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二章 暗紅の瞳の男

馬車に揺られて

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 がたん、ごっと。
 険しく荒れた山道は、延々と馬車の車輪を突き上げ続ける。揺れに合わせ、床に座る旅人たちの体が跳ねた。

 幌を被せた大きな荷台の床へ直座りという、山越え専用の大衆馬車。決して乗り心地はよくない。
 せめてもの救いは、乗る人数が少なく、密集していないこと。おかげでみなもたちが馬車の奥を陣取っても、出入り口から届けられる風を堪能することができた。

「いい風が入ってくるなー」

 浪司は馬車の床にあぐらをかいて座り、気持ちよさそうに背伸びする。そんな余裕に溢れた姿を、みなもは隣から横目で恨めしそうに見やる。

「……ベスーニュの街は、まだ?」

 口を開くと吐き気が喉元まで出てくる。酔い止めの薬は飲んでいたが、予想以上の悪路。その上ザガットの町を出立してから三日間、馬車に揺られっ放し。対策空しく、みなもは馬車酔いに苦しんでいた。

 そんなみなもを浪司がニヤニヤしながら見つめてくる。

「あと二刻ぐらいで着くぜ。それまでワシの所に吐くんじゃないぞ」

 嫌なことを聞いてしまった。お陰で気分はさらに悪くなり、みなもの体が横へ崩れ落ちそうになる。

 隣に座っていたレオニードが、咄嗟にみなもを受け止めた。

「大丈夫か?」

「あ、ごめん。こんなことなら、もっと酔い止めの薬を改良すればよかった」

 はあー、と大きく息を吐いて、みなもは出入り口から見える遠くの景色を眺める。これ以上酔いが進まぬための悪あがきだった。

 馬車は山の頂を過ぎ、道を下り始めていた。道の脇を彩る木々も、遠くに広がる森も、新緑の葉が精一杯に手を広げている。ザガットから北にあるこの山脈地域は、一年の中で最も力強く緑が息づいていた。

 本当は船で北上し、ヴェリシアへ向かうほうが近道になる。
 しかしレオニードが追手に狙われている以上、海上で襲われる可能性は極めて高い。もし戦闘になれば、無関係の人間を人質に取られる恐れもある。もし毒を駆使すれば、海上で逃げ場のない人々を巻き込む可能性も――そう考え、敢えてみなもたちは陸路で北を目指していた。

 風に乗って、葉の爽やかな香りが馬車へ入りこむ。鼻で息をすると、清々しい空気がみなもの悪心を癒してくれる。
 浅く息をしながら吐き気と格闘するみなもの頭を、浪司はワシワシとなでくり回した。

「知り合って四年近くになるが、みなものそんな弱った顔、初めて見たぞ。いっつも生意気なところしか見てないから面白ぇなあ。今のほうが可愛いから、ずっとそうしてろ」

 からかいを隠さない浪司をみなもは睨みつける。そんな折、ふと隣で小さく頷く気配がした。
 みなもは睨んだ目つきのまま、瞳を浪司からレオニードへ流す。

「……レオニード、どうして頷くんだよ」

「いや、馬車に揺られただけだ。気にしないでくれ」

 いつも通りに表情はないが、よく見るとレオニードの目があさっての方角を向いている。動揺が読みやすい人だと呆れつつ、みなもは唇を尖らせる。

「男が可愛いなんて言われたら、面白くないだろ」

「そういう意味で頷いた訳では……」

 言いかけてレオニードは言葉を止めて顔を背けた。

「やっぱり頷いたんだ……後でレオニードに飲ませる薬、死ぬほど苦くしてあげるよ」

 やると言ったら本気でやる。そんな思いを察してか、「すまない」とレオニードが素直に謝ってくれた。
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