男装の薬師は枯れぬ花のつぼみを宿す

天岸 あおい

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四章 新たな毒

水色の意味

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「この石、貴方の瞳と同じ色だからすごく好きだな。ありがとう」

「気に入ってくれてよかった。その石は色によって意味が変わるんだ。緑なら優美、黄色なら無邪気といった具合に」

「じゃあ水色にはどんな意味があるの?」

 何気なく尋ねてみると、レオニードは少し間を空けてから口を開いた。

「水色は、誇りだ」

「誇り?」

「みなもは初めて会った時から、自分ができることを考え出そうとして、人に弱さを見せなかった。だから俺はずっと君のことを誇り高い人だと思っていたんだ。こうして見ても、やはり君にはその色が似合う」

 思いもしなかったことを言われ、みなもは目を丸くする。

 この人の目には、そういう風に見えていたのか。
 今まで仲間を求めて生き続けた道のりは、自分を偽って、強がって、ただ苦しくて寂しいだけの日々だと思っていたのに――この石が、こんな自分を認めてくれる。

 どんな愛の言葉を囁かれるよりも嬉しかった。

 水色の石を両手で握り締めた後、みなもは首飾りを身に着け、レオニードの胸へ寄りかかった。

「本当にありがとう。大切にするよ」

 レオニードには貰ってばかりだなと思った時、不意にみなもの脳裏へ浮かぶものがあった。

「ちょっと待ってて、俺も貴方に渡したい物があるから」

 パッと彼からみなもは身を離し、部屋の隅に置いてあった荷袋の元へ駆け寄る。
 そして中から目的の物を取り出すと、すぐにレオニードの元へと戻った。

「前から渡そうと思っていたんだ。受け取ってくれるかな?」

 みなもは持ってきた物をレオニードへ差し出す。
 その手には、黒鞘に入った細身の短剣が握られていた。

「これは……?」

「俺が護身用に持っている、猛毒が仕込まれた短剣だよ。かすり傷だけでも人を殺せる。素手で刃を触るだけでも激痛が走るから、扱う時は慎重にね」

 こんな物騒な物、恋人に贈るような物ではない。
 レオニードもそう感じているのだろう、彼の戸惑いが伝わってくる。

 かすかに吹き出すと、みなもは軽く肩をすくめた。

「レオニードはヴェリシアの兵士だから、このまま戦いが続けばいつかは戦場に行く。そうなれば俺はただ貴方の無事を祈りながら、待つことしかできない。だから――」

 みなもは眼差しを強め、レオニードの目を真っ直ぐに見つめた。

「……綺麗事は言わない。これを使ってでも生きて欲しい」

 もう大切な人を失うのは耐えられない。

 こちらの思いを汲み取ってくれるように、レオニードは短剣を受け取ってくれた。

「分かった。何があっても必ず生き抜いて、みなもの元へ戻ってみせる」

 レオニードは空いた手をみなもの頬へ添わせ、顔を近づけた。

「約束する、君を一人にはしない」

 思わず表情が崩れそうになり、みなもは顔に力を入れて堪える。
 嬉しくて仕方が無いのに、今の自分にはその言葉が辛い。

 何も言えずにいると、レオニードから唇を重ねられる。
 
 ずっとこのまま時が止まってくれればいいのに。
 そんなあり得ないことを望みながら、みなもはレオニードの首に腕を回し、より深く口づけを交わす。

 と、急にレオニードが顔を上げ、頭を振った。

「どうしたの?」

「いや、少し目眩がして……」

「貴方もずっと休んでいないからね。いま滋養の薬を渡すから、少しここで横になって」

 即座に返事をしようとしたレオニードの口は、わずかに開いただけで動きが止まる。
 眉間に皺を寄せて苦しげに唸ると、彼はみなもから離れた。

「……すまない、そうさせてもらう」

「うん。眠かったらそのまま寝てもいいから。しっかり休んで、明日には元気な顔を見せて欲しいな」

 みなもが精いっぱいの笑顔を浮かべると、レオニードも苦しげながらも微笑を返す。

 そして薬を取りにもう一度荷袋の元へ行き、みなもは探すフリをしてレオニードの様子をうかがう。

 すぐレオニードは体をふらつかせながら横になり、ぐったりとベッドへ沈む。
 微動だにしなくなったのを見て、みなもは足音を忍ばせて彼へ近づく。静かな寝息が聞こえてきて、力なく笑った。

 薬がよく効いている――あくびを隠す際、眠り薬を唇に塗り、口づけに乗せてレオニードへ仕込んだ。

 ゆっくりとベッドの縁へ腰かけると、みなもはレオニードの頬に触れて起きないことを確かめる。

 まったく反応しない彼を見下ろしている内に、ジワジワと胸奥から鈍痛が滲んだ。

「ごめん、レオニード……俺はバルデイグへ行くよ。姉さんと、仲間と会うために」

 ささやかな声でぽつりと決意を溢す。

 ここへ戻るまでの間、ずっと迷い続けていた。
 嫌な思いをしながらも姉に会いに行くのか、このままレオニードの元へ残るか。

 恐らくナウムのことだ、ただ姉と会わせるだけでは済まないだろう。
 少しでも隙を見せれば、自分のものにしようと手を回してくるはず。そう思うだけで胸奥のむかつきが治まらない。

 あんなヤツを頼りたくない。
 けれど、今まで自分が追い求めていたものに決着を付けたかった。

 それに毒をこのまま放置する訳にはいかない。
 一族の者しか治せぬ毒の被害を広げたくないのはもちろんのこと、巡り巡ってレオニードを追い詰める元は断ちたかった。

 もし仲間が脅されて作らされているなら、どんな手を使ってでも助け出す。
 自ら進んで作っているならば、その時は――。

 みなもは立ち上がると、隅の荷袋を持とうとする。
 腰を屈めた瞬間、水色の石がぶらりと垂れ下がった。

(レオニードと会えなくなっても、この石があれば耐えられる)

 彼の瞳と同じ色の石。
 見ているだけで、レオニードに見守られているような気がした。

(ここを離れても、俺の心は貴方と共に――)

 みなもは首飾りを服の下に潜り込ませると、荷袋を持ち上げて部屋を出た。
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