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六章 裏切りと真実

偽りの祖父と孫

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 食事を終えて、青年と老人は根城にしている二階の部屋へと戻っていく。
 そして二人は用心深く部屋を見渡し、異常がないかを確かめてから中に入って扉を閉めた。

 完全に外から中が見えなくなった途端、老人は大きく背伸びをして曲がっていた腰を正すと、顎からベリベリと髭を外した。

「あー疲れた……老人のフリは長時間するもんじゃないな」

 老人から一気に若返り、精悍ながら愛嬌のある顔と無精髭があらわになる。

 何度この光景を目の当たりにしても、見慣れるものではない。
 青年は心の中で感心してから、長息を吐き出した。

「よくここまで変われるものだな、浪司。元の面影が完全に消えている」

「当然だぜ、かなり年期入ってるからなあ。だがレオニード、お前さんも十分に変装できてるぜ」

 そう言うと浪司はにっかり笑いながら、おどけて片目をつむった。

 部屋の壁に掛かっていた鏡を、レオニードは横目でちらりと見る。
 長かった銀髪は短く刈り上げられた上に赤く染められ、薄氷の瞳は暗い茶色へ、白い肌は浅黒いものへと変わっていた。見慣れぬ姿に今もまた緊張が走り、自分だと気づいて内心胸を撫で下ろす。

 頭で分かっていても、鏡に映った姿が自分なのだという実感が沸かなかった。

 みなもを追ってバルディグの城下街へ向かう途中、ナウムたちに気付かれないよう変装しようと浪司に提案された。
 それは至極もっともだと同意はしたが――まさかここまで髪を短く切り、こんなに赤々とした目立つ色に染められるとは思いもしなかった。

 瞳の色も、肌の色も、浪司が用意した薬で変えられてしまった。
 色落としの薬を使えば元に戻るので安心はしている。ただ色がついた分だけ視界は暗く、
たまに距離感が狂って物に当たりそうになっている。

 どれだけ鏡を見ても、映る姿は別人だ。
 これならナウムたちの目を誤魔化せるという自信が湧いてくる。しかし、

「明日は口の中に綿を入れて、顔型も変えておけよ。あと、常に目を細めていたほうがいいだろうな。相手から瞳が見えないほうが、こっちの動揺やら感情も隠しやすい。特にナウムのヤツは、そういったことにも目ざといだろうからな」

 さらに浪司から変装の指示を出され、レオニードは閉口する。

 彼の正体や事情はもう聞かされている。
 あまりに現実離れをしていて、どんな人生を送ってきたのか想像がつかない。ただ、難儀な人生を送っているのだということは理解できだ。

 特殊な事情があるからと知っていても、どうしても思ってしまう。

(変装といい、敵地へ潜る段取りといい……盗賊顔負けに慣れすぎだ、浪司)

 心の中でレオニードが冷や汗を流していると、浪司は自分のベッドに腰かけた。

「レオニード、今日買ってきた物を見せてくれ」

 部屋の隅に置いていた荷袋を手にすると、レオニードは浪司と向かい合う形でもう一つのベッドへ座る。
 袋に手を入れてまさぐると、目的の物を取り出した。

 現れたのは、真新しい鉄の剪定バサミ二つ。

 一つを浪司に手渡すと、彼は持ち手を掴み、ハサミの刃を凝視した。

「おっ、よく切れそうなハサミだ。これなら木の剪定がやりやすそうだ……ナウムの所の庭じゃなかったら、気持ちよく使えるのになあ」

 忌々しい名を聞いて、レオニードは眉間に皺を刻む。

 今、みなもはナウムの屋敷にいる。
 おそらく仲間のことを盾に取り、手元へ置いているのだろう。
 命は奪わないだろうが、あの男のことだ。言い寄って彼女を追い詰め、隙あらば自分のものにしようとするのは容易に想像がつく。

 数日前に市場でみなもと会った時、どれだけ彼女を抱き締めて、バルディグから連れ出してしまいたかったことか。

 ただ、ここがナウムの本拠地である以上、監視の目も厳しいはず。
 自分たちの正体に気づき警戒されてしまえば、みなもと接触することが難しくなる。

 みなもには、聞かなければいけないことがある。
 そのために変装し、庭師としてナウムの屋敷に潜り込み、みなもに近づくという作戦を取ることにした。
 
 一時の感情だけで迂闊な行動をとる訳にはいかない。
 そう頭では分かっていても、割り切れるものではないが。

「さて、と。それじゃあ明日の予定だが――」

 浪司の声でレオニードは我に返り、一言も聞き漏らすまいと身を乗り出す。
 今までにない真剣な面持ちで、浪司は言葉を続けた。

「仕事は昼過ぎから。庭師の親方たちと合流して、ナウムの庭の手入れに同行させてもらう。前々からの打ち合わせ通り、ワシらは田舎から出稼ぎに来た庭師の祖父と孫ってことにしてあるから、しっかり演じてくれよ」

 レオニードが重々しく「分かった」と頷いて見せると、浪司の眼差しがわずかに柔らかくなった。

「あんまり気負うな。お前さんは黙々と仕事しながら、屋敷の中を把握してくれればいい。ワシは何とかみなもと接触して、夜に会いに行くことを伝える。その後にどうするのかは、みなもの話次第だな」

 おもむろに浪司は両手を組んで力を込めると、少しうつむいて顔に影を作る。
 白く染められた髪のせいか、人生に疲れ果てた本物の老人に見えた。

「ここに久遠の花や守り葉がいるのか、一体誰が毒を作っているのか……やっと分かる。長かったなあー、ここまで来るのに」

「浪司……」

「あともう少しだけ、お前さんたちには頑張ってもらうぞ。面白くないだろうが、みなもを連れ出すのは、ここでやるべきことを終えてからだ」

 正直なところ、一秒でも早くナウムからみなもを引き離したい。
 ただ、みなもが心置きなくヴェリシアへ戻るためには、やらなければいけないことが残っている。
 ひいてはそれがヴェリシアのためにもなる。

 レオニードは深く息を吸い、己の中に覚悟をためていく。
 そして拳を強く握りしめた。

「……必ず終わらせてみせる。俺の命に代えても」

 慌てて浪司がこちらへ向き直ると、やれやれと言わんばかりに苦笑を浮かべた。

「おいおい、お前さんに死んでもらったら困る。これからみなもと夫婦になって、子だくさん家族を作ってもらうんだからな」

 からかうような口調だが、これが浪司の切実な願いだというのはよく分かった。
 レオニードもつられて苦笑すると、「ああ、そうだな」と大きく頷いた。
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