男装の薬師は枯れぬ花のつぼみを宿す

天岸 あおい

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三章 ヴェリシアへ

ボリスの見立て

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   ◆ ◆ ◆

 みなもの手伝いを終えてから、レオニードはボリスの様子を見に兵営へ向かう。
 多くの兵士が敷き詰め合う室内は、一足踏み入れた途端、熱気とともに血や汗の臭いが鼻につく。

 解毒剤ができる前は、誰もが呻くばかりで寝返りも一苦労といった状態だった。
 しかし今は毒の苦しみから開放されている。回復した人間の中には、体を起こして近くの兵に話しかけている者もいた。

 レオニードは部屋の奥まで行くと、隅で仰向けになって寝ている青年――ボリスの元へ向かう。

 こちらに気づいた彼は、鈍い動きで包帯だらけの体を起こした。
 毒にやられる前と比べ体の筋肉は落ち、腕は細く、頬もこけている。ただ、小さくも丸い青の瞳だけは、以前のように生気が宿り、人懐っこい愛嬌を滲ませていた。
 
「やあ、レオニード。ここにいると退屈するから、何度来てくれても嬉しいよ」

「具合はどうなんだ? さっき来た時は、熱にうなされていたが……」

 レオニードが枕元にある椅子へ腰かけながら尋ねると、ボリスは小さく頷いた。

「今は落ち着いている。あー早く元気になって、お腹いっぱいゾーヤ叔母さんの料理を食べたいなあ」

 ボリスは力なく笑うと、おもむろにレオニードの後ろへ視線を移す。
 何を見ているのかと、レオニードはその視線の先を見る。

 部屋の中央では、みなもが負傷兵の傷を診ていた。
 城では藥師だけでなく治療を施す医師も不足していると知り、みなもが手伝いたいと申し出てくれたのだ。

 色の薄い肌や髪の人間ばかりがいる中で、みなもの黒髪はとても目立つ。

 その姿にレオニードは目を奪われる。
 だが、ボリスの含み笑いで我に返った。

「何がおかしいんだ、ボリス?」

「いやー……レオニードも他のみんなと同じかと思って」

 レオニードが顔を前に戻すと、ボリスは悪戯めいた笑みを浮かべていた。

「あんなにきれいな人が献身的に治療してくれるからさ、男でもいいから付き合いたいって言うヤツが多いんだよ」

「そんな邪な目で恩人を見ているのか。嘆かわしいな」

「でも、レオニードもその口なんだろ? 黒髪の藥師さんを見る目がなんか熱っぽいし」

「誤解しないでくれ、彼は命の恩人なんだ。何か困った事があればすぐに動けるよう、気を配っているだけだ」

「ふうん。ま、そういうことにしておこうか」
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