上 下
101 / 111
七章 決着

意地と信念と……

しおりを挟む
 イヴァンは剣を振り上げ、浪司の顔を目がけて斬りつける。
 体を蝕む痺れで勢いは半減しているものの、鋭く空を切る音がした。

 ――ギィンッ!
 素早く浪司が短剣をかざし、刃を受け止める。

 上から力をかけている自分のほうが有利のはず。
 しかしイヴァンが全力で刃を押しても、浪司はびくともしなかった。

 だが――不意に浪司から力が抜け、刃が届く前にその場を退く。
 拮抗が崩れ、勢い余ってイヴァンの体勢が崩れそうになる。

 倒れる訳にはいかない。
 王が倒れてしまえば、国そのものが傾いてしまう。
 どれだけ体が痺れていようが、重病を抱えていようが、倒れることは許されない。

 一刻も早くこの男を叩き斬らねば……。
 よろけながらも膝に力を入れ、イヴァンは浪司へ再び剣先を向けた。
 
 溢れ出す殺気と怒気を、惜しみなく浪司にぶつけていく。
 それなのに、彼の顔色も態度もまったく変わることはない。こちらから目を背けず、見据え続けている。
 この行いが間違っていないのだと、己を信じて疑わない。そんな印象を受けた。

「誇り高きイヴァン王よ……どうかワシの話を聞いて欲しい」

 ふざけるなと一蹴しかかったが、激情のままに動けば、自分から器の小さな王だと認めてしまう気がする。
 イヴァンは息をついて少し頭を冷やすと、「良かろう、聞いてやる」と話を促した。

 安堵したのか、わずかに浪司が眼差しを和らげた。

「ワシは不老不死を施された常緑の守り葉、何百年も一族を見守り続けている。……何度も一族の力を悪用されそうになり、その都度ワシは守ってきた。国を相手にするのは、これが初めてではない」

 不老不死。その言葉にイヴァンのこめかみが引きつる。

 先王――父が求め続けていた秘術。
 単なる伝説に過ぎない。いくらまともな状態ではなかったとはいえ、そんな物に心を奪われ、政をないがしろにするなど馬鹿げたことだと思っていた。

 今もその考えは変わらない。
 不老不死など夢物語でしかない。この男は何か狙いがあって嘘を言っているだけだ。その狙いがどんな物なのかは検討もつかないが。

 警戒心を強めながら、イヴァンは注意深く浪司の話に耳を傾ける。

「貴殿のように久遠の花や守り葉の力を借りて、国を守ろうとする権力者はいた。だが一族を囲ってその力を独占しようとする時は、いつも同じ顛末を辿っておる」

「……同じ顛末、だと?」

「不老不死を抜きにしても、久遠の花はその知識と力で未知の病を治す薬を作ることができる。守り葉は一族が作った特殊な解毒剤でなければ治せぬ毒を作ることができる。この力を利用すれば、その国は圧倒的に優位な立場になれるんだ」

 浪司は言葉を区切って息継ぎすると、苦しげに顔をしかめた。

「ある国は他国に伝染病の薬を高額で売りつけ、際限なく金を搾り取ろうとした。ある国は、他国の要人に特殊な毒を与え、解毒剤と引き換えに無茶なをことを要求するようになった。……その結果、周辺の国々が追い詰められて、数多の民衆が苦しむ羽目になった」

「我が国も同じ道を辿ると決め付けるな! 必要以上に相手を弱らせて追い詰めるなど、王として恥ずべき所業だ。我が国を侮るんじゃない」

「貴殿が口先だけの王でないことは、ワシも疑っておらん。だが……他の要人がイヴァン王と同じ考えを持っているとは思えない。もし貴殿が殺されでもして、志のない者が権力を握れば――」

 反論しかけ、イヴァンは言葉に詰まる。
 己の欲のために手段を選ばない人間など、物心ついた時から山ほど見ている。
 そして従順な態度を取りながら、裏ではいかに相手を出し抜き、より多くの利益を得ようと画策する重臣も少なくはない。

 自分が玉座についている内は、不必要に相手を苦しめるような真似はしない。
 しかし自分以外の誰かが玉座についた後も、それが守られるとは断言できない。

 この男を信用する訳ではないが、恐らく真実なのだろうと心のどこかで思っている。

 それでも一国の王が素直に引き下がる訳にはいかない。
 イヴァンは腕を前に伸ばし、剣で浪司を指した。

「貴様の言うことも一理ある。だが、貴様が同じことをしないという証拠はどこにもない。それに、本気になれば城中の人間を毒で殺す力を持つ輩を、放っておく訳にはいかぬ!」

 言い終わらぬ内に床を蹴り、剣を高く振り上げながら浪司へ迫る。
 こちらの奇襲に一瞬だけ浪司は目を見開いたが、すぐに目を据わらせ、己の刃で受け止めた。

「そりゃあワシも分かっているが……今、人が死ぬような毒を流していないってことが証明にならんか?」

「ならんな。単に貴様が危険人物だと証明されただけだろうが」

 刃を交えながら、イヴァンはさらに体が痺れていくのを実感する。
 剣を打ち合う衝撃も、激しく動かす腕の感触も消えていく。動けなくなるのは時間の問題だった。

 明らかに浪司のほうが優位に立っている。
 だが、これだけ攻撃されているにもかかわらず、彼から殺気はまったく感じられない。
 ここで膝をついたとしても、この男は自分を殺さない――戦う内に、そんな確信が芽生えてくる。
 
 確信はあっても、自分から剣を置くつもりはなかった。

(俺が少しでもコイツを足止めすれば、駆けつけたナウムがいずみを逃がしてくれる。……ずっといずみは奪われ続け、傷ついてきたんだ。これ以上、傷を深めるような目に合わせられるか!)

 体の感覚を少しでも取り戻そうと、イヴァンは強く唇を噛み締める。
 どれだけ強く歯を立てて口内の肉を貫いても、疼く痛みはか弱く、遥か遠くに感じる。
 
 そんな心もとない痛みだけが、イヴァンの体と意識を繋いでいた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

毒はお好きですか? 浸毒の令嬢と公爵様の結婚まで

屋月 トム伽
恋愛
産まれる前から、ライアス・ノルディス公爵との結婚が決まっていたローズ・ベラルド男爵令嬢。 結婚式には、いつも死んでしまい、何度も繰り返されるループを終わらせたくて、薬作りに没頭していた今回のループ。 それなのに、いつもと違いライアス様が毎日森の薬屋に通ってくる。その上、自分が婚約者だと知らないはずなのに、何故かデートに誘ってくる始末。 いつもと違うループに、戸惑いながらも、結婚式は近づいていき……。 ※あらすじは書き直すことがあります。 ※小説家になろう様にも投稿してます。

最弱能力「毒無効」実は最強だった!

斑目 ごたく
ファンタジー
 「毒無効」と聞いて、強い能力を思い浮かべる人はまずいないだろう。  それどころか、そんな能力は必要のないと考え、たとえ存在しても顧みられないような、そんな最弱能力と認識されているのではないか。  そんな能力を神から授けられてしまったアラン・ブレイクはその栄光の人生が一転、挫折へと転がり落ちてしまう。  ここは「ギフト」と呼ばれる特別な能力が、誰にでも授けられる世界。  そんな世界で衆目の下、そのような最弱能力を授けられてしまったアランは、周りから一気に手の平を返され、貴族としての存在すらも抹消されてしまう。  そんな絶望に耐えきれなくなった彼は姿を消し、人里離れた奥地で一人引きこもっていた。  そして彼は自分の殻に閉じこもり、自堕落な生活を送る。  そんな彼に、外の世界の情報など入ってくる訳もない。  だから、知らなかったのだ。  世界がある日を境に変わってしまったことを。  これは変わってしまった世界で最強の能力となった「毒無効」を武器に、かつて自分を見限り捨て去った者達へと復讐するアラン・ブレイクの物語。  この作品は「小説家になろう」様にも投降されています。

悪役令嬢は毒を食べた。

桜夢 柚枝*さくらむ ゆえ
恋愛
婚約者が本当に好きだった 悪役令嬢のその後

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi
恋愛
「愛している」と言ってくれた夫スチュワートが亡くなった。  ふたりの愛の結晶だと、周囲からも待ち望まれていた妊娠4ヶ月目の子供も失った。  夫と子供を喪い、実家に戻る予定だったミルドレッドに告げられたのは、夫の異母弟との婚姻。  夫の異母弟レナードには平民の恋人サリーも居て、ふたりは結婚する予定だった。   愛し合うふたりを不幸にしてまで、両家の縁は繋がなければならないの?  国の事業に絡んだ政略結婚だから?  早々に切り替えが出来ないミルドレッドに王都から幼い女児を連れた女性ローラが訪ねてくる。 『王都でスチュワート様のお世話になっていたんです』 『この子はあのひとの娘です』  自分と結婚する前に、夫には子供が居た……    王家主導の事業に絡んだ婚姻だったけれど、夫とは政略以上の関係を結べていたはずだった。  個人の幸せよりも家の繁栄が優先される貴族同士の婚姻で、ミルドレッドが選択した結末は……     *****  ヒロイン的には恋愛パートは亡くなった夫との回想が主で、新たな恋愛要素は少なめです。 ⚠️ ヒロインの周囲に同性愛者がいます。   具体的なシーンはありませんが、人物設定しています。   自衛をお願いいたします。  8万字を越えてしまい、長編に変更致しました。  他サイトでも公開中です

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...