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四章 新たな毒
接触
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困惑の色を見せるレオニードの顔を覗き込みながら、みなもは悪戯めいた笑みを唇へ浮かべる。
「俺は気にしないけどね。そのほうがレオニードに近づく子が現れにくいだろうし」
「いや、それは心配しなくても大丈夫だ。話しかけようとすると、よく怖がられていたから」
表情はそのままにレオニードは首を横に振る。
その様子を見てはいないが、本当に怖がっていた子もいれば、緊張して口をつぐんでいた子もいたんじゃないかとみなもは考える。
城内にいた時、侍女たちの中で何人かはレオニードを熱っぽい目で見ていた者がいた。
ただ本人が気づいていないだけ――罪作りだな、と思いながらみなもはレオニードの手に触れる。
「せっかくだから、浪司の言葉に甘えさせてもらうよ……駄目かな?」
「……みなもが構わないなら……」
ギュッ、と。レオニードの指がみなもの手を捕らえ、しっかりと握ってくる。
城下街ではどちらも顔が知られ、騒がれてしまうだろうが、中心地から離れた町ならば噂は立ちにくいだろう。そう考えての甘えだった。
伝わってくる手の温もりが、昨晩のやり取りが現実だったことを断言してくれる。
それが嬉しくて、みなもは口元を綻ばせながら市場へと向かった。
町の中央にはヴェリシアの英雄と思しき銅像が立ち、それを取り囲むように建物や露店が並んでいた。
一度、店の品揃えや質を確かめるために市場を回った後、みなもは気になった露店へ足を運んで吟味する。
決して大きくはない町。薬草の専門店はなく、野菜を扱う露店の隅に近場で採れると思しき薬草が並べられていた。
その中で珍しい薬草が紛れており、みなもは身を乗り出して物色する。
「どうしよう……傷薬の材料、買い足しておこうかな?」
呟きながら買うものを迷った後、みなもは欲しいものを指差して店主に取ってもらう。少し痩せ気味の女性だった。
小さく笑いながら「ありがとうございます」と紙袋に入れた薬草をレオニードへ渡しながら、女性はおもむろに銅像を挟んで向かい側に並ぶ店々を指し示す。
「よければあっちの店にも寄って下さいな。私の身内がやってるの。この紙を見せたらいくらかまけてくれるから」
そう言ってみなもに手の平ほどに折り畳んだ紙を渡してくる。近くで戦いが起きているせいで、町の外から人が来にくい状況。明らかに町の人間とは違うみなもたちを促し、金を落としてもらおうとしているのがよく分かる。
薄く微笑みながら「せっかくだから行ってみます」と受け取った瞬間、端に小さく書かれた文字に目が向かう。
一瞬、みなもの息が、思考が止まる。
「みなも……?」
レオニードに声をかけられ、みなもは我に返る。
「……なんでもないよ。何が書いてあるのかな、これ?」
平然としながら小さな文字をレオニードに見られないよう、素早く紙を広げて中を広げれば、そこには店の簡単な絵と紹介が手書きで書かれていた。
「ふーん、衣料品店か……ちょっと寄っていくから、レオニードは外で待っていてくれないか?」
「いや、俺も一緒に行く。今は君を一人にできない――」
「ごめん、言いたいことは分かるけれど……さすがに下着を買うところを見られるのはちょっと……」
わざとみなもが照れた様子で口元を紙で隠せばば、すぐに動揺でレオニードの目が泳ぎ出す。
さらに念を押すように、みなもはレオニードへ身を寄せて顔を覗き込み、そっと囁く。
「それとも選んでくれる? どんなものが好みか、興味あるな」
「す、す、すまない。俺は別の買い物をしてくるから、ゆっくり選んで欲しい」
瞬く間に耳まで赤くなったレオニードが羞恥で顔をしかめる。それからゴホンと咳払いして気を取り直すと、表情を引き締めてみなもを見つめた。
「いくら昼間で町中にいるとはいえ、くれぐれも気を抜かず用心してくれ」
「分かってる。いつでも毒を使う準備は出来ているから」
少し面食らったようにレオニードは目を丸くしてから、大きく息をついた。
「そんな物騒な物を常に持つのはどうかと思うが……万が一の時は、躊躇せずに使ってくれ」
「もちろん。今までそうやって生きてきたからね」
みなもは片目を閉じてから「じゃあ行ってくるよ」と、レオニードへ手を振りながら離れていく。
衣料店の前まで行くと、みなもは足を止めてレオニードを伺う。
ずっとこちらへ視線を送っていたが、どの店に入るかを確認して安堵したらしく、彼も目的の店へと向かって行くのが見えた。
その背を視界に入れた時、みなもはグッと胸元を掴んだ。
(……ごめん、レオニード)
一瞬だけ顔をしかめた後、みなもは一切の表情を消す。そして衣料店を通り過ぎ、隣にある衣料品店へと入った。
「俺は気にしないけどね。そのほうがレオニードに近づく子が現れにくいだろうし」
「いや、それは心配しなくても大丈夫だ。話しかけようとすると、よく怖がられていたから」
表情はそのままにレオニードは首を横に振る。
その様子を見てはいないが、本当に怖がっていた子もいれば、緊張して口をつぐんでいた子もいたんじゃないかとみなもは考える。
城内にいた時、侍女たちの中で何人かはレオニードを熱っぽい目で見ていた者がいた。
ただ本人が気づいていないだけ――罪作りだな、と思いながらみなもはレオニードの手に触れる。
「せっかくだから、浪司の言葉に甘えさせてもらうよ……駄目かな?」
「……みなもが構わないなら……」
ギュッ、と。レオニードの指がみなもの手を捕らえ、しっかりと握ってくる。
城下街ではどちらも顔が知られ、騒がれてしまうだろうが、中心地から離れた町ならば噂は立ちにくいだろう。そう考えての甘えだった。
伝わってくる手の温もりが、昨晩のやり取りが現実だったことを断言してくれる。
それが嬉しくて、みなもは口元を綻ばせながら市場へと向かった。
町の中央にはヴェリシアの英雄と思しき銅像が立ち、それを取り囲むように建物や露店が並んでいた。
一度、店の品揃えや質を確かめるために市場を回った後、みなもは気になった露店へ足を運んで吟味する。
決して大きくはない町。薬草の専門店はなく、野菜を扱う露店の隅に近場で採れると思しき薬草が並べられていた。
その中で珍しい薬草が紛れており、みなもは身を乗り出して物色する。
「どうしよう……傷薬の材料、買い足しておこうかな?」
呟きながら買うものを迷った後、みなもは欲しいものを指差して店主に取ってもらう。少し痩せ気味の女性だった。
小さく笑いながら「ありがとうございます」と紙袋に入れた薬草をレオニードへ渡しながら、女性はおもむろに銅像を挟んで向かい側に並ぶ店々を指し示す。
「よければあっちの店にも寄って下さいな。私の身内がやってるの。この紙を見せたらいくらかまけてくれるから」
そう言ってみなもに手の平ほどに折り畳んだ紙を渡してくる。近くで戦いが起きているせいで、町の外から人が来にくい状況。明らかに町の人間とは違うみなもたちを促し、金を落としてもらおうとしているのがよく分かる。
薄く微笑みながら「せっかくだから行ってみます」と受け取った瞬間、端に小さく書かれた文字に目が向かう。
一瞬、みなもの息が、思考が止まる。
「みなも……?」
レオニードに声をかけられ、みなもは我に返る。
「……なんでもないよ。何が書いてあるのかな、これ?」
平然としながら小さな文字をレオニードに見られないよう、素早く紙を広げて中を広げれば、そこには店の簡単な絵と紹介が手書きで書かれていた。
「ふーん、衣料品店か……ちょっと寄っていくから、レオニードは外で待っていてくれないか?」
「いや、俺も一緒に行く。今は君を一人にできない――」
「ごめん、言いたいことは分かるけれど……さすがに下着を買うところを見られるのはちょっと……」
わざとみなもが照れた様子で口元を紙で隠せばば、すぐに動揺でレオニードの目が泳ぎ出す。
さらに念を押すように、みなもはレオニードへ身を寄せて顔を覗き込み、そっと囁く。
「それとも選んでくれる? どんなものが好みか、興味あるな」
「す、す、すまない。俺は別の買い物をしてくるから、ゆっくり選んで欲しい」
瞬く間に耳まで赤くなったレオニードが羞恥で顔をしかめる。それからゴホンと咳払いして気を取り直すと、表情を引き締めてみなもを見つめた。
「いくら昼間で町中にいるとはいえ、くれぐれも気を抜かず用心してくれ」
「分かってる。いつでも毒を使う準備は出来ているから」
少し面食らったようにレオニードは目を丸くしてから、大きく息をついた。
「そんな物騒な物を常に持つのはどうかと思うが……万が一の時は、躊躇せずに使ってくれ」
「もちろん。今までそうやって生きてきたからね」
みなもは片目を閉じてから「じゃあ行ってくるよ」と、レオニードへ手を振りながら離れていく。
衣料店の前まで行くと、みなもは足を止めてレオニードを伺う。
ずっとこちらへ視線を送っていたが、どの店に入るかを確認して安堵したらしく、彼も目的の店へと向かって行くのが見えた。
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(……ごめん、レオニード)
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