男装の薬師は枯れぬ花のつぼみを宿す

天岸 あおい

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二章 暗紅の瞳の男

レオニードの決意1

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 廊下の足音が完全に消え、部屋に心地よい静けさが流れる。
 無音ではなく風や外の雑音が丁度よい。しっかり休めそうだと、レオニードは態勢を崩してベッドへ横たわろうとする。

 隣で眠るみなもが視界に入り、動きを止めて彼を見た。

 起きている時は気付かなかったが、寝顔は随分あどけない。
 肌も滑らかで、少女のように瑞々しい。年は十八だと聞いたが、成人した男性とは未だに思えなかった。

(……こういう顔もするのだな)

 初めて会った時から、みなもは自分の素顔を見せようとしない。
 常に「何でもない」と微笑で己を隠し、相手の出方をうかがっている感がある。誰に対してもだ。

 それが馬車に酔ってから、少し崩れた気がする。ずっと張りつめていたものが、緩んでいるような――みなもには悪いが、少しは心を許してもらえている気がして嬉しかった。

 この命を助けてもらっただけでなく、仲間の命も助けてもらおうとしている恩人。
 できれば彼の力になりたい。きっと彼はそれを望んでいないのだろうが。

(無理もないか。子供の時分に家族を失い、仲間と生き別れて、今まで一人で生きてきたんだ。しかもそんな目に合わせたのは、俺と同じ北方の人間……)

 一体どうすれば、彼に報いることができるだろうか?
 どれだけ考えても答えは出ず、レオニードは額を押さえた。

「ん……」

 微かにみなもが身じろぐ。寝苦しいのか眉間に皺が寄っている。妙にその顔が艶めかしく目のやり場に困る。

 自分も仮眠を取ってやり過ごしたほうがいいかもしれない。
 そうは思っても、レオニードはみなもから目を離せず息を呑む。
 
 次第に寝息が乱れ、みなもが辛そうにうめく。
 そして口を動かし、どうにか聞き取れる声で呟いた。

「いずみ、姉さん……」

 高く澄んだ声にレオニードは固まる。

 どう聞いても男が出せる声ではない。あまりに柔らかく澄んだ声。

(まさか、本当は女性?……い、いや、単に歳を誤魔化しているだけかもしれない)

 まだ声変わりを迎えていない少年ならば、今の声も腑に落ちる。
 だが、もう一つの可能性が頭から離れない。

 どちらにしても己を見せたがらないみなもにとって、知られたくないことだろう。
 見るに見かね、レオニードは立ち上がってみなもの肩を揺すった。

「みなも、起きろ。大丈夫か?」

 すぐにみなもは目を開けず、うなされ続ける。
 と、急に置き上がり――レオニードの胸元へ抱きついてきた。
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