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三章 ヴェリシアへ

気づけば夕暮れ

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「おーい、みなも。レオニードが戻って来たぞ」

 呼ばれてみなもは手を止めると、体を起こし、額ににじんだ汗を拭いながら入り口を見る。

「おかえり。意外と早かったね」

 何気なく口にした言葉に、レオニードと浪司の目が丸くなる。
 そのまま二人で顔を見合わした後、浪司が呆れたように肩をすくめた。

「おいおい、城に着いたのは昼過ぎだったろう? もう夕暮れだぞ」

「え、もうそんなに経ってた?」

 言われてみればお腹も空いてきたし、体が疲労で重くなっているような気がする。
 みなもが背伸びをしていると、レオニードが息をついた。

「すごい集中力だな。協力してくれるのは嬉しいが、長旅で疲れがたまっているだろ。あまり無理はしないでくれ」

「でも解毒剤を早く作らないと、手遅れになるかもしれない。弱音は言ってられないよ」

「大丈夫だ。さっき下の藥師から聞いたが、今いる負傷兵の分と予備の分は確保できたらしい。だから今日はもう休んだほうがいい」

 それなら自分が抜けても大丈夫そうだ。
 密かに安堵する自分に気づき、みなもは微かに苦笑する。

 城へ来る前は、欲しい情報さえ貰えればそれで良いと思っていた。
 けれど仲間のために奔走するレオニードや藥師たちを見て、心から協力したいと感じた。

 分かっている。
 幼かった自分ができなかったことを、彼らにしようとしていることぐらい。

 これで失ったものを取り戻せる訳ではないのに――。

 しかし胸に広がる寂しさの裏側で、日差しが水辺を照らして弾ける光のように、喜ぶ思いもある。

 ただ、ただ、純粋に。人の命をつなぐために自分が役に立てて嬉しかった。

(……生活するために薬師の真似事をしてきたんだけどね。いつの間にか根が藥師になってきているな。いずみ姉さんに比べれば、まだまだ遠いけれど)

 みなもが感慨にふけっていると、前からレオニードの視線を感じて我に返る。
 柔らかくて温かな眼差し。少し気恥ずかしくなり、誤魔化すように浪司を見た。

「浪司、今日はどこで宿を取ろうか? おすすめの所はある?」

「そうだなあ――」

 浪司が思案しようとした時、レオニードが「もしよければ」と話を切り出した。

「二人とも、俺の家に来ないか? 俺の都合でここまで来てもらったのに、恩人にお金を出させる訳にはいかない」

 レオニードが自分たちに恩を感じているのは分かるが、あまり重く背負ってもらうのも気が引ける。
 構わなくても大丈夫と言いたいところだが、ここで断ったら責任感の強い彼のことだ。ずっと恩を気にし続ける未来しか見えてこなかった。

「じゃあお言葉に甘えようかな。浪司もそれで良いかな――って何だよ、その顔は」

 みなもが浪司に視線を戻すと、彼の目が妙にキラキラと輝いていた。
 一瞬だけ、浪司が好物のハチミツを見つけた時の熊に見えた。

「宿代を心配しなくても良いってことは、食い物にも酒にも金が使えるじゃねーか。よっしゃ、思う存分に飲み食いしてやる」

 握り拳で力説する浪司に、みなもとレオニードは呆気に取られて口を閉ざす。
 それから顔を見合わすと、互いに肩をすくめて苦笑いした。
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