のこと、よろしくお願いしますね」
言い終わった直後、急にいずみの体から力が抜け、こちらへ倒れ込んでくる。
みなもは咄嗟に受け止めると、彼女の背中を揺すった。
「姉さん……いずみ姉さん!」
声をかけてもまったく反応しない。
眠りについたのだと分かっていても、目から涙が溢れた。
次に目を覚ます時は、もう一族のことも、自分たちが姉妹だったことも忘れている。
これから先、もし再会することがあったとしても、家族として向き合うことはない。
いずみはこれからも生き続けていく。
けれど、姉としてのいずみは死んだも同然だった。
みなもの足元から感覚がなくなり、その場へ浮いているような気分になる。
膝が折れそうになった時、大きく頼もしい腕が背中を支えてくれた。
子供のように、泣いて立ち止まってなんかいられない。
みなもは袖で涙を拭うと、鈍い動きで首を動かし、間近になったレオニードを見上げた。
「……姉さんを寝かせてあげたいんだ。運んでもらってもいいかな?」
「ああ、もちろんだ」
重々しく頷き、レオニードはいずみを抱き上げる。
長い髪がさらりと流れ、みなもの手を撫でながら離れていく。
さっきまであった温もりが消え、未練が残る。
ここにいるだけ動けなくなりそうで、みなもは機敏に辺りを見渡し、いずみを寝かせる場所を探す。
部屋の奥に大きなソファーを見つけると、レオニードに目配せする。
すぐに意図は伝わり、彼は大きく揺れないようにしながらソファーへ向かうと、慎重に彼女を降ろした。
横たわったいずみの顔を、みなもはジッと見下ろす。
心残りはなくなったのか、その寝顔は穏やかな微笑みを浮かべていた。
自分が知っている、一番いずみらしい表情だった。
(これからもずっと、姉さんのことが好きだよ。俺は姉さんのことも、この気持ちも絶対に忘れない)
心の中でそう呟いていると、レオニードがみなもの肩を優しく抱いた。
「みなも……ヴェリシアへ戻ったら、お姉さんの話を聞かせてくれ。君たちが姉妹だということを、俺も覚えていたい」
こんなことも一緒に背負ってくれるんだ。
レオニードらしいと思いながら、みなもは彼に少しだけ寄りかかった。
いずみの顔をしっかり脳裏に焼き付けた後、みなもは「行こうか」とレオニードを促す。
彼が無言で頷き、こちらの肩から手を離す。それを合図に踵を返し、机の上に置いた本を取りに行き、みなもは片腕で抱え込む。
その直後――黒い影がみなもに覆いかぶさった。
「危ないっ!」
急にレオニードがみなもを引き寄せると、間髪入れずに横へ飛び退く。
目まぐるしく周囲の風景が変わり、視界が揺らいでいたみなもの耳に、ドンッ、と何かを殴りつける鈍い音がした。
(何が起きたんだ?!)
みなもは慌てて自分の周りを見回す。
視線の先には、床で唸りながらうずくまる男――ナウムの姿があった。
「……あの短剣で傷を負って、なぜ生きているんだ?」
低く押さえつけた声で呟いたレオニードの声を拾い、みなもは状況を察する。
おそらく自分が渡した猛毒の短剣を使ったのだろう。
普通の人間ならば、かすり傷ひとつ負えば死んでしまう毒。それなのに生きている。
しぶとい、という言葉では片付けられない。
みなもが目を見張っていると、ナウムは咳き込みながら上体を起こした。
「オレのためにいずみが特別に作ってくれた、耐毒の薬を飲んでいるからな。おかげで意識はぶっ飛んだが即死は免れた」
いつものようにナウムが不敵な笑みを浮かべようとする。
が、青白い顔で力なく笑うことしかできず、見るからに生気が弱まっていた。
「ククッ……情けねぇなあ。オレが唯一守りたかったものすら、守れねぇなんて」
ナウムはふらつく体を支えようと、腕を突っ張る。
そして目を細め、どこか悲しげにいずみを見つめた。
「これで目が覚めれば、オレのことも覚えていないのか。……ここが頃合いなのかもな」
長息を吐き出した後、ナウムがみなもに視線を移した。
「みなも、オレのことが憎いか?」
「当たり前だろ。分かり切ったことを聞くな」
怒鳴りたくなる気持ちを抑え、みなもはナウムを睨みつける。
あからさまに嫌悪感をぶつけたが、不思議と彼は嫌な顔をせず、どこか安らいだ表情を見せた。
「そんなに憎いなら、オレの命をくれてやる。もう生きることにも疲れた……お前の好きなようにオレの心臓を止めてくれよ」
言われてみなもは呼吸を止め、ナウムの目を凝視する。
憎い。殺したいほど憎い。
ただ、殺されたいと望まれてしまうと、殺すことで彼を喜ばせるような気がして、躊躇してしまう。
こちらの動揺を見透かしたように、ナウムは声を押し殺して笑った。
「さっきといい、今といい、案外と甘いところがあるなあ。だが……これを聞けば、オレを殺す覚悟も決まるだろう」
一体何を言うつもりなんだ?
予想もつかないのに、嫌な胸騒ぎがする。
思わずみなもは己の胸元を掴み、固唾を呑む。
焦らしているのか、長く間を空けてからナウムは口を開いた。
「お前たち一族をバルディグに売ったのは……オレだ」
「みなも、無事か?!」
懸命に走ってくる足音とともに、廊下から声が飛んでくる。
みなもが頭を上げて視線を動かすと、切羽詰まった顔で息を切らせたレオニードが部屋に駆け込んできた。
ナウムの生死は分からないが、レオニードが勝ったからここへ来たのだろう。
彼が生きていてくれて良かった――みなもの顔が思わず緩む。
ふと視線をいずみに戻すと、彼女は二人を見交した後、レオニードに向かってニコリと笑った。
「……どうかこの子のこと、よろしくお願いしますね」
言い終わった直後、急にいずみの体から力が抜け、こちらへ倒れ込んでくる。
みなもは咄嗟に受け止めると、彼女の背中を揺すった。
「姉さん……いずみ姉さん!」
声をかけてもまったく反応しない。
眠りについたのだと分かっていても、目から涙が溢れた。
次に目を覚ます時は、もう一族のことも、自分たちが姉妹だったことも忘れている。
これから先、もし再会することがあったとしても、家族として向き合うことはない。
いずみはこれからも生き続けていく。
けれど、姉としてのいずみは死んだも同然だった。
みなもの足元から感覚がなくなり、その場へ浮いているような気分になる。
膝が折れそうになった時、大きく頼もしい腕が背中を支えてくれた。
子供のように、泣いて立ち止まってなんかいられない。
みなもは袖で涙を拭うと、鈍い動きで首を動かし、間近になったレオニードを見上げた。
「……姉さんを寝かせてあげたいんだ。運んでもらってもいいかな?」
「ああ、もちろんだ」
重々しく頷き、レオニードはいずみを抱き上げる。
長い髪がさらりと流れ、みなもの手を撫でながら離れていく。
さっきまであった温もりが消え、未練が残る。
ここにいるだけ動けなくなりそうで、みなもは機敏に辺りを見渡し、いずみを寝かせる場所を探す。
部屋の奥に大きなソファーを見つけると、レオニードに目配せする。
すぐに意図は伝わり、彼は大きく揺れないようにしながらソファーへ向かうと、慎重に彼女を降ろした。
横たわったいずみの顔を、みなもはジッと見下ろす。
心残りはなくなったのか、その寝顔は穏やかな微笑みを浮かべていた。
自分が知っている、一番いずみらしい表情だった。
(これからもずっと、姉さんのことが好きだよ。俺は姉さんのことも、この気持ちも絶対に忘れない)
心の中でそう呟いていると、レオニードがみなもの肩を優しく抱いた。
「みなも……ヴェリシアへ戻ったら、お姉さんの話を聞かせてくれ。君たちが姉妹だということを、俺も覚えていたい」
こんなことも一緒に背負ってくれるんだ。
レオニードらしいと思いながら、みなもは彼に少しだけ寄りかかった。
いずみの顔をしっかり脳裏に焼き付けた後、みなもは「行こうか」とレオニードを促す。
彼が無言で頷き、こちらの肩から手を離す。それを合図に踵を返し、机の上に置いた本を取りに行き、みなもは片腕で抱え込む。
その直後――黒い影がみなもに覆いかぶさった。
「危ないっ!」
急にレオニードがみなもを引き寄せると、間髪入れずに横へ飛び退く。
目まぐるしく周囲の風景が変わり、視界が揺らいでいたみなもの耳に、ドンッ、と何かを殴りつける鈍い音がした。
(何が起きたんだ?!)
みなもは慌てて自分の周りを見回す。
視線の先には、床で唸りながらうずくまる男――ナウムの姿があった。
「……あの短剣で傷を負って、なぜ生きているんだ?」
低く押さえつけた声で呟いたレオニードの声を拾い、みなもは状況を察する。
おそらく自分が渡した猛毒の短剣を使ったのだろう。
普通の人間ならば、かすり傷ひとつ負えば死んでしまう毒。それなのに生きている。
しぶとい、という言葉では片付けられない。
みなもが目を見張っていると、ナウムは咳き込みながら上体を起こした。
「オレのためにいずみが特別に作ってくれた、耐毒の薬を飲んでいるからな。おかげで意識はぶっ飛んだが即死は免れた」
いつものようにナウムが不敵な笑みを浮かべようとする。
が、青白い顔で力なく笑うことしかできず、見るからに生気が弱まっていた。
「ククッ……情けねぇなあ。オレが唯一守りたかったものすら、守れねぇなんて」
ナウムはふらつく体を支えようと、腕を突っ張る。
そして目を細め、どこか悲しげにいずみを見つめた。
「これで目が覚めれば、オレのことも覚えていないのか。……ここが頃合いなのかもな」
長息を吐き出した後、ナウムがみなもに視線を移した。
「みなも、オレのことが憎いか?」
「当たり前だろ。分かり切ったことを聞くな」
怒鳴りたくなる気持ちを抑え、みなもはナウムを睨みつける。
あからさまに嫌悪感をぶつけたが、不思議と彼は嫌な顔をせず、どこか安らいだ表情を見せた。
「そんなに憎いなら、オレの命をくれてやる。もう生きることにも疲れた……お前の好きなようにオレの心臓を止めてくれよ」
言われてみなもは呼吸を止め、ナウムの目を凝視する。
憎い。殺したいほど憎い。
ただ、殺されたいと望まれてしまうと、殺すことで彼を喜ばせるような気がして、躊躇してしまう。
こちらの動揺を見透かしたように、ナウムは声を押し殺して笑った。
「さっきといい、今といい、案外と甘いところがあるなあ。だが……これを聞けば、オレを殺す覚悟も決まるだろう」
一体何を言うつもりなんだ?
予想もつかないのに、嫌な胸騒ぎがする。
思わずみなもは己の胸元を掴み、固唾を呑む。
焦らしているのか、長く間を空けてからナウムは口を開いた。
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