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一章 若き薬師と行き倒れの青年

小路に伏せた行き倒れ

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 食事を終えた後、ふたりは通りを並び歩きながら、みなもの店へ向かう。

「いやー悪ぃな。メシをおごってもらった上に、一晩泊めてくれるなんて」

「だって賭けに負けまくったから、少しでも旅の資金を節約したいだろ? 旅立つ前から使い過ぎなんだから……賭けをするなとは言わないけれど、もう少し使う配分を考えたほうがいいよ」

「だってなあ、勝てそうだと思ったら攻めたくなるだろ? 男だったら逃げるヤツほど追い駆けたくなるっていうこの気持ち、分かるだろ?」

「俺は来るものを選んで、去るものは追わない主義だから」

「クッ……若くて近所のおねーさま方にモテてる、色男な薬師様に聞いた俺がバカだった――」

 気軽なやり取りをしながら、闇が色濃い小路に入って進んでいく。

 大通りの明かりが届かない代わりに、半月の光がみなもたちの帰路を照らす中。

「あれ? なんか道に横たわってないか?」

 浪司が指差した先へ、みなもは視線を合わせる。

 道を塞ぐように倒れた人影。
 薄暗い中でも分かる、大きな体躯に広い背中。男性だということは明らかだ。その足元には彼の荷物と思しき革袋が横たわっている。

「誰か倒れている……大変だ!」

 みなもは即座に駆け寄り――彼の頭がはっきりと見えた瞬間、その場に立ち尽くす。

 腰まで伸びた銀髪に、すり傷だらけの白い肌。
 紛れもない北方の人間だった。

 見たところ二十四、五歳くらいの青年。
 八年前に兵士となって村を襲ったとは考えられない。しかし頭で理解できても、みなもの胸奥からこみ上げてくる憤りは止まらない。

 みなもは腰に挿していた護身用の短剣を手にしながら近づき、表情なく男を見下ろす。
 ぽん、と。追いついてきた浪司に肩を叩かれた。

「どうした、みなも。もうくたばってんのか?」

「い、いや……」

 みなもは我に返ると、しゃがんで男の手首をつかむ――ゆっくりだが生きようとする力強い脈がある。
 頭から順に男を見ていくと、男の左袖が血に塗れていることに気づく。かなり時間が経っているのか、乾いて赤黒くなっていた。

 放っておけば間違いなく彼は死ぬ。

 男の中にある命の灯火が儚く消えかかっている様を見ても、みなもの胸は心配よりもほの暗く凍てついた塊が大きくなる。

 俺だって北方の人間に村を荒らされた挙句、多くの仲間を殺された。

 彼を助ける義理なんてない。
 八年経った今も、これからも。自分は彼らを恨み続けるだろう。

 それに、本来なら自分は人を癒すべき者ではない。
 むしろ久遠の花を守るために、人を傷つける者だ。助けたくなんか――。

 みなもがそう思った矢先、

『貴女が人を傷つける姿なんて、見たくないわ』

 ふと幼い頃、「私、守り葉になる」と決意を口にした時、姉に言われたことを思い出す。

 見殺しにするのは簡単だ。
 でも彼を放置すれば、姉との繋がりを完全に断ち切ってしまう気がした。

 もしかすると彼から何か話を聞けるかもしれない。助ける意味はある。

 そう己に言い聞かせ、みなもは胸に浮かんでしまった凍てついた殺気を溶かしていく。
 理性が戻ったところで浪司を見上げた。

「まだ息がある。俺の家へ連れて行くから、手伝ってくれないか?」

「よっしゃ、任せておきな」

 浪司は、ぺっ、ぺっ、と手に唾を付け、一気に男を担ぎ上げた。傷に響いたのか、男は眉間に皺を寄せてうなる。

 露になったのは、鼻筋の通った凛々しい顔の青年だった。
 険しく気むずかしそうな顔つきをしている。まだ話もしていないのに無愛想な印象を受ける。口も堅そうだ。

 月明りに晒された彼の胸は、剣で斬られたと思しき傷を刻み、服の破けた部分が赤く染まっている。漂ってきた血の匂いにみなもは顔をしかめ、腹を決める。

 助けるからには、絶対にその命を取りこぼしはしない。

 素早く青年の荷物を持ち上げると、みなもは「急ごう」と浪司に目配せし、頷き合うのを合図に駆け出した。
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