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三章 ヴェリシアへ
久しぶりの二人きり
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「ろ、浪司……なんて顔してるんだよ。だらしないじゃないか」
「仕方ないだろ。現地の家庭料理なんざ、なかなか食べる機会がないんだ。いやーもう楽しみで楽しみで、気分も上々ってもんよ」
……食い意地が張ってるのは知ってたけど、ここまで食べ物への執着心が強いとは思わなかった。
よだれを拭う浪司を、みなもは生温かな目で見つめる。
「人生楽しそうでいいね、浪司は」
「せっかく生きてんだから楽しまなきゃ損だろ。ずっと苦しい物を抱えて生きるのが正しい訳じゃねぇ。たった一度の人生なんだ、みなもも楽しめよ」
そう考える事ができたら、どれだけ生きる事が楽になるのだろう。
でも幼い頃の記憶が――仲間や両親、姉との思い出が、楽になる事を許してくれない。
心の内を話しても浪司を困らせるだけだと思い、みなもは微笑を浮かべて「努力するよ」と聞き流した。
肉の塩漬けや芋などの野菜類を煮込んだ料理が食卓に並ぶ頃、レオニードが戻ってきた。心なしか腑に落ちないような表情をゾーヤに向ける。
「ゾーヤ叔母さん、ボリスのベッドが無くなっていたのですが、ご存知ありませんか?」
ゾーヤはハッとなり、「あっ、ごめんなさい!」と口元に手を当てた。
「あの子、今は城で治療中でしょ? だからこの間、息子の友人がしばらく滞在した時にベッドをこっちへ運んだのよ」
「そうでしたか。困ったな……家に一人しか泊まれない」
唸り出したレオニードへゾーヤは近づくと、彼の胸を軽く小突いた。
「水くさいわねえ。一人はアタシの所へ泊めれば良いじゃない。レオニードの恩人だもの、大歓迎だよ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて――」
レオニードが頭を下げた直後、
「じゃあワシは是非こっちで泊まりたい」
と浪司が即座に名乗りを上げる。
わずかにレオニードがたじろいだ。
「いや……家にあるベッドの方が、ここよりも大きい。だから、叔母さんの家にはみなもが泊まった方が良いと思う」
「別に小さくても構わねぇよ。男ばかり集まるより、きれいなお姉さんがいてくれる方が心は潤うってもんだ」
きれいと言われてゾーヤがまんざらでもない顔をする。そして上機嫌に「分かったわ」と頷いた。
瞬く間に話がまとまってしまってから、ふとみなもは思う。
(レオニードと二人っきりか。久しぶりだな)
ザガットの宿屋で頭を撫でられた事が脳裏によぎる。
どくん、と鼓動が跳ねた。
(……今思い出すと恥ずかしいな。姉さんと間違えて抱きついた挙句に、慰められるなんて)
仲間とはぐれる悪夢を見て、目を覚ませば仲間がいない現実を突き付けられ――ずっと一人でそれに耐え続けてきた。
だから、夢と現実の境目で人の温もりを感じた時、不覚にも女々しい事を考えてしまった。
もうこの温もりから離れたくない。
ずっと包み込まれていたい。
常に寂しさと寒さがつきまとう現実なんかに戻りたくない。
これが自分の本心。
なんて弱い人間なんだと呆れてしまう。
自己嫌悪に襲われながら、みなもは顔色を変えずにレオニードへ視線を合わせた。
「よろしく、レオニード。お世話になるよ」
「あ、ああ……」
レオニードは食卓の席に座ろうとしながら返事をする。
一瞬、視線を逸らされたように感じたが、考えすぎかと思って気にしなかった。
「仕方ないだろ。現地の家庭料理なんざ、なかなか食べる機会がないんだ。いやーもう楽しみで楽しみで、気分も上々ってもんよ」
……食い意地が張ってるのは知ってたけど、ここまで食べ物への執着心が強いとは思わなかった。
よだれを拭う浪司を、みなもは生温かな目で見つめる。
「人生楽しそうでいいね、浪司は」
「せっかく生きてんだから楽しまなきゃ損だろ。ずっと苦しい物を抱えて生きるのが正しい訳じゃねぇ。たった一度の人生なんだ、みなもも楽しめよ」
そう考える事ができたら、どれだけ生きる事が楽になるのだろう。
でも幼い頃の記憶が――仲間や両親、姉との思い出が、楽になる事を許してくれない。
心の内を話しても浪司を困らせるだけだと思い、みなもは微笑を浮かべて「努力するよ」と聞き流した。
肉の塩漬けや芋などの野菜類を煮込んだ料理が食卓に並ぶ頃、レオニードが戻ってきた。心なしか腑に落ちないような表情をゾーヤに向ける。
「ゾーヤ叔母さん、ボリスのベッドが無くなっていたのですが、ご存知ありませんか?」
ゾーヤはハッとなり、「あっ、ごめんなさい!」と口元に手を当てた。
「あの子、今は城で治療中でしょ? だからこの間、息子の友人がしばらく滞在した時にベッドをこっちへ運んだのよ」
「そうでしたか。困ったな……家に一人しか泊まれない」
唸り出したレオニードへゾーヤは近づくと、彼の胸を軽く小突いた。
「水くさいわねえ。一人はアタシの所へ泊めれば良いじゃない。レオニードの恩人だもの、大歓迎だよ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて――」
レオニードが頭を下げた直後、
「じゃあワシは是非こっちで泊まりたい」
と浪司が即座に名乗りを上げる。
わずかにレオニードがたじろいだ。
「いや……家にあるベッドの方が、ここよりも大きい。だから、叔母さんの家にはみなもが泊まった方が良いと思う」
「別に小さくても構わねぇよ。男ばかり集まるより、きれいなお姉さんがいてくれる方が心は潤うってもんだ」
きれいと言われてゾーヤがまんざらでもない顔をする。そして上機嫌に「分かったわ」と頷いた。
瞬く間に話がまとまってしまってから、ふとみなもは思う。
(レオニードと二人っきりか。久しぶりだな)
ザガットの宿屋で頭を撫でられた事が脳裏によぎる。
どくん、と鼓動が跳ねた。
(……今思い出すと恥ずかしいな。姉さんと間違えて抱きついた挙句に、慰められるなんて)
仲間とはぐれる悪夢を見て、目を覚ませば仲間がいない現実を突き付けられ――ずっと一人でそれに耐え続けてきた。
だから、夢と現実の境目で人の温もりを感じた時、不覚にも女々しい事を考えてしまった。
もうこの温もりから離れたくない。
ずっと包み込まれていたい。
常に寂しさと寒さがつきまとう現実なんかに戻りたくない。
これが自分の本心。
なんて弱い人間なんだと呆れてしまう。
自己嫌悪に襲われながら、みなもは顔色を変えずにレオニードへ視線を合わせた。
「よろしく、レオニード。お世話になるよ」
「あ、ああ……」
レオニードは食卓の席に座ろうとしながら返事をする。
一瞬、視線を逸らされたように感じたが、考えすぎかと思って気にしなかった。
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