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四章 新たな毒
離れられなくなる前に1
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◇ ◇ ◇
夜になり空高く昇った月が、ヴェリシアの地へ冴えた光を落とす頃。
貴族の屋敷に泊まることになり、一人にして欲しいと部屋を分けてもらったみなもは――なるべく音を立てないよう、荷造りをしていた。
窓から入り込む月光を頼りに手持ちの薬草や薬研を整理しながら、ゆっくり荷袋へ入れていく。
隙間を作ろうとして既に入れた物を押し詰めていると、細長く硬い物が手に触れた。
作業の手が止まり、みなもはそれを荷袋から出す。
黒い鞘に入った、細身の短剣。
普段から腰に挿している護身用の短剣よりも、さらに強力な毒――ホダシタチという蛇から採った猛毒を塗った短剣だった。
刃を出し入れする度に鞘へ仕込んだ猛毒が短剣につき、かすり傷を負わせるだけで人を殺すことができるという代物。
みなもは猛毒の短剣に視線を落とす。
(もしかすると、これを使う羽目になるかもな)
今まで自分の身を守るために毒を使ってきたが、まだ人を殺したことはなかった。
自分からこんな物を進んで使いたくはない。
しかし、もし仲間がバルディグに囚われているとしたら、行く手を阻む者を倒し、この手を血に染めてでも救わなくてはいけない。
人の命を救う藥師を生業にしてきたのに、今度は奪わなくてはいけないのかと思うと胸が重くなった。
何度も深呼吸を繰り返して覚悟を腹にためていく。
それでも割り切れず、みなもは大きなため息をつきながら額を押さえていると、コンコン、と誰かが扉を小さく叩いた。
「みなも、話がある。部屋に入っても構わないか?」
扉越しに聞こえてきたレオニードの声に、思わずみなもの鼓動が弾ける。
今、一番顔を合わせたくない人。しかし様子がおかしいと悟られる訳にはいかない。
みなもは荷造りをやめ、深呼吸してわずかに平静を取り戻す。
そして自分の決意を変えない覚悟をしてから、自ら扉を開けた。
「こんな遅くにどうしたんだよ、レオニード?」
普段通りの調子で微笑を浮かべながら、みなもは彼を出迎える。その顔を見た瞬間、レオニードの目が苦しげに細まった。
「荷造りしていたのか……黙ってここを去るつもりだったのか」
「いきなり何を言い出すんだよ。そんな気はまったくない――」
「ザガットからここまで君と行動をともにしてきたが、いつも荷造りは出立の直前だった。俺の体に異常があれば、すぐに薬を調合できるようにしていたから」
……ああ忘れていた。この人はよく相手を見る人だった。
一瞬しまったと顔を歪めてしまったが、みなもはすぐに元の顔を作る。
「確かにそうだけど、でも今はレオニードの傷もかなり癒えて、急変する心配はないからね。将軍の解毒はできたし、他に薬師がいるから、明日の移動に備えていただけだよ」
「解毒が済んだとはいえ、まだフェリクス様の傷は癒えていない。その状態を誰かに責任を丸投げして立ち去れるような人間ではないだろ、君は」
本当に人のことをよく見て、心のクセをしっかりと見抜いている。
それがレオニードの強みであり、頼もしく思えるところだが、今のみなもにとっては厄介でしかなかった。
言えば言うほど綻びが出てしまいそうで、みなもは口をつぐむ。
レオニードが息をつきながら眉根を寄せる。
夜になり空高く昇った月が、ヴェリシアの地へ冴えた光を落とす頃。
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隙間を作ろうとして既に入れた物を押し詰めていると、細長く硬い物が手に触れた。
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黒い鞘に入った、細身の短剣。
普段から腰に挿している護身用の短剣よりも、さらに強力な毒――ホダシタチという蛇から採った猛毒を塗った短剣だった。
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みなもは猛毒の短剣に視線を落とす。
(もしかすると、これを使う羽目になるかもな)
今まで自分の身を守るために毒を使ってきたが、まだ人を殺したことはなかった。
自分からこんな物を進んで使いたくはない。
しかし、もし仲間がバルディグに囚われているとしたら、行く手を阻む者を倒し、この手を血に染めてでも救わなくてはいけない。
人の命を救う藥師を生業にしてきたのに、今度は奪わなくてはいけないのかと思うと胸が重くなった。
何度も深呼吸を繰り返して覚悟を腹にためていく。
それでも割り切れず、みなもは大きなため息をつきながら額を押さえていると、コンコン、と誰かが扉を小さく叩いた。
「みなも、話がある。部屋に入っても構わないか?」
扉越しに聞こえてきたレオニードの声に、思わずみなもの鼓動が弾ける。
今、一番顔を合わせたくない人。しかし様子がおかしいと悟られる訳にはいかない。
みなもは荷造りをやめ、深呼吸してわずかに平静を取り戻す。
そして自分の決意を変えない覚悟をしてから、自ら扉を開けた。
「こんな遅くにどうしたんだよ、レオニード?」
普段通りの調子で微笑を浮かべながら、みなもは彼を出迎える。その顔を見た瞬間、レオニードの目が苦しげに細まった。
「荷造りしていたのか……黙ってここを去るつもりだったのか」
「いきなり何を言い出すんだよ。そんな気はまったくない――」
「ザガットからここまで君と行動をともにしてきたが、いつも荷造りは出立の直前だった。俺の体に異常があれば、すぐに薬を調合できるようにしていたから」
……ああ忘れていた。この人はよく相手を見る人だった。
一瞬しまったと顔を歪めてしまったが、みなもはすぐに元の顔を作る。
「確かにそうだけど、でも今はレオニードの傷もかなり癒えて、急変する心配はないからね。将軍の解毒はできたし、他に薬師がいるから、明日の移動に備えていただけだよ」
「解毒が済んだとはいえ、まだフェリクス様の傷は癒えていない。その状態を誰かに責任を丸投げして立ち去れるような人間ではないだろ、君は」
本当に人のことをよく見て、心のクセをしっかりと見抜いている。
それがレオニードの強みであり、頼もしく思えるところだが、今のみなもにとっては厄介でしかなかった。
言えば言うほど綻びが出てしまいそうで、みなもは口をつぐむ。
レオニードが息をつきながら眉根を寄せる。
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