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五章 葛藤
守られた約束
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◇ ◇ ◇
ナウムの部下になると告げた三日後の朝。
みなもは目を覚ますと緩慢な動きで体を起こし、熱を帯びた長息を吐き出す。休んでいるハズなのに、体は虚脱感でいっぱいだった。
(……いい加減、嫌になってくるよ)
毎晩、同じような悪夢を見続ける。
しかも日を重ねるごとに夢は鮮明さを増し、目覚めた後も、体からあの手の感触が消えてくれない。
必ず悪夢を見てしまうと分かった今、もう驚いて飛び起きる気は失せた。あの夢が現実にならなければ、夢でどんな扱いを受けても構わない。所詮は夢でしかないのだから……。
気を持ち直そうと、いつものように首飾りの石を見つめる。悪夢ですり減ってしまった精神が継ぎ足され、元の自分を取り戻していく。ただ、みなもの顔に浮かんだ翳りを消すことはできなかった。
この石に――レオニードに助けられている。
けれど心を落ち着かせようと頼れば頼るほど、夢で受けてしまった自分の穢れをこの澄み切った石に吸わせているように感じてしまう。
頼り続けてしまえばこのまま石が濁ってしまい、彼の面影を消してしまいそうな気がした。
(これ以上、この首飾りを汚す訳にはいかない。特に今日は――)
みなもはベッドから降ると、衣装棚の前まで歩いていく。
そして戸を開け放って中を見回した。
ナウムが用意した服がずらりと並んでいる。
ここへ来た当初は、ナウム好みの露出が多いドレスばかりあった。だが、「俺、男物しか着ないよ」と言ったら、残念そうに中の服を男物と変えてくれた。
それでもドレスを着せることを諦めていないらしく、今も隅に数着だけ仕舞われている。
ドレスに目を向けることなく、みなもは今まで着続けていた服の襟に手をかける。
そして首飾りを外すと、洋服掛けにぶら下げた。
(ごめん、ここで待っていて。用事が終わったら、また戻ってくるから)
手を離すと、今度は別の服に手をかける。
淡い薄茶色の生地で作られた男物の服。生地の色が地味な分、袖や襟などに施された刺繍に力が入っている。
その服に袖を通してズボンを履き替えると、みなもは衣装棚の隣りに飾られた鏡に己を映した。
似合わないことはないと思う。
ただ、苦労知らずな貴族の青年に見えてしまい、漂う違和感に首を傾げる。
(何だか不相応な格好だけど、バルディグの王妃様に会うんだから、失礼のない格好をしないとね)
部下になると伝えた翌日、ナウムがいずみに打診して、この日に会う機会を設けてくれた。
城では落ち着いて話せないだろうからと、いずみをナウムの屋敷に招待する形を取って――。
(王も王妃もここに招くことができる力を持っているんだな。あんな男なのに)
いずみと会える日を教えてくれた時の、得意げに笑ったナウムの顔が脳裏に浮かぶ。
それだけで苛立ちがこみ上げ、みなもは顔をしかめた。
(……まあいい。約束を守ってくれたのは事実だ。心から感謝するよ、ナウム)
鏡に背を向けると、みなもは部屋の隅にある机の上に視線を送る。
そこには二通、赤い蝋で封をした手紙が置かれていた。
ナウムの部下になると告げた三日後の朝。
みなもは目を覚ますと緩慢な動きで体を起こし、熱を帯びた長息を吐き出す。休んでいるハズなのに、体は虚脱感でいっぱいだった。
(……いい加減、嫌になってくるよ)
毎晩、同じような悪夢を見続ける。
しかも日を重ねるごとに夢は鮮明さを増し、目覚めた後も、体からあの手の感触が消えてくれない。
必ず悪夢を見てしまうと分かった今、もう驚いて飛び起きる気は失せた。あの夢が現実にならなければ、夢でどんな扱いを受けても構わない。所詮は夢でしかないのだから……。
気を持ち直そうと、いつものように首飾りの石を見つめる。悪夢ですり減ってしまった精神が継ぎ足され、元の自分を取り戻していく。ただ、みなもの顔に浮かんだ翳りを消すことはできなかった。
この石に――レオニードに助けられている。
けれど心を落ち着かせようと頼れば頼るほど、夢で受けてしまった自分の穢れをこの澄み切った石に吸わせているように感じてしまう。
頼り続けてしまえばこのまま石が濁ってしまい、彼の面影を消してしまいそうな気がした。
(これ以上、この首飾りを汚す訳にはいかない。特に今日は――)
みなもはベッドから降ると、衣装棚の前まで歩いていく。
そして戸を開け放って中を見回した。
ナウムが用意した服がずらりと並んでいる。
ここへ来た当初は、ナウム好みの露出が多いドレスばかりあった。だが、「俺、男物しか着ないよ」と言ったら、残念そうに中の服を男物と変えてくれた。
それでもドレスを着せることを諦めていないらしく、今も隅に数着だけ仕舞われている。
ドレスに目を向けることなく、みなもは今まで着続けていた服の襟に手をかける。
そして首飾りを外すと、洋服掛けにぶら下げた。
(ごめん、ここで待っていて。用事が終わったら、また戻ってくるから)
手を離すと、今度は別の服に手をかける。
淡い薄茶色の生地で作られた男物の服。生地の色が地味な分、袖や襟などに施された刺繍に力が入っている。
その服に袖を通してズボンを履き替えると、みなもは衣装棚の隣りに飾られた鏡に己を映した。
似合わないことはないと思う。
ただ、苦労知らずな貴族の青年に見えてしまい、漂う違和感に首を傾げる。
(何だか不相応な格好だけど、バルディグの王妃様に会うんだから、失礼のない格好をしないとね)
部下になると伝えた翌日、ナウムがいずみに打診して、この日に会う機会を設けてくれた。
城では落ち着いて話せないだろうからと、いずみをナウムの屋敷に招待する形を取って――。
(王も王妃もここに招くことができる力を持っているんだな。あんな男なのに)
いずみと会える日を教えてくれた時の、得意げに笑ったナウムの顔が脳裏に浮かぶ。
それだけで苛立ちがこみ上げ、みなもは顔をしかめた。
(……まあいい。約束を守ってくれたのは事実だ。心から感謝するよ、ナウム)
鏡に背を向けると、みなもは部屋の隅にある机の上に視線を送る。
そこには二通、赤い蝋で封をした手紙が置かれていた。
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