6 / 111
一章 若き薬師と行き倒れの青年
小路に伏せた行き倒れ
しおりを挟む食事を終えた後、ふたりは通りを並び歩きながら、みなもの店へ向かう。
「いやー悪ぃな。メシをおごってもらった上に、一晩泊めてくれるなんて」
「だって賭けに負けまくったから、少しでも旅の資金を節約したいだろ? 旅立つ前から使い過ぎなんだから……賭けをするなとは言わないけれど、もう少し使う配分を考えたほうがいいよ」
「だってなあ、勝てそうだと思ったら攻めたくなるだろ? 男だったら逃げるヤツほど追い駆けたくなるっていうこの気持ち、分かるだろ?」
「俺は来るものを選んで、去るものは追わない主義だから」
「クッ……若くて近所のおねーさま方にモテてる、色男な薬師様に聞いた俺がバカだった――」
気軽なやり取りをしながら、闇が色濃い小路に入って進んでいく。
大通りの明かりが届かない代わりに、半月の光がみなもたちの帰路を照らす中。
「あれ? なんか道に横たわってないか?」
浪司が指差した先へ、みなもは視線を合わせる。
道を塞ぐように倒れた人影。
薄暗い中でも分かる、大きな体躯に広い背中。男性だということは明らかだ。その足元には彼の荷物と思しき革袋が横たわっている。
「誰か倒れている……大変だ!」
みなもは即座に駆け寄り――彼の頭がはっきりと見えた瞬間、その場に立ち尽くす。
腰まで伸びた銀髪に、すり傷だらけの白い肌。
紛れもない北方の人間だった。
見たところ二十四、五歳くらいの青年。
八年前に兵士となって村を襲ったとは考えられない。しかし頭で理解できても、みなもの胸奥からこみ上げてくる憤りは止まらない。
みなもは腰に挿していた護身用の短剣を手にしながら近づき、表情なく男を見下ろす。
ぽん、と。追いついてきた浪司に肩を叩かれた。
「どうした、みなも。もうくたばってんのか?」
「い、いや……」
みなもは我に返ると、しゃがんで男の手首をつかむ――ゆっくりだが生きようとする力強い脈がある。
頭から順に男を見ていくと、男の左袖が血に塗れていることに気づく。かなり時間が経っているのか、乾いて赤黒くなっていた。
放っておけば間違いなく彼は死ぬ。
男の中にある命の灯火が儚く消えかかっている様を見ても、みなもの胸は心配よりもほの暗く凍てついた塊が大きくなる。
俺だって北方の人間に村を荒らされた挙句、多くの仲間を殺された。
彼を助ける義理なんてない。
八年経った今も、これからも。自分は彼らを恨み続けるだろう。
それに、本来なら自分は人を癒すべき者ではない。
むしろ久遠の花を守るために、人を傷つける者だ。助けたくなんか――。
みなもがそう思った矢先、
『貴女が人を傷つける姿なんて、見たくないわ』
ふと幼い頃、「私、守り葉になる」と決意を口にした時、姉に言われたことを思い出す。
見殺しにするのは簡単だ。
でも彼を放置すれば、姉との繋がりを完全に断ち切ってしまう気がした。
もしかすると彼から何か話を聞けるかもしれない。助ける意味はある。
そう己に言い聞かせ、みなもは胸に浮かんでしまった凍てついた殺気を溶かしていく。
理性が戻ったところで浪司を見上げた。
「まだ息がある。俺の家へ連れて行くから、手伝ってくれないか?」
「よっしゃ、任せておきな」
浪司は、ぺっ、ぺっ、と手に唾を付け、一気に男を担ぎ上げた。傷に響いたのか、男は眉間に皺を寄せてうなる。
露になったのは、鼻筋の通った凛々しい顔の青年だった。
険しく気むずかしそうな顔つきをしている。まだ話もしていないのに無愛想な印象を受ける。口も堅そうだ。
月明りに晒された彼の胸は、剣で斬られたと思しき傷を刻み、服の破けた部分が赤く染まっている。漂ってきた血の匂いにみなもは顔をしかめ、腹を決める。
助けるからには、絶対にその命を取りこぼしはしない。
素早く青年の荷物を持ち上げると、みなもは「急ごう」と浪司に目配せし、頷き合うのを合図に駆け出した。
0
お気に入りに追加
466
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
毒はお好きですか? 浸毒の令嬢と公爵様の結婚まで
屋月 トム伽
恋愛
産まれる前から、ライアス・ノルディス公爵との結婚が決まっていたローズ・ベラルド男爵令嬢。
結婚式には、いつも死んでしまい、何度も繰り返されるループを終わらせたくて、薬作りに没頭していた今回のループ。
それなのに、いつもと違いライアス様が毎日森の薬屋に通ってくる。その上、自分が婚約者だと知らないはずなのに、何故かデートに誘ってくる始末。
いつもと違うループに、戸惑いながらも、結婚式は近づいていき……。
※あらすじは書き直すことがあります。
※小説家になろう様にも投稿してます。
【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」
何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?
後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!
負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。
やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*)
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/06/22……完結
2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位
2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位
2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位
最弱能力「毒無効」実は最強だった!
斑目 ごたく
ファンタジー
「毒無効」と聞いて、強い能力を思い浮かべる人はまずいないだろう。
それどころか、そんな能力は必要のないと考え、たとえ存在しても顧みられないような、そんな最弱能力と認識されているのではないか。
そんな能力を神から授けられてしまったアラン・ブレイクはその栄光の人生が一転、挫折へと転がり落ちてしまう。
ここは「ギフト」と呼ばれる特別な能力が、誰にでも授けられる世界。
そんな世界で衆目の下、そのような最弱能力を授けられてしまったアランは、周りから一気に手の平を返され、貴族としての存在すらも抹消されてしまう。
そんな絶望に耐えきれなくなった彼は姿を消し、人里離れた奥地で一人引きこもっていた。
そして彼は自分の殻に閉じこもり、自堕落な生活を送る。
そんな彼に、外の世界の情報など入ってくる訳もない。
だから、知らなかったのだ。
世界がある日を境に変わってしまったことを。
これは変わってしまった世界で最強の能力となった「毒無効」を武器に、かつて自分を見限り捨て去った者達へと復讐するアラン・ブレイクの物語。
この作品は「小説家になろう」様にも投降されています。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる