上 下
42 / 111
三章 ヴェリシアへ

感傷に浸る間もなく……

しおりを挟む
 ころりとゾーヤの顔色が変わる。それとは対照的に、レオニードは「実は」と淡々とした口調で事情を説明していく。

 最後まで話を聞き終えた後、ゾーヤは長息を吐きながら両手を組んだ。

「そうだったのかい。本当によく生きて戻ってくれたよ……みなもさん、浪司さん、ありがとうねえ」

 ゾーヤが顔を上げてみなもを見る。
 紅潮した頬に、熱く潤んだ眼差し。心から喜んでいるのだと伝わってくる。その純真な気持ちに、みなもの胸が少し絞めつけられた。

 レオニードを助けたのは、仲間の情報が聞けるかも知れないと思ったから。自分の都合で助けたのであって、感謝されるようなものじゃない。
 彼の命が助かって、元気に動けるようになってホッとしたけれど。
 
 どう言えばいいか迷ったが、みなもは取り敢えず「お力になれて良かったです」と答えておく。こちらの思いに気づいた様子もなく、ゾーヤは何度も「本当にありがとうねえ」と口にしていた。

 一口お茶をすすってから、おもむろにレオニードが立ち上がった。

「預けていた家のカギをもらえますか? よく眠れるよう、今の内に温めておきたいので」

「春が近づいたとはいえ、まだ寒いからねえ。ちょっとお待ち」

 ゾーヤはスカートのポケットをまさぐると、小さな銀色のカギを取り出し、テーブルの上に置いた。
 慌ただしくカギを手にすると、レオニードは「失礼します」と足早に外へ出て行った。

 扉が閉まるのを見届けた後、ゾーヤはフフフと笑い声を漏らした。

「あの子は相変わらず堅いんだから。身内なんだしさ、あんなにかしこまらなくても良いのにねえ」

「外でも真面目でお堅いヤツなのに、家でもあの調子なのか。ワシだったら生きてるのが嫌になっちまうぞ」

 浪司の言葉にゾーヤが小刻みに頷いた。

「小さい頃からずっとああなんだよ。律儀というか、生真面目というか。そこがあの子の良いところではあるんだけどね。……ところで晩のご飯はまだ食べてないのかしら?」

 尋ねられてみなもが頷くと、同時に浪司のお腹が盛大に鳴り響く。
 ゾーヤが「まあまあ」と笑みを浮かべると、立ち上がって台所へ向かった。

「食堂の料理も良いけれど、ヴェリシアの家庭料理も美味しいわよ。今すぐ作るから、お二人はゆっくりしててね」

 そう言うとゾーヤは鼻歌交じりで包丁を持ち、隅にあったカゴから芋などを取り出した。

 いいな、こういう光景。
 ふとそんな事を思い、みなもは目を細める。

 仲間と離れてからというもの、自炊したり、食堂で料理人の作った物を食べる事はあっても、家庭の料理をふるまわれる機会はなかった。
 もうハッキリとは思い出せない母の後ろ姿がゾーヤと重なり、わずかにみなもの胸へ鈍い痛み広がった。

 気を紛らわせようと、みなもは浪司に話しかけようとする。
 ――彼の目は城を出る前よりも輝きを増し、口からよだれが溢れそうになっていた。

 見た瞬間、感傷の湖に沈みかけていたみなもの心がグイッと引き上げられた。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:1,907

「月下のキス~あなたの未来と引き換えに、私の胸にバラを穿つ」

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:8

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:667pt お気に入り:2,503

恋の温度とキスの蜜

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:21

処理中です...